大砲娘と世界征服論.U | ナノ



会いたい気持ち

 
 小さな物音で意識が浮上する。
 そういえば、二宮に家まで送ってもらったんだっけ。その間に色々と言われたけれど、正直あまり覚えていなかった。ただ、脳裏に進さんの顔が過ったこともあり、彼のことを眠る前に考えていたように思う。
 夢の中で彼に会うことが出来なかった。
 それに落胆する私と嬉しいと感じてしまう私。両極端な自分が存在していた。
 
「っ、」
 
 身体が怠いけれど、熱はなさそうだ。
 顔にかかる前髪を払いのけようとすれば、額に冷却シートが貼られていることに気付く。そして、先ほどに感じた小さな物音が止んだことに気付いた。
 
「起きたか」
 
 低い声はよく耳にする声だった。よく耳にして、よく馴染んでいる声だ。
 瞼を開けて声のほうに目を向ければ、マグカップを傾けたまま私を見る目とかち合う。コーヒーの匂いが遅れて私を刺激した。
 
「私も飲む」
「ココアはないぞ。ストックがないならそう言え」
 
 ゆっくり起き上がる。自室であることを再確認して、蒼也が来ていることに気付く。確か来なくていいと連絡したはずなのに、彼は当たり前のように此処へ居座っていた。
 まあ、来いと言ったり来るなと言ったりな私の言葉を無視したのだろう。腐れ縁のなんとなくな心境を察してしまって私は小さな笑みを零した。
 
「プリンは?」
「買っているが、その前に飯を食え。薬を飲んで早く治してもらわないといけないからな」
 
 小さなため息を吐き出した彼はレンジから熱々のおかゆを取り出し、深皿に注いだそれを私に渡す。添えられたスプーンを手に取り熱々のそれを冷ましながら頬張る。
 冷却シートにお粥、薬、プリン。彼のいつも通りの看病方法だ。
 
「なぜ熱があると言わなかった」
「熱がある時は言えと言われてない」
「……揚げ足を取るな。連絡が来たと思えば来るなと言うし、俺にはお前の考えが読めないな」
 
 もぐもぐと口を動かしながら蒼也の小言を聞く。それはほぼ100パーセント聞き流しているのを彼も知っているからこそ病人相手に滾々と説教を垂れているのだろう。
 
「で? なぜ言わなかったんだ」
 
 あ、振り出しに戻るんですか。
 どうやら今回の蒼也はいつも以上に怒っている様子だ。どう彼を宥めようか。しかし、彼の機嫌を直す方法をいまいち知り得ていない私はどうするべきか悩むしかなかった。
 うむ、終わりのない考え事をしている気分だ。これであれば難解な数式を解いているほうが楽しいぞ。
 
「まあ、あれだよ。蒼也怒ると怖いじゃん。言えばランク戦の司会をやめろと言いそうだし、休めと言われてもラボに行かない選択肢は選べなかったし」
 
 本音は一番初めに言ったやつだけどね! 怒り出すと今みたいに手がつけれないからなあ。
 へらへら笑いながらの言い訳が気に食わなかったのか、彼は眉間に深く皺を刻み無言を貫いた。言えと言われて言ったのに、返事がないのはちょっと辛いなー。
 けど、中々的を得ている言い訳じゃないだろうか。きっと心配性な彼は私から熱が出たという連絡をすればすっ飛んでくるだろうし、ランク戦の司会をやめさせたり自分が代わりにすると言い出しかねないのだ。
 ふんふんと自分の言葉に納得出来て一人で頷いていれば、近づいてきた蒼也が勢いよく冷却シートを剥がすのだ。
 
「痛い! 痛いよ蒼也」
「るさい」
 
 きっと赤くなっているだろう額を押さえつつじと目で訴えかけてみるが、効果はない。彼は新しい冷却シートの封を開け、前髪を払いのけるのだ。
 
「……葵?」
 
 近づいた彼の首元に手を回して顔を肩口に埋める。
 彼の匂いといつもの体温にそっと息を吐き出す自分が居た。進さんのことを意識してしまうから彼と会いたくなかったのに、会ってしまうと私は彼に甘えてしまう。
 
「熱で頭がおかしくなったのか? 急にどうし」
「進さんに、会いたい」
「、」
 
 彼の指が僅かに動いたように思う。けれど、意識するより早く、彼は私の背中を優しく叩いて宥めようとする。
 ――空に雲一つなかったあの日。進さんの墓石の前で私が流した涙を拭った時のように、進さんがいつも私を慰めようとした時のように優しく、背中に腕を回すのだ。
 
「っ、どうして……放っていかれたのかなあ。私には進さんしか居ないのに、色々聞いてほしいことあるのに」
 
 零れた涙が頬を伝った。
 進さん関係のことになると私も泣けるんだよ。彼は私のそんな一面を知らないだろうと考えて、また辛くなった。
 どんなに攻め入ってくるネイバーを倒しても、進さんは帰ってこない。
 何年もボーダーに所属してて、歳を重ねて大人になっていくにつれて理解できていたことなのに、心の何処かで彼に会いたいとずっと願っている私が居る。
 まさか、二宮に聞かれたことがきっかけで彼への想いが蘇ることになると思ってもなかったけれど、辛くなった時、一番に手の差し伸ばしてもらいたい相手は進さんと言うことに変わりなかったのだ。
 
「ごめん、急に泣いて」
 
 蒼也から離れて涙を乱暴に拭った。
 二宮と話している時、進さんが自分の中で霞んできてしまっている気がしたけれど、今も昔も彼のことになれば私は泣けるのだ。辛いと、心の底から思ってしまうことを再認識できた。
 
「帰り道のことを思い出してちょっと辛くなっただけ。進さんが居なくて辛いのは蒼也も同じだもんね。私だけ泣いてごめんね。熱出ると調子狂うなあ」
「……」
「薬飲んでもう寝るよ。明日には全快な葵ちゃんになって鬼怒田さんに謝りにいかないといけないし、蒼也も大学終わりでしょ? 今日は安静にするから帰ってもらっていいから」
 
 置かれていた薬を掴んで呑み込んだ後、いそいそと布団に潜り込む。あれ、服着替えったっけ私。全然覚えてないけど、二宮のシャツ、今度返さないとなー。
 
「明日、俺が来るまで寝てろよ」
「あははっ、いつも寝て待ってるじゃん。改めて言うとか蒼也おかしー」
「……はあ、」
 
会いたい気持ち

時間が過ぎ、記憶が薄れていくことに対して“一番”と言えなくなってしまったものの、会いたいという気持ちのベクトルが未だに変わっていないことに安心し自分の気持ちを再確認した大砲娘です。
20170505