大砲娘と世界征服論 Another | ナノ



理想と現実の同時進行

 
※一人称視点です。

 
「あー、だりい」
 
 机にべったりとうつ伏せになれば、槍バカがシャーペンで頬をつついてきた。うぜえ。
 俺と槍バカ、三輪と奈良坂、小寺の5人でファミレスに来ていた。きっかけはそろそろ近づいてくる定期テストが原因であった。ボーダーで授業の出席が免除されることはあるが、定期テストは例外であった。学生の本分は勉強だと忍田さんが言うように、俺たちはボーダーの戦闘員でありながらもテストからは逃れられないのだ。
 特に成績の悪い俺と槍バカをカバーするために三輪と奈良坂、小寺たちは徴集されたと言っても過言ではない。
 俺の隣に座るのは槍バカ。俺たちの向かいには勉強が出来る面々だ。
 早速と開かれた英語の教科書に既に頭が痛くなってきた。
 
「あー、なんで男に教わらないといけねえんだよ」
「同感」
「……嫌ならやめるか」
「「スミマセン、お願いします」」
 
 出来れば、こう、やっぱり彼女と一緒にテスト勉強とかしたいよなー。
 分からない所を教えあって、彼女の綺麗な手とか横顔とかこっそり観察しちゃって。
 脳裏に浮かび上がるのは可愛いとクラスで噂の女の子だ。しかし、それはすぐに塗り潰されて、葵さんの顔が浮かび上がる。
 
「葵さんに教えてもらいてー」
 
 槍バカも同じことを考えていたようだ。
 葵さんとはボーダーの一員で別隊に所属している年上だ。すっげえ美人だけど高くとまってないし、気さくな感じに好感が持てて、気付いたら一気に落ちたてた。しかし、そんな葵さんと俺らは年齢差もあり、そう頻回に関わったりする機会が少ない。こんな時は太刀川さんたち大学生組を羨ましく感じてしまうのだ。
 しかし、年下しか使うことのできない特権があるのもまた事実な訳で、定期テストを理由に勉強を教えてもらうのもアリだ。
 きっと葵さんは笑いながらも楽しく教えてくれるんだろう。あの白い指先でシャーペンを掴んで、綺麗な瞳が俺だけを映すのだ。
 
「おなかすいたー」
 
 そうそう。こんな感じで可愛く言われたら死ねる。
 
「メニュー取って」
「あ、新作出てるじゃん。これもあれも食べたいなー。半分こしない?」
 
 どうやら俺たちの後ろの席にはカップルが座っているに違いない。ちらりと後ろを軽く見れば、綺麗な黒髪が視界に映る。男の姿は見えないが、男女1組で来ている様子を考えてもカップルなのだろう。
 耳に馴染む女の声は控えめに甘えていた。
 
「俺も彼女ほしいわ」
「槍バカと同じ考えなのに腹が立つけど、同感」
 
 既に俺らを教えようと言う気が無くなったのか、向かいに座る三輪と奈良坂は自分の課題に手をつけ始めていた。それを見て自分の参考書を手繰り寄せている古寺に俺たちは目線を向けた。
 
「なあ、お前って宇佐美さん好きなんだよな?」
「! へっ? ななななんで」
「あれー、俺らが気付いてないとでも思った?」
 
 笑っていきなり爆弾を投下してみれば、古寺は手に持っていたシャーペンを震わせて顔を真っ赤にさせた。お前の好意ってわかりやすいんだよな。……あれ、それってもしかすると葵さんにも俺らって気付かれてんのかな。
 槍バカが古寺にどんな所が好きなのか声を掛けているのを尻目に捉えつつ、意識を後ろに座るカップルに向けた。既に注文を終えたのだろう。二人の雑談が耳に入ってくる。
 
「ねえ。今度の休みに、以前言ってた店行こうよ。ちょうど非番だしさー」
「そうだな」
「あ、今面倒くさいって思ったでしょ」
「お前を朝から起こすことを考えると面倒だと思ってしまうな」
「なにそれー」
 
 一言言わせてもらいたい。リア充まじでしね。
 なに。朝起こすの面倒ってなに。面倒とか面と向かって言える関係まで至ってるってことですかそうですか。そして、なんで面倒くさいとか何も言ってないのにも関わらず女側も分かっちゃう訳。なにそれ意思疎通出来てるってことっすか。
 きっとこれが俺の思い描く葵さんと俺との会話であればどんなに幸せなのだろうか。二人で非番を合わせて、行きたい所とかピックアップしちゃって、朝に葵さんを迎えに行くとか。幸せすぎるだろ。俺もリア充実になりたい。
 
「おい、弾バカ。顔がいやらしい顔になってんぞ」
「るせー。お前も聞いてみろよ」
 
 一通り古寺を弄り倒したのだろう。隣で小突いてきた槍バカを叱咤して、再びカップルの会話に耳を傾ける。勉強? なにそれ美味しいの。
 
「あ、そうだ。今度海行こうって誘われたんだよね。行く?」
「お前、水着持ってないだろう」
「それを今度買いに行くんじゃない。好きな色着てあげよっか?」
「いや、いい」
「えー、なに照れてんの。あ、ごはん!」
 
 丁度頼んでいたらしい料理が届いたそうだ。ウェイトレスさんが料理を並べるのを音だけで捉えつつ横に座る槍バカを見れば、槍バカの顔も相当いやらしい顔をしていた。おい、お前。俺の葵さんで変な妄想すんな。
 
「んー、美味しい! おいしいよこれ。食べる?」
「ん」
「ほら、美味しいでしょ?」
 
 なにこれ。二人で食べさせっこしてるんですか。なにそれ羨ましい。
 葵さんはなんでもおいしそうに食べる。頬を膨らませて、目尻を緩めて、美味しそうってこのことなんだろうなって思わせてくれるのだ。
 元々美人だけど、どの顔が一番好きかって聞かれたら俺は食べてる時の顔かなってなるなあ。
 
「なあ、お前らってなにが好きなの?」
 
 古寺は別として、此処に居る面々は葵さんを取り合うライバルと称しても可笑しくはなかった。
 表立って行動することはないにしろ、みんな何かしら抱えているはずなのだ。
 今までシャーペンを動かしていた奈良坂はついに手を止めた。その様子からも俺や槍バカ以外にも話を盗み聞きしている面子が居たことに気付くのだ。
 
「なにって、そりゃあスタイルだろ。フツーに顔も好み」
 
 あっけらかんと槍バカが声を上げる。
 
「え、お前……身体目当て?」
「違ぇよ。けど、バランス良くないか? 胸はそんなに大きくないけど、胸から尻にかけての曲線とか」
「確かにくびれはやばい」
 
 葵さんを思い出す。身長が高いからすらっとしてるよな。それを言えば加古さんもだけど、あの人とがまた違った色気があると言うか。

「隊服着てる時ってぴっちりしてるからやばいですよね。眼鏡してたら最高だなー」
「「黙れ眼鏡馬鹿」」

 風間隊の隊服万歳と思ったことは一度や二度ではない。同じ隊であれば良いなと思ったことはあるが、あのぴっちしりとしたスーツっぽい隊服は体の曲線が分かりやすくて俺好みだったりする。
 しかし、眼鏡はいらないだろう。眼鏡フェチの古寺を黙らせていれば、それまで無言を貫いていた三輪が手を止めたのが分かった。ついに勉強を諦めたのか。三輪は葵さんを姉のように慕っていると知っているからこそ、三輪の口からはどんな下世話な話が飛び込んでくるのだろうかと言う期待を込めて三輪を見るのだ。槍バカもそんな顔をしている。奈良坂は相変わらずの鉄仮面であったものの、興味がないことはないようで、視線だけで三輪を捉えていた。

「そんなに」
「「そんなに?」」

 ゆっくりと三輪が言葉を紡ぐ。それを復唱して続きを促せば、一瞬の逡巡の後、三輪は潜めた声でこう言うのだ。

「そんなに大声で話していれば、本人に聞こえるぞ」
「「……え、」」
 
 予想外すぎる言葉についていけず、動きが止まった俺らとは正反対に後ろに座っているカップルが動き出した。
 
「蒼也ー。デザート食べたい」
「家にプリンがあるだろう。それ以上食べたら太るぞ」
「1個じゃ足りないよ! もう1個食べたい」
「……はあ。それなら俺のを食べればいいだろう」
「やったー! なら早く帰ろう」
 
 後ろでは何時までも付き合いたてのカップルですかと言いたげな二人組であったが、耳に飛び込んできた名前に俺たちは硬直するしか出来ないでいた。
 後ろを盗み見れば、ため息を吐きだしているものの少しも苦に思っていないのだろう風間さんの姿があって、驚き唖然とする。
 いつから名前呼び……と言うか、あの人らっていつもこんな恋人みたいなやり取りしてるのかよ! 羨ましすぎるだろ。
 
「「勉強なんてやってらんねー」」
「いや、お前ら一度もやってないだろ」
 
 
理想と現実の同時進行
 
 後日、風間さんにあの時のことを聞いてみた。
 
「あの場に居たのか。……まあ、面倒だが相手をしないと更に面倒なことになるからな」
 
 あんなに羨ましい展開を面倒だと言い切った風間さんの涼しい様子に、今だけ風間さんになりたいと思ってしまった俺は悪くないと思う。
 
20160620