天使か悪魔か人口28万人の住む三門市に突如現れる、トリオン兵。この世界からやって来るネイバー、或いはトリオン兵に対抗する組織があった。 ――ボーダー。正式名称、界境防衛機関。 そのボーダー本部にある第一会議室。そこである事件による尋問が行われようとしていた。 大砲娘と世界征服論 会議室を潜る度に陰鬱な気分を覚えてしまう。それは表面的な睨み合いの水面下で腹の探り合いが行われるからか。大規模な組織となれば内部分裂が顕著になると聞いたことがあったが、それはボーダーでも同じであった。 部屋自身に良い思い出がないからなのだろう。足取り重く向かった会議室の扉の前で、迅が一度立ち止まってしまったのはそんな考えが頭を過ったからなのかもしれない。 意を決して重い扉を開いて重苦しい一歩を踏み出した。 「遅いぞ、迅」 会議室の扉を潜り迅の姿を確認するなり口を開いたのはボーダー本部司令・最高司令官の肩書を持つ城戸であった。城戸の静かな怒声を受けることは度々あったものの、今回の件に関して深く干渉している訳ではなかった迅はへらりと口元を崩してその場をやり過ごそうとした。 「すみませーん」 軽い調子で謝罪に対してその場に居た何人がため息を吐きだしただろうか。 この場にそぐわない空気を纏いながら迅は足早に一つだけ空席であった椅子へと歩みを進める。そのすぐ近くにA級隊員であり風間隊を率いる風間蒼也が着席していることに気付いた。 「(あら、風間さんいつもに増して眉間の皺深いなー。まあ、仕方ないと言えば仕方ないのか)」 今回の尋問の対象者である人物は風間の部下とも言えたので、そんな部下の起こした不祥事に対して生真面目な風間が許すはずもない。 ――しかし、と、迅は改めて中心に立つ人物に目を向けた。 しかし、彼女はそんな上司の視線を気にすることなく口元に笑みを浮かべていた。迅の持つサイドエフェクト通りに事は進むのだろうか。椅子に深く腰掛けて静観を決め込んだ。 「改めて言うが、どうしてあんなことをしたんだ。神崎」 ゆっくり息を吸い、声を吐き出した忍田本部長の視線の先には今回の対象者である神崎葵が立っていた。 薄暗い会議室を照らす僅かな明かりが葵に降り注いでいる様を見れば、改めて彼女の持つ容姿の良さに見惚れてしまう。 濡れように一本一本が艶やかに光る黒髪に色白の肌がよく映えた。アーモンド型にぱっちりと開いた瞳は、アメシスト色の不思議な光彩を放ち見つめていれば吸い込まれそうな錯覚に襲われる。適度な高さのある鼻梁や薄くも色づいた唇を見たとしても彼女が整った容姿をしていることは一目瞭然なのだ。 そんな彼女が薄く微笑む姿を天女だと例える人が居るかもしれない。事実、初対面で顔を合わせた時、迅はらしくもなくそう思ってしまった。 しかし、性格を知ってしまった以上、彼女の笑みが何処となく面倒くさそうに見えて仕方ないのだ。 「鬼怒田さん、鬼怒田さん」 「なんだ、迅」 「そもそも、なんで葵さんは怒られているんですか?」 会議だと呼ばれやってきたものの、蓋を開ければ隊員一人の尋問の光景が広がっており、どうして自分が呼ばれたのか迅は見当もつかなかった。 「うむ、」 迅の問いかけに鬼怒田自身が言いにくそうに言葉を濁した。 葵はボーダーの中でも数少ないエンジニアとして抜擢された内の一人であった。結局は二転三転した上での今があり、彼女は戦闘員としてボーダーに貢献しているのだが、エンジニアとしての才が失われた訳ではない。 そんな彼女のことを可愛がる鬼怒田からしてみれば、今回の尋問に不満の色を隠せない様子であったのだ。 「実は、つい先ほど門(ゲート)が開いただろう」 「ああ、そんな放送ありましたね」 「その時、防衛任務に当たっていたのが風間隊なのだが、どうやら葵が三門山に穴を開けたらしい」 「はあ? 穴?」 嘘だろうと半ば呆れたように声を上げながらも会議室にある小さな窓に目を凝らしてみれば、綺麗な形をしていた三門山の山頂が何かで抉れたような跡が残されていた。山頂が抉られたことで三門山の景観が崩れたことが問題なのか、トリオン兵相手にトリガーを起動させた葵自身に問題があるのか色々と悩む点がある。しかし、今回の尋問の件があまりも予想外過ぎて、残念な山の成れの果てを確認するなり迅は素っ頓狂な声を上げるしか出来なかった。 「葵さん凄すぎだろ。フツー山に風穴開けないでしょ」 「う、うるさいなあ。私だってあんなことになるとは思ってなかったよ。トリオン兵狙って撃ったのに、三門山まで弾が飛んだみたいで。あと、風穴じゃない。抉っただけ!」 「いや、どっちも同じでしょ」 緊迫した雰囲気を壊すように笑う葵の姿に彼女のマイペースさが垣間見られる。しかし、鬼怒田を除く上層部の面々の表情は険しく、どうしたものかと迅は頭を捻らせた。風間はこの件を擁護する気がないようで、口を開く様子も見られない。 開口する様子を見せたのは意外にも尋問されていた葵であった。 「鬼怒田さん」 突然の名指しに鬼怒田は目を見開いたが、城戸の視線がある手前、冷静に口を開いた。 「なんだ」 「私の使っていたトリガー自身に異常はないんですよね?」 「異常は見当たらなかった。乱射していた様子も見られなかった上に、対象のトリオン兵も一発で仕留めていたぞ」 葵は次に唐沢と根付に目を向けた。 「唐沢さん、三門山の山頂を抉ってしまったことによる賠償金は発生しますか?」 「特別な肩書のない山なのでその点は問題ないだろう」 「なら、根付さん。私やボーダーのイメージが下がることは?」 「君にはメディアにも顔を出してもらっているし、山一つで君やボーダーへの信頼が落ちるとは考えにくい。ただ、ハイキングの定番である為、三門山の印象が下がるかもしれないな」 「それであれば、私が三門市を更に活性させるという名目の為に、三門山を含めて市の広告塔になりましょう」 「それはいい! 君が今以上にメディアへ出てくれるとボーダーの株は間違いなく上昇するからな」 最後に葵さんは城戸、忍田へ目を向ける。 「確かに今回の件は山への被害がありましたが、住民への被害はゼロです。防衛任務で山を防衛出来なかった私はB級かC級へ降格か謹慎処分になるのでしょうか」 へらりと添えられた笑みに葵が持つあくどさが滲み出る。 鬼怒田を初めとして唐沢や根付から支持を得た上で城戸や忍田に投げかける。しかも、“神崎葵”と言うブランドの価値を知った上での交渉に流石だと口笛を吹いてしまいたくなる。彼女自身、頭の回転が早いことばボーダー内でも有名であった。 このままであれば流石の城戸も呻る術を失うだろう。予知していた未来通りに事が運んでいることに内心頷いていると、それまで黙っていた風間が手を上げたのを視界の端で捉えた。 「どうした、風間」 「神崎を降格や謹慎処分されてしまえば、B級やC級隊員たちの士気に疑念が生じてしまう可能性もある。それに、俺たちが困ります」 はっきりとした物言いに未来が確定した瞬間だ。 城戸の口から迷うことなく不問とされた時の葵の顔は面白いくらいに分かりやすかった。 話は終わりだと当事者である葵はその場から駆け出して席を立つ風間の元へ向かった。 「いやー、風間があの場で言ってくれると思ってた! 流石」 「お前が居なくなったらA級の示しがつかないからな」 表情を変えずに言い切った風間であったが、会議当初に浮かべていた眉間の皺が幾分が柔らかくなったことから安心したようであった。 二人の掛け合いを微笑ましく見守っていれば、葵は次に鬼怒田たち上層部の所へ駆け寄るのだ。 「鬼怒田さん、ありがとうございますー。助かりました。また研究室に顔出しに行きますね!」 「唐沢さん! 資金調達の時は言って下さい。お手伝いします」 「根付さんー。メディア露出の時は良い感じ売り出してくださいね。私のこと」 長いものには巻かれろとはよく言ったものだと目の前の光景を見ると改めて感じた。 葵の行動は一見“媚を売っている”ように見えるだろう。それに対して間違っている考えだと否定することはないが、いざと言う時に助けてくれるのは紛れもなく上層部であって、世渡りは上手いということは正にこのことなのだろう。 自身の行動を制限されないように上層部との関係を円滑にし、上手く利用する。あの場で狙って言葉を選び、風間に発言させたのも思惑の一つなのだろう。 それを知っていながら乗り、発言した風間も風間であったが、改めて機転の利く女であることに恐ろしさすら抱いてしまう。 「流石ですねー。葵さん」 風間の隣に並び会議室を出ようとする葵に声を掛ければ、迅のよく知る笑みを浮かべてみせる。その表情はメディア向けだと言えるくらい完璧な笑みであるが故に、葵の本性を垣間見てしまうのだった。 「どう? 迅のサイドエフェクト通りになった?」 「……予想以上っす」 天使か悪魔か 上層部好きです。一話完結っぽくして色々なキャラと絡めればいいな。 よろしくお願いします。 20151016 ← |