大砲娘と世界征服論 Another | ナノ



シアンブルーの毒

 
 
「げ。なんで」
 
 言いかけた言葉を呑み込んでしまったのは目の前に居る相手に睨まれてしまったからだろう。
 12月24日の夜。
 夜勤を変わってくれないかと加古ちゃんに頼まれて快諾したことを今になって後悔してしまうのだ。
 
「よ、よろしく」
「よろしくお願いします」
 
 短い言葉のやり取りを交わしたのが今から数十分前。それ以降、目の前の相手とは口をきいていない。
 私はケータイの画面を睨むようにしてみた。彼氏と会うとか聞いてないよ加古ちゃん。私もこの環境で半日くらい過ごすことになるなら遊びに行けばよかったと思えてならない。年末手当が入るので喜んだ私が馬鹿だった。
 東さんとなら夜勤中はボードゲームをしてるけど、真面目な二宮がしそうにないし……二宮とはどう過ごしたらいいか分からないのが本音だったりする。加古ちゃんは私が二宮のことを敬遠してるのを知ってるはずなのに、なんで私を選んだのだろう。 
 と言うか、私に夜勤が変わったのを二宮も把握してるよね!? それだったら交代頼んでくれたらよかったのに。蒼也も非番だったし、年上が頼みにくいなら太刀川とか犬飼とかでも。
 
「あの、さ」
 
 気まずい空気に耐え切れなくて声を上げれば、二宮の視線が私を捉えた。
 
「二宮も、その……年末手当が目当てだったの?」
 
 貯金とか、そういうのがマメそうなのに、意外にお金遣いが荒いとか? 年末手当が目当てな人が他にもいるのか。二宮がそういう人間には一切見えなかったけれど、この空気をなんとかしたくて私は意を決して声を上げた。
 そんな私を二宮は無言で見つめていた。その瞳が何を考えているかなんて全く見当もつかないけれど、的外れな質問過ぎて呆れていることはわかる。
 
「……今日がなんの日か知っているのか?」
「今日? えーっと、24日だからクリスマスイブ?」
 
 クリスマスイブとクリスマスの違いってなんだろう。てっきりクリスマスの前日って意味としかとらえてなかったんだけど、二宮の質問には何かしらの意図がありそうだったので知識をフル動員させてみる。
 そんな私を手助けするように、二宮は口を開いた。
 
「加古は?」
「彼氏と過ごすって」
「……そういうことだ」
「ああ! なるほど。二宮は独り身ってことか」
 
 独り身で誰かと過ごしたかったから夜勤を希望したとか? それとも、独り身だけどお金が欲しかったとか。それとも明日がクリスマスだからどっかに行くための資金とか?
 ボーダーは給料良いからそこらのバイトより良いけど、やっぱり大切だもんねー、お金。
 手を叩いて納得したと声を上げた私を見て、二宮はなんとも言えない顔つきになる。
 
「独り身かー。そうか。なんか意外な気もするけど私も独り身だから心配しないでいいんじゃない? クリスマスは美味しいもの食べたらいいんじゃない?」
 
 二宮って顔もスタイルも良いから彼女とか両手に余るくらいいそうなイメージがあったけど、独り身の時期もあるようだ。
 太刀川辺りに言えば良いネタになるんだろうなーと違う方向で考えを巡らせていれば、それまで椅子に座っていた二宮が立ち上がり、ソファーに座る私の向かいに腰かけてきた。
 
「クリスマスの希望は?」
「えー、希望かあ。まあケーキは食べたいね。七面鳥はそれだけでお腹がいっぱいになるから骨つきのモモ肉とか。キッシュとかパイとかもいいよねー。シチューとか時期を考えればいいかもしれない。それだったらシチューパイとか?」
「他には?」
「うーん。ニョッキも好きだよ。クリスマスに食べるって考えるとそれだけで美味しいし。あ、この間美味しいお店があるって聞いたかなー」
 
 あれ、私って食欲しかない?
 珍しく質問を重ねてくる二宮にぽんぽん返事をしてしまっていたけれど、よくよく振り返っても食べ物しか出てこない私。どういう意味で聞きたかったのかを聞こうとするより早く、私の言ったおすすめの店を聞き出してきた。
 ケータイを操作する二宮にクリスマスの参考にするのだろうかとますます意味が分からなくなる。諏訪だったら今までずっと独り身だ! とか言ってても可笑しくないけど、二宮にとってもクリスマスはずっと独り身だ! になるのかもしれない。 ……うわ、すごいもの想像しちゃったよ。
 一人で考えて一人で引いていた私は、ケータイから視線を上げた二宮の視線に遅れて気付くことになる。
 
「え、なに?」
 
 クリスマスの参考にするために質問されるのだろうか。咄嗟に身構えた私は次の瞬間、素っ頓狂な声を上げるしか出来なかった。
 
「え、は? なに。聞こえなかった。もう一回言って」
「店は予約したから夜勤明けに行くぞ」
「へえ?! 私と二宮の二人で?」
 
 なんでと聞くよりも早く、今までのやり取りを思い返してみる。
 二宮は独り身だと言っていた。暗にクリスマスイブには恋人と過ごすのだと告げていたりもした。
 二宮は夜勤で私と一緒になることは知っていたはずだ。そして、私にクリスマスの希望を聞いてきて、行きたいと言った店に行こうと言った。
 
「(え、もしかして……誘われてる?)」
 
 真っ直ぐに私を見据えた瞳がいつもは高圧的に感じるのに、今だけはなぜだか少し、不安定にも見えた。それが私の都合の良い解釈と言われればそれまでであったし二宮のことは蒼也程詳しくはないけれど、自分の推測に自信を持ててしまうのだ。
 次に私を襲った感情は混乱以上の気恥ずかしさで、自分の反応を伺われている事実に空いた口がふさがらなかった。
 
「じょ、冗談は止そう。私が独り身だってさっき言ったけど、そう言う意味じゃなかったし」
「俺は、加古と夜勤を交代したのだと聞いて、敢えて動かなかったのだが」
「〜〜っ」
 
 やばい。この状況から逃げ出したい。
 そう考えるのが早いか否かか、立ち上がった二宮が私の退路を断つ。
 二宮が私の座るソファの背もたれに手をつくので挟み込まれた私は身動きすら取れずに目線だけで逃げる。
 
「私、えっと、クリスマスとか特別なことをしたことないし」
「今回すればいいだろう」
「えーっと、えーっと、私たちって……同僚の扱いでいいんだよね?」
 
 お互いに独り身で慰めよう会? それともクリスマスの予行練習しとこうぜな会?
 どんな名前でもいいと願ったのにも関わらず、一番聞きたくなかった言葉が耳を塞ぐ前に襲い掛かってくる。
 
「分かっているのに、俺に言わせようとするのか」
 
シアンブルーの毒
 
 目を見開いた。
 一瞬の出来事についていけなかったのにも関わらず、私から離れていく二宮の満足気な表情を見て、とんでもないクリスマスが待ち受けていることに気付いてしまったのだ。
 
20161220
 
初、二宮です。
クリスマスアンケートで1位だった二宮ですが、キャラの立ち位置が自分の中であいまいだったのでこんな形に。二宮にソファどんされたい。
この後の夜勤から当日のクリスマスは妄想でカバーしてください。
アンケート参加ありがとうございました。