素直な弟「あ、葵だ!」 声がした方向に目を向けると陽太郎を肩車した米屋の姿を見つけることになる。 今日は非番であるものの葵は本部へ足を向けていた。以前、三門山を抉ったことに対しての始末書のやり取りが今日でやっと終わり、食堂でカツカレーでも食べようかと思っていた矢先に声を掛けられたのだ。 葵が立ち止ったことに気付いたのだろう。米屋が此方に近づいてくるのが見えた。今日は何時も一緒に居る出水の姿は見えない。 「(そう言えば今日は防衛任務って太刀川が言ってたかな)」 偶然出会った太刀川からそんな話を聞いた気がすると今の状況に納得していれば、米屋の手に見慣れた雑誌があることに気付く。 「あれ、なんで米屋がその雑誌もってるの」 ポケットから飴玉を取り出して陽太郎に渡しながら米屋を見る。 米屋の持っている雑誌はつい先日発売された女性のファッション雑誌だ。 どういう経緯で持っているのだろうか。米屋を見れば少し罰悪そうな顔をしていた。 「これは、その」 「さっきほんやでかってたんだぞ! これに葵が出てるんだろう?」 「おいこら陽太郎!」 言い濁す米屋に被せるように発言した陽太郎の一言で状況を察した瞬間だ。 「ははーん。米屋、そんなに私のことすきなんだ」 米屋の持っている本は三門山のことがきっかけである葵のメディア露出の賜物と言えた。根付が取りつけた契約はテレビ出演に留まることなく雑誌のモデルにまで起用されてしまったのだ。 手始めに女性ファッション雑誌と言われた時は眩暈に見舞われたものだ。 まさか米屋がそれを手にしていることには驚きを隠せないが、慌てふためく米屋の姿を見るのは中々新鮮だ。 「因みにそれ、袋とじで私のグラビア載ってるから」 「え、マジっすか!?」 「ウソだけど」 目を見開き驚く米屋を揶揄すれば予想通りの反応が返ってくるので思わず笑ってしまう。葵の周りには風間や木崎をはじめとし、オーバーなリアクションを取る人間が少なく米屋や出水などの男子高校生の反応が新鮮に思えてしまうのだ。 葵に姉弟はいなかったが、仮に居たとすればこんなやり取りが日常茶飯事となるのだろうなんて考えてしまう。 「私も米屋みたいな弟が欲しかったなー。そしたら可愛がってあげるのに」 葵の性格を知っている風間が今の言葉を聞いていれば眉間に皺を寄せて難しい表情を作るのだろう。しかし、葵は年下には優しく甘いと自負していただけに年下らしい反応を見せられると可愛らしい弟が欲しいと求めてしまうのだ。 「ならおれが葵の弟になってやろう」 「陽太郎やさっしー。飴玉もう一つあげよう」 「わーい」 空気を読んだのか、少し得意気に告げた陽太郎の表情はいきいきとしている。少し背伸びをして陽太郎の頭を撫ぜてみる。顔を綻ばせる姿を見ればフレンドリーな林籐の面影を垣間見てしまうのだ。将来は中々のプレイボーイに化けるのだろう。 陽太郎を撫ぜていれば、米屋から視線を感じて顔を上げる。葵を見る米屋の表情はどことなく不満気で、彼の心情を察して思わず笑みを零してしまう。 「しょうがないなー。米屋は私の弟2人目」 「え」 「私の弟とか中々レアだよ」 へらりと笑みをこぼしてみせた葵につられるように、米屋も笑みを浮かべてみせたものの、まだ少し満足していないようだ。その原因はなんだろうと首を傾げる葵を見てか、今度は米屋が口を開いてみせた。 「ただ」 「ただ?」 一呼吸置いた米屋は口のへりを吊り上げて意地悪く笑う。 「グラビア写真見れるなら弟希望じゃないっす」 「このエロガキが」 発言は男子高校生あるあるなのだろう。恥ずかしがることなく欲望に忠実な姿に葵は吹き出すように笑ってしまう。冗談でグラビアと言ってしまったが、予想以上の食いつきに呆れるような驚いてしまうしかない。 「仕方ないなー。グラビアの仕事受けてあげよっか?」 米屋が目を見開き口を開けるより早く、葵は続きの言葉を繋いでみせた。 「ただ、私はグラビアの仕事来ないと思うよ」 葵のスタイルに感ずる所があったのか、風間と言う怖い番犬の存在を危惧したのか。普段であれば世辞の一つでも言えただろう米屋が素直に苦笑いを零したことに葵は彼の額を小突くのであった。 素直な弟 20151124 ← |