大砲娘と世界征服論 | ナノ



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「あーあ、ほんとあの人幾つなんですかねえ。子供じゃあるまいし、すぐどっかに行きすぎでしょ」
 
 頭の後ろで両手を組みながら歩く菊地原を咎めるのは歌川だ。風間を含め3人は同じ隊員の葵を探すために施設内を歩き回っていた。
 最初は同じように歩いていたはずなのだが、目を離した瞬間、ふらりと何処かへ消えてしまったのだ。
 黒トリガー奪取の任務以後、何かと非番を与えられることが多く今日も非番であったが、風間隊は隊のミーティングを控えていた。昼食として笑顔でカツカレーを頬張っていた葵の姿を探す意味を兼ねてボーダー基地内を歩いているが、今日は何時もにましてC級隊員が目立つ気がした。
 
「(確か、今日は入隊式だと嵐山が言っていた気がする)」
 
 迅が風刃を差し出すことを条件に上層部から決定されたネイバーのボーダー入隊。恐らく、今日何処かに迅の後輩にあたるネイバーが施設内に居るのだろう。それとなく周囲を見渡す風間を見てか、菊池原は大袈裟にため息を吐きだした。
 
「一層のこと、こっそりGPSでも付けたらどうですか、風間さん」
「! おい、それは言い過ぎだろう。葵さんもなにか考えがあってだな」
「……いや、最近俺もそれを考えていた」
「「……」」
 
 任務後に城戸指令から呼び出された葵はその後元気がなかった。理由は任務外のことをしたことで幾らか減給されたそうであったが、風間としては拳骨2発と減給だけで許されたことに驚く他ない。
 迅はそれを見越した上で葵に協力要請をしたと考えるのが妥当であったが、減給された腐れ縁がどう行動するかまでを考えて欲しかったと思えて仕方ないのだ。
 
「俺の予想だが、恐らくあいつは入隊式に参加しているのだろう」
「それって例のネイバーを見に行っているってことですか?」
「いや、どちらかと言えば――」
 
 
「荒船ー、入隊式っていつから?」
「! 葵さん」
 
 本日はC級隊員の入隊式のようだ。新しい隊員たちが増えることもあって、辺りは通常とは異なる任務を任されているみたいで何処となく忙しい雰囲気を漂わせていた。きっと今日に限って非番なのはついこの間、遠征より帰還した上位部隊くらいなのだろう。
 通常通りの入隊式であれば、全体の挨拶の後、それぞれのブースに分かれるはずだ。私の足は真っ直ぐと狙撃手ブースに向かい、そこで東さんと共に待機しているのだろう荒船に声を掛けた。
 振り返って私の姿を確認するなり、荒船は目を見開いた。いつものポーカーフェイスを崩しての驚き様を見ればどことなく状況を察した瞬間だ。きっと、城戸さんたちは私たちの帰還を正式に伝えていないに違いない。
 
「東さんやっほー」
「帰ってきていたんだな。此処で会うのも珍しい気がするよ」
「帰ってきたのはちょっと前! 此処に居る理由は城戸さんを怒らせたことで減給だって言われちゃって、小遣い稼ぎにきました」
「ははっ、葵らしいな」
 
 東さんと話をしながら彼らに近づく。油断をしている荒船に向けて手を伸ばし、彼のトレンドマークともいえる帽子を奪い取った。普段からなにかと彼の帽子を奪っていたこともあって、一瞬驚かれたものの次には呆れたような表情を浮かべられるのだ。
 年上のする行動でないことは理解しているものの、帽子のない彼の姿を見るのは中々新鮮で面白い。
  
「後で返してくださいね」
「気が向けば」
 
 見せつけるように目深く帽子を被った後、にっと笑みを浮かべ荒船と戯れていれば、すぐ背後から佐鳥の声が聞こえてくるのが分かる。その後ろを歩くのは白い隊服を纏ったC級隊員たちだ。緊張した面持ちを隠せない様子を見るに私の予想は外れていなかったのだろう。
 
「え、荒船さんが二人……?!」
 
 私の姿を捉えたあと、荒船を見た佐鳥が驚き慄く様子は予想通りの反応とみて間違いない。反射的に零した言葉を聞いて私と東さんは吹き出すようにして笑い声を上げた。

「おい、俺は帽子なのか」
「なんで私に怒るのよ。あ、話中断しちゃってごめんね。大人しくするから」
 
 帽子を取った私よりも佐鳥に言うべきだろう。そう声を上げれば此方を伺うC級隊員の様子に気付いて小さく謝った。大人しくしていなければ東さんから城戸さんに話が伝わり、こうして非番でも頑張って給料を稼ごうとしていることがバレてしまう。
 極力大人しくしないと。慌てて黙り込んだ私を荒船は気味が悪いというように見てくるので後で一発殴ろうと思う。後で。
 仕切り直しだとワザとらしく咳払いをした佐鳥のほうをみて、東さんたちは本来の仕事を思い出したようだ。急にプロらしい真剣な表情を見せる。
 佐鳥は目の前に居るC級隊員たちを順々に見渡した。
 
「ごほん、狙撃手志望の諸君。此処が俺たちの訓練場だ」
 
 狙撃手の訓練場となるブースはボーダー基地内でも随一の規模を誇る施設だ。
 そしてこの施設全てがトリオンで作られているのだと考えれば、研究室の人間のノウハウに舌を巻くしかないだろう。
 驚き見渡す彼ら彼女らを並べさせ、佐鳥は事前に準備していたのだろう銃を各々に手渡した。
 C級隊員が手始めに行うことは狙撃手の持つ武器の確認だ。イーグレットを手にした姿で基本姿勢を確認した後に試射するのが定められたオリエンテーションの流れだった。東さんを筆頭に佐鳥や荒船が基本姿勢を確認していく。勿論、給料アップを目論む私も本来であればC級隊員たちの様子を見守らなければいけないものの、朝の早起きが響いたのか若干眠い。帽子で上手く欠伸を隠してがら歩いていれば、隊員の中でも一際小柄な少女が私に声をかけたのだ。

「あの、」 
「どうかした?」
「撃った後に走らなくてもいいんですか?」
 
 小さい声であったのに広いブース内でやけに響いて聞こえた。A級、或いはB級に上がることで必然的に学ぶこととなる狙撃手の場所取り。それをC級である少女が知っていることに私を始めとした面々は驚きを隠せないでいた。
 それを知らないC級隊員たちがざわつくのを佐鳥が制する中、口元に笑みが広がるのを感じた。興味本位で此処へ来てしまったけれど、中々骨のあるC級隊員に出会えたようだ。
 
「あー、いいよ。今日は走らなくて」
「(誰が師匠なんだろうか)」
 
 荒船の視線が彼女の師を探るのに無理もないと思えてならない。
 既に上へ登ることを見越した上で教えられているのが垣間見られると、小柄な彼女に秘められた才能にこちらも期待せざるを得ないのだ。特に、最近は攻撃手や射手などに有望な子が多く居るので期待の星、と表現しても良かったのかもしれない。
 
「(この子、面白そう!)」
 
 師は自ずと分かることだろう。顔も知らない師が一体どんな知識を彼女に刷り込んだのだろうか。
 知的好奇心とも言える興味に惹かれた私は本来の目的を忘れて彼女の姿勢を見守ることにしたのだった。