「暑いね、雷蔵。」


「そうですね、真宮先輩。」



真夏の書庫はまさに地獄だ。炎天下の校庭など目ではない程の蒸し暑さで僕達は仕事をこなしていた。本来ならば書籍整理は中在家先輩とやるはずだったのだが、急用のため真宮先輩が代わりに来てくれたのだ。先輩は中在家先輩と仲がいいからね。



「こう暑いと仕事もはかどらないわね。」


「いいものがありますよ。」



いつもの笑顔で、いつもの僕のまま。渡したのは可愛らしい女物の扇子。



「え、いいの?」


「いいんです、使ってください。」


「ありがとう、雷蔵!」



相当暑さに参っていたのか、先輩は直ぐに扇ぎ始めた。涼しい風と共にほんのり甘い香りが漂った。その瞬間にはもう、先輩は眠りに落ちていた。



「上手く、いったな。」



やはり、薬はよく効く。女物の扇子を手に入れるのに少し手間取ってしまったがまあいい。これが悩んで悩んで悩み抜いて出した答えだ。他にどうすればいいというのだ。
…誰かいるな。



「雷蔵…。」



振り向くとそこには自分と同じ顔をした人間が立っていた。大方始めから見ていたのだろう。



「三郎、今回は見逃してくれないか。」



静かにそして冷たく言い放つ。三郎であっても今の僕を止めることは出来はしない。確信があった。



「そうか、分かった…。」



三郎はそれだけ言ってあっさり消えた。あいつは本当に全て分かっているのだろうな。こんなにも汚い手を使ってまで先輩を手に入れようとする僕。前々から準備はしてきた。三郎にはさすがにバレていたか。しかし、誰にも邪魔はさせない。誰にも渡しはしない。



「さあ、真宮。僕の部屋に行こう。」







甘い扇子

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