大砲娘と世界征服論 Another | ナノ



未来を掴みとれ

 
※迅の未来を視るサイドエフェクトは視る内容がある程度選択できる、と言う前提です。
 
 肌寒い時期になって来たなと窓から見える景色に目を配せながら迅はふとそう思った。
 空調設備の整っている環境と言えどボーダー本部内は閑散としており、静謐な空気がより一層肌寒さを感じさせているように思う。いつもは賑わうラウンジも、食堂も、訓練室であったとしても人っ子一人居ない状況だ。
 それもそうかと妙に納得してしまった自分に苦笑い浮かべてしまう。
 時刻は日が昇ってから少ししか経っていない。今から起床しだす人が大半を占める時間帯なのだから、夜勤と称してボーダー内に留まっている人間やエンジニア、当直のオペレーターなどなど限られた人間しか活動していないのは当たり前と言えたのだ。
 歩いていればよく利用する自動販売機が目に留まる。ズボンのポケットから小銭を取り出して缶コーヒーを選択した。迅の分と、もう一人分の合計2本。
 迅のサイドエフェクトがこれからの未来を的確に標していた。
 
「あれ、迅」
 
 エンジニアの集まる“研究所”ともいえる場所から顔を覗かせたのは葵であった。後頭部を乱雑に掻き毟りながら大きな欠伸を隠すことなく噛み潰す。
 眠たげな様子の葵は迅の姿を見るなり笑みを浮かべる。普段よりも幾分か意図的な笑みに感じられて彼女の心境を何処となく悟った瞬間であった。
 
「おつかれさんです」
「なんで此処に居るの? サイドエフェクトは必要な時に使いなよー」
 
 迅の意図を悟ったのか、葵は力なく笑いながら言う。その言葉の節々にも欠伸が忍び寄る姿を見れば今夜は徹夜だったのだろう。
 葵は技術局長ともいえる鬼怒田の元で働くエンジニアでもあった。勿論、本職は戦闘員であることから常に開発室に居る訳ではなかったが、元々希望していたこともあり、時たま顔を覗かせては仕事を手伝っているらしかった。
 葵の言う通り、サイドエフェクトで葵との会えることを知ったのは事実だ。しかし、訳あって本部に宿泊していたのも事実であり、迅はサイドエフェクトだけを言い訳には使いたくなかった。葵は迅の心理をどのくらい読み取ることが出来ているのだろうか。隣に座る様に無言で促し、葵に先ほど買ったばかりの缶コーヒーを手渡した。
 
「ありがとう。流石、実力派エリート」
「人に言われるとなんだか価値が下がる気がする」
「自称も他称も同じでしょ」
 
 プルタブに指を掛けながら言う葵の横顔は楽しげだ。
 ――甘党と知れた葵に本来渡すべき飲み物は缶コーヒーよりもココアやカフェオレだっただろう。事実、この状況をA級隊員の内の誰かが見ていれば、珍しいと口を開き、葵の様子に度肝を抜かれる様子が見られただろう。
 しかし、迅は知っていたのだ。
 葵が心底疲れた様子を見せた時は甘いものではなく苦く僅かに酸味のあるブラックコーヒーを欲しがることを。
 その知識は振りかざす程の知識ではなかった。彼女の腐れ縁である風間は知っているだろうし、その延長戦で風間隊に所属する歌川や菊池原も同様だ。もしかすると彼女と同じ大学に通う諏訪や木崎も同様であるのかもしれない。
 ただ、彼女と親しくない人間から見た時、迅はそんな彼らよりも一歩近い距離に居るのだと感じることが出来るのだった。
 
「(我ながら情けないな)」
 
 両手で包み込むようにしてコーヒーを持つ葵を見て零れた笑みは普段の迅が浮かべる笑みとは大よそ似つかわしくない笑みだっただろう。それを自負しているからこそ、浮かべずにはいられない。
 サイドエフェクトで葵と出会えると知り、わざわざ早朝に本部の中を徘徊した。缶コーヒーを買って、傍に居る理由をこじつけて、隣に座れるようにとわざと詰めていたスペースを開けて迎え入れたのだ。
 烏丸が以前、葵と接点を持つ機会がないと言っていたのを思い出した。
 それは玉狛支部に属する迅も同様であったが、機会がないのであれば機会を作ればいいのだと考えてしまう。それ故の行動だ。
 どんなに僅かな時間であっても無駄にはしたくない。
 葵に好意を抱いている自分。その認識は今も変わりない。
 
「そういえばさ」
 
 静謐な空気を壊したのは葵からであった。コーヒーを啜った後、思い出したかのように声を上げるのだ。
 
「迅のサイドエフェクトってどこまで視えるの?」
 
 以前の誰かにも似たようなことを聞かれた気がするものの、自分の興味があることにしか首を突っ込まない葵からの問いに迅は瞬いた。そしてすぐに笑みを浮かべるのだ。
 
「うーん、どこまでって言われても。結構先まで視えると思うけど」
「例えば」
「例えば?」
 
 葵は一拍置いた後、顔を上げて迅を見た。
 
「例えばさ、未来の結婚相手とか分かる?」
「は、はあ?」
 
 予想していなかった返答に素っ頓狂な声を上げてしまう。
 結婚相手。考えたこともなかったし、聞かれたこともなかった為考えてもみなかった発想。
 瞬く迅を余所に葵は背伸びをしながら悠長に言葉を紡ぐ。
 
「いやー、息抜きに話してたら、エンジニアの人たちが結婚の話しててさ、急に話を振られたんだよね。迅に聞けば早いかなって」
「それは未来を視てどうこうなる話じゃないと思うけど」
「まあそうなんだけどさ」
 
 葵の興味は結婚相手は誰かということよりも、迅のサイドエフェクトそのものにある気がしたが、敢えて言うことはない。
 迅を見て眼を輝かせるその姿はエンジニア特有なそれで、興味を探究したがる姿に内心ため息を吐きだしたくなった。
 
「もし仮に、俺ですって言えばどうしますか」
 
 そんな葵に敢えて意地悪な質問を投げかけてみる。
 階級に関係なく誰とも気さくに話す葵に惹かれる者も多い。姑息なやり口だと言われるかもしれないが、迅は自分の立ち位置を知る為にもあえて口にしたのだ。
 葵は目に見えて悩み始めた。それが今まで意識していなかったことに繋がるのだが、迅は声を掛けずにじっと様子を見守った。
 
「どうって言われてもどうもしないかなー。と言うか、迅に私の面倒は見れない」
「はははっ、見れないって自分で言うのは反則でしょ」
 
 葵の横で吹き出すようにして笑えば、その隣でつられて笑いだす葵の姿があった。早朝と言うことも忘れて二人で笑い合う声が廊下に反響し、鬼怒田が聞けば怒鳴りかねない状況であったが、二人は笑う合うことを止めなかった。
 
「もし仮に見れたとしても、全部の未来を視れば人生楽しくないから視ないですよ」
 
 笑い終わった頃に少し前の返事を続ける。
 今ここでどうにか色のある話に持ち込むことが出来るだろう。しかし、敢えてその選択肢を選ばなかったのは今の関係を気に入っている自分が居て、サイドエフェクトに頼らずとも自分の力で掴み取りたいと傲慢にも考えてしまうのだ。
 
未来を掴みとれ

迅が思ってたよりも絡みやすかった
20151102