二人で夜遊び「うーん」 「待ったはもう使えないですからね」 口元の笑みが隠せないのだろう。普段からよく笑っている表情を見せるものの、この時、葵が東に見せている笑顔は勝利を確信した笑みであった。 床に座り込んでいる二人の間に置かれているのはチェス盤。駒は盤上を駆け巡っており、白いジャックが黒いキングを狙い剣を掲げていた。 ――時刻は午前三時。 夜勤と称された時間に葵と東は二人でチェスをしていた。 元々は禁止区域内に定期的に巡回する必要があったが、葵と東、二人は狙撃手であり本部内で過ごす時間が多かったのだ。そして、そんな二人が集まった時、決まってしていたゲームがボードゲームであった。 今日の種目はチェスで! そう意気込んだのは葵だ。チェスをするのは今回が初めてではなかったが、葵の得意分野でもあるチェスで東は勝つことが出来ていなかった。 「くそ、なかなか手ごわいな」 「不本意だけど冬島さんには負け越してるからね。東さんからポイント絞っておかないと」 「ははっ、なんのランク戦だよ」 「え? ボードゲーム?」 首を傾げながらも言い放った葵の一言が笑いの的を得たようだ。東は時間帯を忘れて笑い声を上げた。 ボードゲームを始めたきっかけは些細なことであったように思う。元々は諏訪と同じ夜勤であったものの、諏訪が代役として葵を寄越したのであった。本来であれば世話焼きな風間も同伴するのが常であったが、蓋を開ければ葵と二人きりの夜勤となってしまったのだ。 当時、東と葵は直接的な接点が多かったものの私情を持ち込む程の関係ではなかった。ましてや葵は東からしてみれば異性だ。暇を潰そうとする会話の内容もかなり厳選しなくてはいけないだろう。 ――しかし、いざ夜勤が始まってしまえば葵はボードゲーム片手に東に詰め寄ったのだ。 そうして始まったボードゲームの戦歴を積めば積む程、葵との夜勤が楽しくて仕方ないのだ。手始めにオセロと出された時は、相手が異性ということも考えて手を抜くことすら考えたが、今では全力で勝ちをもぎ取りたい衝動に駆られている。 「手が出ないってことで、私のチェックメイトで」 「くっそー。葵にチェスで勝てないな。場所取り上手すぎだろ」 「へっへーん。まあ、狙撃手なんで」 それ、俺もなんだけど。 東の呟きに今度は葵が爆笑する番だ。 大きく口を開けて笑う葵を見れば、ファンと名乗る一部の人間たちは驚くだろう。ボーダー内では二十歳を過ぎると年長扱いになる。それは葵も例外ではなく、年齢や容姿から見た葵を考えた時、姉御肌な一面が顔を覗かせていると考えるだろう。 しかし、実際の葵は表情も豊かで年上に甘え上手であり、東からみた葵は妹の感覚に近かった。初めての夜勤でオセロを持ってきた時の葵のきらきらと輝く瞳を忘れることが出来ない。 「よし、冬島さんに連絡しよ」 意気揚々とケータイを取り出し冬島へ連絡を取ろうとする葵に待ったを掛ける。時間を気にしない素振りに彼女のマイペースさが垣間見られたが、普通の人間の生活リズムでは就寝中のはずだ。葵に甘い冬島のことを考えれば咎める所か笑って受け流す様子が頭に浮かぶので止める必要はないかもしれないが、自らの敗北がリアルタイムで伝わるのはなんだか癪だ。 「よし、次は俺の得意分野で行くからな」 東の言葉に葵は頬を膨らませた。 「囲碁? 将棋? 久しぶりに麻雀でもいいよ」 「お、今日は何時にもなく攻め気だなあ」 「今日は全て私が勝つ。サイドエフェクトがそういってるからねー」 どや顔で言い放った葵が似てもいない迅の真似をするのが面白くて、東は再び声を上げた。 二人の夜はまだまだ終わらないようだ。 二人で夜遊び 夜勤ネタです。ねつ造ですすみません。 20160108 ← |