エンドロールに鼻歌を | ナノ


世界に絶望して、見上げる空に
 
 定期テストが終わりを迎えただろう日の夜。珍しく鈴谷から連絡が届いた。
 その内容は、以前に俺が冗談っぽく告げたデートの誘いを受けるというもので、見た目に反して律儀な彼から送られてきたスケジュールは何時が空いている日なのか分かりやすいものであった。
 今週末に会う約束を取り付けてからというもの、今までに感じたことのない緊張と焦りが俺の中を行き来する。国近にそわそわしているのはランク戦が出来ていなかった欲求不満なのかと聞かれたが、別の意味での欲求不満なのだろう。自分でもわかってしまうのが憎らしい。
 
「よお」
「ちわっす」
 
 当日、約束の日。
 鈴谷はTシャツにモノトーンジャケットを羽織り、ジーパンというラフな格好で顔を覗かせた。初めて見る鈴谷の私服姿を見ていれば、鋭い視線とかち合う。
 
「なにジロジロ見てんの。行くんでしょ」
「あ、おう」
 
 俺がこの数日間頭を捻らせて考えたデートプランはざっくりとしたものであった。
 今までの彼女たちを思い起こせば様々なデートプランが浮かび上がったものの、相手が鈴谷だと考えればどれもが似つかわしくなく、二転三転しての今があったのだ。
 無言で道を歩いていく。隣を歩く後輩であり、部下でもある彼は今、どんなことを考えながら俺の隣で歩いているのだろう。
 聞けるタイミングはいくつもあったのに、聞いてはいけないと歯止めをかける俺も居て、結局聞くという行動へ移すことは出来なかった。
 
「あんた、今日なんかヘンじゃない? 俺のことジロジロ見すぎ」
「いや、ほんと卵料理好きだなあと思って」
 
 鈴谷を連れて行ったのは国近をはじめとした女子たちから聞いた卵料理の美味しい所であった。皆が皆、口を揃えたのは電車で2駅離れたところにあるオムライス屋で、テーマパークとかそういう所へ行くことに僅かながらの抵抗を覚えた俺は、鈴谷も気に入るだろうそこに的を絞ったのだ。
 鈴谷が頼んだのはデミグラスソースのかかったチキンライス。それをスプーン一杯に掬って頬張る姿は以前のファミレスで見たときのように幸せそうだ。
 眉を少し下げて目元を緩ませると、不良な外見に似つかわしくなく鈴谷を柔和に見せた。
 物珍しい光景を見ていた俺は鈴谷に叱咤され、慌てて自分の頼んだオムライスにスプーンを入れた。
 
「(鈴谷、いつもより口数が少ないな)」
 
 そう思ってしまうのは、俺自身の口数が少ないからだろう。
 俺は薄々、以前の告白の返事を今日もらえるのではないのだろうかと考えていた。でなければこうして鈴谷が俺の誘いに乗るとは思えなかったし、自信満々に誘ったから来てくれるのだと考えることが出来ていなかった。
 どちらかが話し始めれば話す。最近の近況のことや、定期テストのこと。共通の話題は少なかったものの、それでもぽつりぽつりと紡がれる会話に俺自身は満足していた。
 例えそれが、後数時間と限りない時間であったとしても、だ。
 
「今日は、ありがとう」
 
 ぽつりと、鈴谷は感謝の意を零した。
 ちかちかと切れかけの電灯の下を歩いていた俺は夜空から鈴谷へと視線を移す。
 季節の変わり目と言われる今は夜になると少しだけ肌寒く感じてしまう。
 少しだけ冷えた指先を擦り合わせていながら続きの言葉を待つ。それしか、今の俺にはできなかったのだ。
 
「オムライス美味かったし、また来たいと思う」
「っ」
「……だから、また行きたい。次は、出水たちも連れて」
 
 俺は鈴谷を見る。
 鈴谷もまた、俺を見ていた。
 言葉の裏を図らずとも分かってしまう所が悔しい。眉を下げ、少し困った顔をさせてしまったのが自分であるのだと分かってしまう所が辛い。
 
「色々考えたんだけど、俺はあんたとは今まで通りがいいと思った。……こんなに居心地の良いところを作ってくれたのはあんたで、俺はそれを壊そうと思えない」
 
 “思わない”でなく、“思えない”。
 つまりそれは、考えることが出来ないということを指していて、言葉を選びながら紡がれた告白に短く息を吐いた。
 
「じゃあ、また本部で」
 
 小さく目礼をした鈴谷はそのまま夜道を歩いていき、角を曲がってしまった。
 一方の俺は鈴谷に告げられた場所から一歩も動けずにいて、息を詰まらせるしか出来ない。
 
 
世界に絶望して、見上げる空に

俺は振られたのだ。 
20170105