ショコラが溶ける温度 「七瀬、ちょっと両手出してみ」 にっと白い歯を見せながら言った当真くんの言葉に首を傾げながらも両手を差し出した私。 当真くんとは違うクラスになってしまったけれど、こうして休み時間の合間を縫って私たちのクラスへ遊びに来ていたりする。 大きな握りこぶしが私の前に差し出されたと思えば、力が抜けられた指先から見えた銀色や金色の包み紙。それらが私の掌へと落ちていく様を呆然と眺めるしか出来なかった。 「クラスの女子に貰ったんだよ。甘いの好きだろ?」 「まあ」 色とりどりのそれはチョコレートなのだろう。流れ星のように落ちてきたそれらを見ていれば、貰い物だと当真くんは隠すことなく言った。 バナナジュースが好きだけど、それ以外の甘いものはあまり食べない当真くんからのプレゼントに私は瞬き、小さな声でありがとうと言うしか出来なかった。 「感謝の声が小さいんじゃねーの?」 「いや、貰い物だって言われて素直に受け取れる訳ないじゃん」 女子の好意をそのまま受け取ってしまうのは複雑な気分だ。まあ、あげた彼女にどんな思惑があったのかは分からないけれど、私の手に渡っていることは予想外だろう。 そんな私の心理を汲み取ったのか、自慢のリーゼントを片手で撫ぜながら当真くんは少し前のことを思い出していた。 「あー、食べないなら誰かにあげてって言われたから、いいんじゃねえか?」 「それだったらいいか。いただきます」 「おう!」 包み紙を一つ広げて、中に入っていたチョコレートを口に含む。体温でじんわりと溶けて甘さを伝えてくるチョコレートは私の大好物だ。 他にもあげれる候補は沢山居ただろうに、私にくれた当真くんは優しいのだろう。 「一つ食べてみる?」 「いんや、いらね」 「バナナジュースは好きなのに、チョコレートはダメなの?」 美味しいものだからと勧めてみるのに、当真くんは頑なに受け取ることをしなかった。まあ、要らないからくれたものだし、仕方ないのかもしれないけど、少し残念だ。 美味しさを共有出来ずにがっくりと肩を落とした私を見てか、けたけたと声を上げて笑った当真くんは私の頬を指先でつついてきた。 「俺が食うより、七瀬のが美味しそうに食うじゃん。見てるだけでいいよ」 「……当真くんって、時々犬飼くんみたいにキザなこと言うよね」 「そーか? まあ、俺は七瀬限定だからなあ」 次に頬へ触れた指先が柔らかく撫でたと思えば、口元についていたのだろうチョコレートのカスを取ってくれた。そのまま口に含んでにっこり笑う当真くんに私は言い様のないぞわぞわとした感覚が背中を駆け抜けるのを感じた。 たらしだ。すぐに思った感情はそれだ。 当真くんって普段は飄々としているのに、時折格好いいことをしてくるよね。そりゃもう犬飼くんみたいに。 「お、顔が赤いぞ七瀬ー!」 「ちょ、髪の毛くしゃくしゃになるじゃん。ストップすとっぷ!」 「あー、七瀬ちゃんとじゃれ合ってる! いいなー」 「ゾエくん! ちょっと当真くんを引き離して」 「らじゃ!」 クラスへ遊びに来たゾエくんと、ついでにトイレから帰ってきたのだろうカゲたちに手助けを求めてみる。思いの外あっさりと離れてくれたものの、髪の毛はくしゃくしゃなってしまって当真くんを非難する意味を込めて口先を尖らせてみるのだ。 ごめんごめんと反省の色が見えない謝罪と苦笑いを交えながらくしゃりと頭を撫ぜた当真くんは、カゲやゾエくんたちと戯れ始める。 そんな姿を見ながら掌に残された色とりどりの包み紙を見下ろすのだ。 ショコラが溶ける温度 このチョコレートたちを食べきるまで当真くんの行動を忘れることが出来ないのだろう。 チョコレートを舐めとりながらも視線を私に向けていた色っぽい当真くんの行動に心臓の音は鳴り止みそうにない。 20170105
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