赤が嫌いになった理由 | ナノ


涙は呑み込んでしまえばいい

 月1回から、多い時は週1回ある飲み会。それは決まった日がある訳ではなく、俺と太刀川さんの予定がない日にぽつりぽつりと開催されるものであった。
 専らは、太刀川さんの大学での愚痴であったり、忍田本部長の怖さであったりと彼を取り巻く日常の話題が中心だ。同じボーダーに所属していてて、年齢が近く、アタッカーというポジションも相まってか気が合う。そんな太刀川さんに連れまわされるこの時間を俺は嫌いでなかった。
 
「でさー、」
 
 太刀川さんの手にはハイボール。未成年の俺は麦茶。運ばれた焼き鳥の串を摘まみながら今日もまた、同じような愚痴を聞く。俺のサイドエフェクトは穏やかな飲み会での様子を俺に知らせていた。
 しかし、次の一言が俺の視えていた未来を大幅に変えるものであったのだ。
 
「てかさ、最近どうな訳?」
 
 話始めようとしていたのにも関わらず、太刀川さんは自らの話題をやめてまで俺に話を振ってきた。口元がニヒルに弧を描く。その様子から導き出される答えは限られていた。
 
「どうって……変わってないですよ」
「お、じゃあ、お前の望む形が続いている訳だ? へえ」
 
 意味深な言葉は太刀川さんの表情も相まって俺を刺激する。視落としていなければ俺はあらかじめ用意していた答えを彼に向けただろうが、太刀川さんはそんな俺の“逃げ”を許さない。
 
「これを言うのは初めてになるけど、いい加減別れたら?」
「、」
「まあ、別れるって表現が違ってるのも知ってるけどさ、お前から切り出さない限りはずっと平行線だぞ」
 
 脳裏に過るのは和音さんのことで、太刀川さんも名前こそ出さないが彼女のことを言っているに違いない。
 名前を明かした。経緯を、俺たちの関係を明かした。そしてこの関係が傍からみれば歓迎されないものは理解しているつもりだ。そして、太刀川さんもそんな俺の心境を理解した上で付き合ってくれていた。だから、今までこの場で言うことがなかったのだろう。
 ――今日で、半年だ。俺と和音さんがあんな形で出会って恋人とも呼べず、友人とも呼べない中途半端な関係になってしまったのは。
 記念日と呼ぶことも、祝福を受けることも出来ない日。両手を上げて彼女との出会いから今までを喜びたかった。彼女が急な用事と言葉を濁し、恋人の所へ向かった今日がなければ、俺は彼女とご馳走に舌鼓を打っていたに違いないのだ。
 
「まあ、さ。俺も人には言えない恋愛ばっかだし、誇れるもんじゃねえ。けど、写真一つすら残すことが出来ない彼女との思い出はお前を苦しめるだけなんだと思うよ」
 
 太刀川さんの恋愛歴を知っている俺からしてみれば、彼の言う言葉がただ単なる上辺だけの同情ではないことを知っていた。太刀川さんもまた、恋愛に苦しめられていた人間の一人で、紆余曲折を経て今の恋人と結ばれたことを聞いているのだ。
 
「俺は後悔なんて」
「そりゃあ、後悔してないから今まで付き合ってるのは分かるけどよ、その彼女がいつ、恋人の所に戻るか分からないだろ?」
 
 ジョッキを握り占めていた太刀川さんは思い出したように胸元を無探り、ケータイを取り出した。俺に見えるようにと向けられた画面には太刀川さんと恋人が文句を言いながらも二人して画面に映っていたのだ。相手を知っているから俺はその情景を聞かなくても分かる。意地っ張りな恋人が写真に映ることを抵抗したのだろう。
 しかし、その写真一つですら羨ましいと思ってしまう。俺は和音さんと撮った写真は1枚もない。転がり込む形で住み込んでいる彼女の家に俺の私物は何一つないのだ。
 提案出来ずにいた。俺と彼女の関係は大声で言えるような関係ではなくて、俺に対するモノが後々で彼女に悪影響を与えると思えば怖くて何も言えなかったのだ。
 
「お前の優しさが、時折煩わしく感じるよ」

 手にしていた串から肉を頬張ることをしなかった。そのまま皿へ置いた俺を太刀川さんは心配そうに見守った。太い眉を下げるが自分の言葉に後悔はないようであった。
 
涙は呑み込んでしまえばいい

 ポケットに入れているケータイが震えないことを急に怖いと感じてしまうようになった。無機質な重みに気分まで沈み込んでしまいそうだ。
 
20170615