新たな決意 ノックを3回。病室へのノブを回せば横たわっている兄さまの姿が目に飛び込んできて辛くなった。 レオポルドは早朝に此処を去ったので、病室へ居るのは私と兄さまだけだった。 『兄さま』 一歩近づいて、少し止まって、躊躇った後にまた一歩近づいた。 近付くにつれてはっきりとわかる兄さまの顔貌(かおかたち)。薄い瞼に閉じられた瞳は温かくも優しく私を映さない。 夥しい程の出血をしていたけれど、顔色が普段の兄さまと同じで少しだけ安心してしまう。 『義妹である私の不甲斐なさ……兄さまを救えず申し訳ありません』 兄さまと私はほとんど同時に足元へと広がる空間魔法の存在に気付いていた。 私より反応が早かった兄さまが普段には感じられない程に力強く私を押した。今なら彼の愛情の片鱗を感じ取ってしまう。 私にまで危害が加わらないようにとした兄さまの配慮に私は救われて此処にいる。反する兄さまは床(とこ)へ伏せている。 『っ、』 零れそうになる涙をぐっと押し留める。兄さまはきっと、私に涙を流してほしいと思わないだろう。明るく笑う私をいつも好きだと言って下さっていた。 『争いは火種から絶たなければ終わることがない。……そうですよね、兄さま』 飛び出すように此処を出て行ったレオポルドの形相を知っていた。彼もまた、私と同じくこの結末に後悔を抱いている者の一人だ。 しかし、彼にはその次が視えていた。義弟である彼に気付かされるのは義姉として失格かもしれないけれど、兄さまが護ろうとしたこの国を私が護らなければいけない。 俯いていた顔を上げて、もう一度と眠る兄さまへ目を向ける。 『貴方が目を覚ます時には、この国を笑顔で溢れさせます』 心にそっと刻んだ私の一方的な誓いを立てる。胸にある鈍色のブローチを掴んで私は兄さまへ笑顔を向けるのだった。 …… 「おや、随分と早かったね」 『!? ウィリアムさん』 病室を出た後、壁に凭れている人の姿に驚き、その人物にも驚いた。 ノブを握りしめたまま硬直したした私に彼はくすくすと笑うのだ。 「珍しいね。キミの探知能力があれば驚くことなく見抜けるだろうに」 仮面の奥で紫電色の瞳が薄っすら細められる。そんな彼を見て、私は朗らかに笑いながら言葉を紡ぐのだ。 『人間、予測出来ることと実際の身に起こったことでは齟齬が出るものですよ。ウィリアムさんはお兄さまのお見舞いですか?』 「キミは二言目にフエゴレオンの名前を出すね。……まあ、王都襲撃なんて名付けられて、勇敢に戦ったフエゴレオンの顔を見ることは悪いことじゃないだろう」 私の脇を通り過ぎてウィリアムさんは病室へと入っていった。立ち聞きするのも悪いが、挨拶なしに此処を去るのも気が引ける。残された選択肢は彼が病室から出るまで待つことだった。 『(けれど、ウィリアムさんはやりにくいなあ)』 私の魔力量はいくら魔導具で制御していたともしても際限なく使用出来ることが多い。プロセスとしては、私の力に推し負けた魔導具が破壊され、魔力量の“器”が広がることで光の魔が自然と体内に注ぎ込まれて魔力を補うことが出来るからだ。 しかし、身体への負担がない訳ではなく、魔宮攻略後のように熱が出たり、身体の怠さに見舞われたり、食欲がなくなったりする時がある。しかし、今回は壊した魔道具量も使用した魔法量も今までとは非にならないこともあって、身体への“リバウンド”が魔宮の時とは比べ物にならない。 今だってそうだ。ウィリアムさんの存在を魔の流れから捉えることは普段の私であれば容易であったのに、反動の強さから今の私は全くと言って良い程の“魔力探知”が出来ずにいる。 偶然にも彼に指摘された時には肝が冷える思いをしたが、なんとか切り抜けることが出来ただろう。 私の魔力のことも、魔導具の秘密も、リバウンドのことだって特定の人物以外に明かしてはいけない。皆を危険に晒さないためにもお爺さまとの約束を破る訳にはいかなかった。 「待たせてしまったかな」 『いえ。お兄さまの代わりに私が感謝の言葉を』 「はははっ、ルーニィは本当にブラコンだね」 『ブラッ!? そ、そんなつもりは』 彼の口から“ブラコン”なんて俗語が飛び出してくるとは思わなかった手前、驚き言葉も出ない。そんな私を面白そうに見つめる彼はぽんぽんと音がつきそうな程に柔らかく頭を撫ぜた後、片手を上げるのだ。 「ブラコンなルーニィ、午後からの騎士団長会議に遅れないようによろしく頼むよ」 『〜〜っ! そのあだ名は恥ずかしいのでやめてください。……兄さまのことは嬉しいけれど』 「くすくす、 まだ襲撃犯の残党がいるかもしれないし、一人で歩くときは気を付けておくれよ」 角を曲がって見えなくなってしまったウィリアムさんを見送った後、どっと疲れが襲い掛かってくる。 結局“ブラコン”という言葉を取り消すことが出来たか分からないが、いつも面白可笑しく揶揄(やゆ)するウィリアムさんに毒気を抜かれてしまうのだ。
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