長編小説 | ナノ
ちゅんちゅん、と可愛らしい小鳥の声が聞こえる。瞼を開けなくても感じる朝日が眩しい。
ふわふわ、柔らかいベッドの中で寝返りを打つ。二度寝したい。学校行かないといけないんだけど。
そう言えば昨日は変な夢を見たな。なんか、川で溺れて死んだと思ったら漫画のキャラクターに会って。あれ? いつもなら夢の内容すぐ忘れちゃうんだけどな。変な夢だったから印象が強いのかな。
あぁ、早く起きないと学校遅れちゃうな。今何時だろう。寝過ごしていたらお母さんが起こしに来てくれるだろうから、それはないと思うけれど……
手探りで目覚まし時計を探す。と、何か柔らかいものに触れた。
何だこれ。感触は布だけど、なんか温かいぞ。
「……あぁ、名前ちゃん起きてたの。おはよう」
温かい布が喋った!? 何で!?
恐る恐る目を開くと、そこには夢に出てきたキャラクターの顔面と その頬に触れている私の右手があった。
『でえぇぇ!?』
「痛い痛い。ちょっと顔押さないでよ」
この状況を理解するなんて、寝起きの私の頭には到底無理だ。今のは見なかった事にしたい。きっと幻覚だ。視界から外そうと、頬に触れていた手でそのまま彼を押しやろうとするけれど、それに抗議する声が聞こえてきて、もうこれは幻聴では片付けられないなと諦めた。
『な、何で居るんですか!?』
「何で……って、オレの部屋だからだけど」
『何でオレの部屋に私が居るんですか!?』
「火影様に頼まれちゃったからね」
『何で一緒に寝てるんですか!?』
「いや〜、名前ちゃんが離してくれなくてさ」
『そもそも夢オチじゃなかったんですか!?!?』
「ごめん、驚かせて悪かったから、一回落ち着こっか」
聞きたい事が山程あって、マシンガンのように質問攻めをしたら しれっと全てに答えられていく。私が離さなかったってどういうことだ、と思って手元を見てみたら、私の左手が彼の服をがっしりと握りしめていた。何してんの私の左手!? 取り敢えず離して謝っておく。
段々と私の頭も冴えてきたようだ。彼の言う通り一先ず落ち着いて頭の中を整理することにしよう。
えっと……まず、目の前にいる彼は確か……
『……こけしさん』
「カカシね」
『惜しい!』
「"し" しか合ってないけどね」
早速間違えてしまった。そうだそうだ、はたけカカシだ。もう覚えたぞ。
カカシさんがベッドから上体を起こした。少し寝癖がついているけれど、銀色の髪は朝日に輝いて凄く綺麗だ。私は寝転んだままその斜め後ろ姿をぼーっと眺めた。
「……なーに見てんの」
カカシさんがむこうを向いていたから眺めていたのに。何故か視線に気付かれて、振り向いたカカシさんは少し意地悪な目付きで私を見てそう言った。
『え゛……いや、えっと。カカシさんって寝てる時もそのマスクみたいなのつけてるんですか?』
驚いて咄嗟に誤魔化すようにそう尋ねた。
「いや……いつもは取ってるよ」
そうなのか。じゃあどうして今は付けてるんだろう。私に見られないように? 隠されたら何だか気になるじゃないか。
『じゃあ取ってくださいよ』
「ん〜…………やだ」
『何でですか!』
「何となく」
『ケチ』
ケチで結構。と笑いながらカカシさんはベッドから降りて何処かへ歩いて行ってしまった。あれは絶対逃げたな。
寝室らしき部屋に一人取り残されて、未だベッドに寝転んでいる私はごろんと寝返りを打つ。ふわふわの掛け布団を引っ張って抱き締めると、カカシさんの匂いがした。いい匂いだなぁ。……って私は変態か。
暫くそうしていると本当に二度寝しそうになって、ハッとして飛び起きた。向こうの部屋からゴソゴソと物音が聞こえてくる。何だろう。
ベッドから降りて音がする方へ行ってみたら、キッチンでカカシさんが冷蔵庫の中を漁っていた。
『泥棒みたいになっちゃってますよ』
「……ん? あぁ、ちょっと待ってね。普段あんまり朝飯食わないから何もないんだよなぁ……」
私の朝ごはんを用意しようとしてくれていたのか。カカシさん、色々適当だけどなんやかんやで優しいんだな。流石、よっちゃんを落とす男だ。
あの森の中でカカシさんが助けてくれなかったら 私、どうなってたんだろう。なんて考えてたらカカシさんが本当に神様に見えてきた。
『私、何か作りましょうか?』
「え? 名前ちゃん料理できるの?」
『失礼な。出来ますよそれぐらい!』
「お、頼もしいな。じゃあお願いしようかな」
『任せてください』
ふふんと胸を張って自信満々にそう言ったのはいいものの、冷蔵庫の中を覗いてみると本当に何も無い。朝ごはんになりそうなものは卵と茄子……ぐらいか。茄子って。いや別に茄子は悪くないけど。茄子って。
「ホントに何もないでしょ?」
『ないですねぇ……』
「別に無理して作らなくてもいいんだぞ? どっか店入ればいいし……」
『それは駄目です! 座ってて!』
「ハイハイ」
気を遣ってくれていたんだろうけど、一度言った以上引き下がれない。カカシさんの背中を押して無理矢理テーブルに座らせてから、私はキッチンと向かい合った。
お米と味噌はあるし、何とかなるだろう。
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コンコンコンと包丁の音がしている。誤って手を切ったりしないか少し心配だが、変に口を出したりしたら 座ってなさいとまた怒られるだろう。それに、案外手際が良さそうだ。
大人しく待っていようと テーブルに頬杖をつきながら、料理をする名前ちゃんの後ろ姿を眺める。結婚生活ってこんな感じなのかねぇ。オレには無縁なものなんだろうけど。いいなぁ、こういうの。なんて思うのも ちょっとぐらいはいいでしょ。
『カカシさん、いつも朝ごはん食べてないんですか?』
「んー、いや。食うときもあるけどね。でも ま、大体抜くか外で適当に済ませちゃうかな……面倒だし」
『ダメですよ。食べないとパワー出ないですよ!……ってよっちゃんが言ってました』
「誰ソレ」
『私の親友です』
ふわっといい匂いが漂ってきた。もうそろそろだろうか。と思っていたら、名前ちゃんがこちらを振り返った。
『出来ましたよ〜』
「お疲れさん」
『ちょっと失敗したけど……まぁご愛嬌ということで……』
調理台から持って来られた料理が次々並べられてゆく。ほかほかの白飯と、少し形が崩れた卵焼きと、茄子の味噌汁。
「おー、美味そうだ」
『でしょでしょ!』
「因みにコレ、オレの大好物なんだよね」
茄子の味噌汁を指差してそう言ったら、名前ちゃんは嬉しそうに目を細めて そうなんですかと笑った。
「じゃ、早速。いただきます」
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そしてカカシさんは箸を持った。
私も手を合わせて いただきますと言ったが、箸は持たずに彼の顔をじっと見つめた。
それは何故かと言うと。
カカシさんがマスクに手を掛けたからだ。そうか、ものを食べる時は流石にカカシさんだってマスク外さない訳にはいかない。素顔を見られるチャンスだ!
私は目を爛々とさせてその時を待った。
「ア゛アァーーー!!!」
『ぎゃあぁーーー!!!』
今の "ア゛アァーーー!" というのは勿論カカシさんの声ではない。
突然窓からカラスが入ってきて私の前を横切ったのだ。
カカシさんに集中していただけに 予想外すぎるその来客にかなり驚いて、私は思わず椅子ごとひっくり返ってしまった。
「……大じょーぶ?」
『いたたた……何ですか今の!』
「カラスだね」
『いや、それは分かってますけど……!』
辺りを見渡してみてもカラスの姿は無かったから、きっともう出て行ったのだろう。何だったんだ。
床に打ち付けてジンジン痛むお尻を摩りながら椅子を起こして座り直す。えーっと、何しようとしてたんだっけ。
「ごちそうさま。ふー、美味かった」
両手を合わせるカカシさん。その口元は既にマスクで覆われている。
『ああぁぁぁぁあ!?』
「……?」
そうだ、素顔を見てやろうと思ってたんだった!
『食べるの早くないですか!?』
「忍たる者、食事中でもスキを見せるべからず。……って言うでしょ?」
『いや、知らないですよ……』
"しのび" ……って忍者のことか。そう言えば "NARUTO" って忍者漫画だったな。カカシさん、雰囲気緩いけど実は結構凄い忍者なのかも。凄い脚早いし。
だとしても、別にそこまで早食いしなくてもいいじゃないか。私の事警戒してるのか? おん? 一緒に寝てたくせに。
「それにしても……美味かったな、ホント。また作ってよ」
部屋を見る限り、恐らくカカシさんは一人暮らしだ。冷蔵庫もほぼ空だったから普段はきっと外食なんかで済ませているのだろう。私よりずっと年上の大人だけど、やっぱりちょっと寂しかったりするのかなぁ。なんて、私には関係ないことだけど。
……そうなんだけど、ずるいなぁ。優しい笑顔でそんな事を言われたら、頷くしかないじゃないか。
『仕方ないですねぇ』
「……はは、ありがとな」
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