大砲娘と世界征服論 Another | ナノ



いつも通りに笑っているといいよ

 
※一部ねつ造しています。
 
 
 気まずい気持ちを抱えて本部を後にしたのは今までの記憶を探しても中々見つかることはないだろう。足早に入口へ向かう風間は、いつも以上に剣幕な表情を浮かべていたと言っても過言ではなかった。
 
「(まずいな)」
 
 時刻は午後9時半。元々予定されていなかった会議が急遽入った上に延長されれば、風間が焦るのも無理はなかった。
 時計を何度見直しても時間が戻ることはない。この時間であれば元々買うはずであったケーキも既に売り切れており店も閉まっていると考えるべきだろう。
 脳裏に過る腐れ縁の不貞腐れた顔を思い浮かべて焦燥感は更に加速する。
 
「葵!」
 
 本部を出てコンビニへ寄った。売れ残りのケーキを手に葵の家へ向かえば、ベッドの上が膨らんでいることに気付く。扉の音に気付いて僅かに身動きしたものの、シーツから顔を覗かせることはない。
 シーツに包まっていじける腐れ縁を懐柔させることは風間ですら難しい。
 
「葵」
 
 テレビの前にあるローテーブルには珍しく食器棚から取り出されたのだろう皿とフォークやスプーンが並んでいた。その中心には色とりどりの料理が並んでいて風間は瞬目した。キッチンに目を配せると使用済みの鍋やフライパンが流しに積まれている。
 意外だった。これが風間の感じたごく正直な感想だ。
 ボーダーの正隊員になれば、誕生日の隊員には非番を与えられることがある。元々シフト制で機能しているため、多少の希望は融通が利くのだ。今日が“特別な日”であったこともあり風間は非番希望を出すはずであったのだ。
 急遽会議が開かれることになったことで不毛となってしまったが、葵の行動に風間は驚くしかなかった。
 ――今日は葵の誕生日であった。
 毎年は風間が駄々をこねる腐れ縁のために食事を作り、ケーキを準備していた。会議の件を葵に伝えれば、葵は露骨に不機嫌となった。そしてきっと、風間に全て押し付けるために何もせずシーツに包まっていたと思っていたのに、まさか。
 
「誰も呼ばなかったのか」
 
 祝うことはいつでも出来たが、葵の指定は今日であった。それなのにも関わらず、自ら料理をして風間を待つ姿に驚くしか出来なかったのだ。葵の性格を考えれば風間のことを無視して自由奔放に様々な友人から祝われていても可笑しくないはずなのに。
 丸まっていたシーツの膨らみがわずかに動いたと思えば、シーツから顔だけを覗かせた葵が風間を見る。
 
「だって、蒼也が来るの分かってたし」
 
 口のへりを下げて不機嫌な表情であるものの、瞳は自信に満ちていた。
 
「誕生日なのに! 私がケーキ買ったし、晩御飯だって作った。……食べれるものか分からないけど。それなのに呼ばなかったのか、ってひどくないー?」
 
 シーツを蹴り上げて起きたと思えば、両手で眉の淵を押し上げてぶっきらぼうに言い放つ。その真似が風間自身の真似であると理解したのは先ほどの会話を振り返ったからだろう。

「この時間帯だ。木崎や諏訪を呼んでいても可笑しくないだろう」
「もう、分かってないなー。私は、蒼也に祝ってほしかったの」
 
 ベッドの淵に座って風間を見上げる葵が、風間と出会った数年前からなに一つ変わっていないことに気付かされるのだ。腐れ縁の性格を考えれば、風間を待つ選択肢も捨てきれないことを念頭に置くべきだったのだろう。
 テーブルに乗せられた料理を手に取りレンジへ運ぶ。風間の一連の動作を見ながら葵はのろのろとベッドから降りるのだ。
 
「温め直している間に服を着ておけ。お前はいつも薄着すぎる」
「いーじゃん。私の家なんだし」
 
 手に持っていたコンビニの袋をそのまま冷蔵庫に入れながらごろごろと床に寝転がる葵に声をかける。文句を言いつつも最後は服を手繰り寄せる姿はいつだって見慣れたものだ。
 
「美味そうでしょー? 流石私!」
「味の保証はあるのか?」
「ないないー。調味料とか分かんないから適当に使ったし」
 
 からからと明るく笑う葵を見てため息を一つ。両手を合わせていただきますと掛け声を上げれば後は普段通りの晩餐だ。
 ただ、いつもと違う所を挙げるとすれば、遅い時間帯の晩餐の後に待っているケーキと風間の鞄の中にある小包だろう。
 
「誕生日おめでとう」
 
いつも通りに笑っているといいよ
20160805