勝敗の果てに「おい、買い物へ行くぞ」 寝ている所をそんな一言で叩き起こされて今に至る。 モノトーンのワンピースに黒のダウンジャケットを来た葵の前をカーキ色のモッズコートを来た風間が歩く。 たまたまボーダーとしての仕事のない日。葵たち二人は大学生として本来の生活を送っていた。 授業の講義は午前中で終わり、講堂の真ん中で突っ伏すようにして眠る葵を起こしたのは風間だ。午後から予定がないことを見越しての誘いに葵は断る理由もなく風間の後を追っていた。 「蒼也―。どこいくのさ」 ヒールの高いブーツの影響で風間との身長差が露骨に広がったものの、さして気にする素振りの見せない葵が風間の横に並び、覗きこむようにして様子を探るのだ。 「この間見てた雑誌があっただろう」 「そんなの見てたっけ?」 「……あれに掲載されていた服を買いに行くんだ」 以前、隊室で葵が見ていたのは三上の忘れ物だろうファッション雑誌だ。ぱらぱらと捲りながら誰に似合うと思い当たる人物を当てはめていたあの時のことを覚えていた風間は休日に服を見に来たというのだ。 葵の服装は殆ど全てが誰かにセレクトされたものであった。今着ている服もシンプルさ故に本来の容姿が際立つものであったが、決して当人である葵が選んだものではない。放っておけば同じ服を着続けるだろう腐れ縁を見越しての風間からの提案であるのだ。 葵はそんな風間の思惑が読み取れると同時に笑みを深く浮かべた。満面の笑みと言えるそれを浮かべるだけで、道行く人々の視線を奪うのだから周囲に同情の念すら抱いてしまう。 葵に目を奪われる男たちは無神経な女の本性を知らなさすぎた。 「なら、私も蒼也の服を探すよ」 「お前が? 珍しいこともあるもんだな」 「あ、今私のことバカにしたでしょ」 鼻で笑った風間の姿を見て葵は眉間に皺を寄せた。 「面倒だから一人じゃ買わないけど、センスは良いはずなんだからね」 面倒な腐れ縁がやる気を出していることに驚いているのが分かるからこそ、葵は俄然として風間の服選びに精を出すことに決めた。 そもそも、風間こそ服を買うべきだと思うのは葵だけなのだろうか。当人は男だから何を着ても問題ないと思っているのだろうが、いつも同じ服を見ている気がするのだ。此処は、同じく腐れ縁として周囲をあっと言わせるような服装を見つけるべきだろう。 「よし、なら1時間で競争ね。1時間してどっちが似合う服を探せるかだから」 「競争、か。臨むところだ」 その一言を皮切りに、葵と風間は別行動をすることになった。 長年お互いの服装を見てきているからこそ、どんな服装が似合うのか考えるのは容易いことだ。それに、風間に負けるのが不服だという、葵の中にある負けず嫌いがふつふつと沸き起こるのであった。 「うーん、意気込んだものの意外と難しいな。季節柄を考えても暗めな色は嫌だけど、赤色とか蒼也が着てたら幼く見えるだろうなあ」 「すみません」 競争というワードに反応した様子から考えても風間自身も俄然と気合いが入っているに違いない。負けていられないと風間の服装を思い浮かべながらショーウィンドーを見回っていれば誰かから声がかかる。 振り返った葵を見ていたのは同じ大学生と思える男たちであった。 「うわ、美人」 「男物の服を探してるの? もし良かったら俺らが見本になろうか?」 男たちの発言に見え透いた下心を感じて、葵は露骨に表情を変えた。 ボーダーでは風間の存在や葵の立場を知っている人も多く今のように声を掛ける人間が少ない。つい“競争”のワードに熱を傾けていたこともあって、風間と行動していないことを悔やんだ。 しかしそれはほんの一瞬であった。葵は急に後ろから腕を引かれたのだ。バランスが取れずに倒れ込む形となるものの、後ろから誰かに抱き締められる形に落ち着く。見上げると見知った顔があった。 「あ、」 「ごめんねお兄さんら。俺ら、これからデートの約束なんだ」 三門市の中に居たとしても、同じボーダー関連の人間と出くわすとは思ってもみなかった。葵が唖然と見上げる間も男、太刀川は男たちに笑顔を見せるのだ。 身長が原因か、はたまた葵に男が居たことが原因なのか。男たちは何も言わずにその場を去っていく。 「いやー、助かったよ」 「風間さんと居ないのに外出なんて珍しい。明日は雪でも降るのか」 「太刀川生意気」 離れろと言いたげに身体を揺するが葵の腰に回した腕を解く気配は見えない。それ所か葵を揶揄するための笑みを浮かべる姿に先程の男たちよりも質の悪い男に捕まってしまったのではないかとすら考えてしまうのだ。 「葵さん良い匂いするね」 「それ以上近づいたら風間を呼ぶからね」 「もー、太刀川さん歩くの早い……って、葵さん?!」 「あ、出水」 太刀川の後を追ってきたのだろう。出水は歩みを止めて葵と太刀川を交互に見比べた。そしてわなわなと震えたと思えば、葵と太刀川を離そうとするのだ。出水が介入することであっさりと離れた腕を見れば、単に出水を茶化す目的であったことに気付き、葵は太刀川を睨むようにして見上げたのだ。 「で、なーんで葵さんは一人で外出してるのかな。葵さんの外出禁止令覚えてるよな?」 「いや、一人じゃないよ。風間と一緒だったし」 太刀川と出水に連れられてやってきたのはファミレスの一角だ。ケータイを操作しえ終えたと思えば、太刀川は眉を吊り上げて葵に詰め寄るのだ。その様子に半ば慄きつつも葵は否定の声を上げた。 「え、風間さんとデートしてたんすか!? と言うか、禁止令ってなに」 「デートじゃないけど」 出水の言葉に間髪入れずに否定するが、太刀川はそんな葵の言葉に被せるように言葉を紡いだ。 「禁止令ってのは俺らの間だけの名前なんだけどなー。一人で出歩くと悪い人に捕まりかねないから外出するときは誰かと一緒! っていうルールがあんだよ」 まあ、一人で出歩く程アウトドアではなかったけど。笑顔で付け足された言葉に余計だと葵は無言で太刀川の足を踏んだ。 「そんなことよりさ、太刀川たちはなんで一緒なの? 防衛任務は?」 「防衛任務は午前中だけ。今は出水と遅めの昼食食おうぜってなってた所」 これ以上、太刀川に茶化されることを危惧した葵は話題をすり替える作戦に出た。注文したパフェを食べながら経緯を聞けば聞く程、二人の仲の良さを知ることになるのだ。普段からA級1位と2位はなにかと分けられることが多く、共に任務をこなした回数が少ない分、驚きが勝る。 頷きながら聞いていた葵を見る出水の表情は不満を隠せない様子で、デートというワードが引っかかっているらしかった。アイスを口に含んだ葵はそんな出水を見ながら口を開いた。 「いや、本当にデートじゃないよ」 「……」 「あ、なら今度出水と出かけてやってよ。葵さん服のセンス良いでしょ」 口元を緩めながら出水を見る姿に疑問を抱きつつも、太刀川から告げられた告げた服と言うワードに葵は驚き立ち上がった。 周囲の客からも視線を浴びる中、慌ててケータイを開くのだ。時刻は約束していた1時間を大幅に回った時刻で、顔が青ざめるとは正にことのことなのだろう。 「やばい!」 「なにがやばいんだ」 「風間の服みてな……あ、来てたんだ」 声がする方向には店の紙袋を提げた風間の姿があったのだ。風間の身なりからは想像も出来ないくらいにファンシーな柄の紙袋を持っていることが面白かったようで、風間の様子を見るなり太刀川は吹き出すようにして笑った。 「ちょ、風間さん、その紙袋……っ」 「黙れ」 「うわ、まじかー。私一着も選んでないし。私の負けか!」 葵の隣に腰を掛け、勝ち誇ったように笑う風間に葵は悔しさから口に咥えていたスプーンを噛んだ。 「よし、今から皆で焼き肉だな! サンキュー、葵さん」 「あんたのそういう察しの良い所は嫌いだ。出水と風間だけならまだしも太刀川に奢る理由はないね」 「え、えっ?」 勝敗の果てに 考えていた話から二転三転したらどえらく長引いてしまった。しかもこれ、続きます。 風間とのデートを充実させるはずだったのに。次に頑張る。 20160121 ← |