大砲娘と世界征服論 | ナノ



1/2

 
 正直なところ、ボーダーに入るにあたって、ポジションはどこでもよかった。
 生駒さんについていく。それだけが志望動機と言えば格好がつかないけれど、当時の俺はそんな感じだった。昔から何をするにしても困ることはなかったし、慣れればある程度の範囲でこなすことは容易だと考えていたのだ。
 しかし、俺はあることをきっかけに狙撃手を選んだ。その選択肢は間違っていないと当時の俺に言いたい。
 
「此処やったかな」
 
 ポジションがふらふらと定まっていない中、なんとなく見に来た狙撃手ブース。うちには狙撃手が居ないからやってもいいかなー、なんてノリで訪れた所は攻撃手たちのブースとはまるで違った雰囲気があった。
 緊迫した雰囲気。糸を張り詰める、神経を尖らせる。そんな表現が似合うこの場に居る自分が不自然なくらい静かで、静謐を保っていた。時折的を撃ち抜く音が響く。それすらそれすら静かなのだから、攻撃手の熱気余る環境とは異なることが一目でわかるのだ。
 あー、向いてないな、これ。
 浮かべた苦笑いは的確に自分の心境を現わしていた。生駒さんたち程ではないけれど、自分もわいわい騒ぐ方が性に合っている気がしたので、此処の独特な雰囲気に馴染めない気がしたのだ。
 向けていた足先をくるりと返し、扉への道をのろのろと歩く俺の横を何人ものB、C級隊員がすり抜けていく。軽快な足取りが自分と違うことが面白くも可笑しかった。
 
「おい、もう始まってんのか?」
「いや、まだだろ。いつもより人多いなー。流石と言えば流石か」
「ぐだぐだ喋ってないで早く行こうぜ」
 
 扉へ向かう俺の横を通り過ぎる姿がちらほら。期待が込められた言葉に俺の足が止まるのも時間の問題だった。
 
「(なんかあるんか?)」
 
 先ほど狙撃手のスケジュールを確認したものの合同の特訓という特訓はなかったはずだ。しかし、まるで見世物があるかのように集まる隊員たちに小首を傾げてしまう。
 踵を返し、誘われるように訓練ブースへ足を運んだ自分はこの時、何かを期待していた。明確に言葉では表現することのできない期待。それは、狙撃手という自分の性に反するポジションに対しての一縷の望みだったのかもしれない。
 
「うわ、間近で見れるなんてラッキーだな」
 
 野次馬の群れに混ざって視線を向けてみる。隊オリジナルの隊服を身にまとっている姿を見るにA級かB級隊員なのだろう。見物客が多い所をみるに、A級隊員なのかもしれない。ポジションを選択するにあたってA級隊員の実力を目の当たりにするのは良い参考になりそうだ。しかし、次に目を向けた時に居た隊員の存在に目を剥いてしまう。
 
「女、」
 
 狙撃手の第一人者と言えば東隊長だろう。ボーダーでも古株にあたる彼は現隊長格たちの育成に加担したと言っても過言ではなかった。次点で当真さん。A級2位にあたる天才狙撃手であると聞いている。
 それ以外の狙撃手は名前くらいしか知らなかった。ボーダーに入隊してから日が浅い俺は膨大な人員を把握できていなかったのだ。
 しかし、女の狙撃手が居るのは聞いたことがない。
 驚きを交えた瞳で女の姿を追う。自分よりも年上なのだろうか。東隊長と仲良さそうに話している姿を捉えた。
 
「なあ、この人だかりってなんなん?」
 
 痺れを切らした俺はそこらへんに居た隊員に声を掛けた。聞きなれない関西弁に驚きつつ、男は集団の原因が目の前に居る女だと言うことを皮切りに彼女の解説を始めたのだ。
 神崎葵。ボーダーに入隊するなりA級3位の風間隊に飛び入り加入した天才狙撃手。トリオンの豊富さと型破りな行動が多いことからも大砲娘という異名がついた女なのだと。
 その解説が尻すぼみになったのは、東隊長と神崎葵が突然会話をやめたからだろう。動かない目の前の的を撃つ、ただただ単調なその動作なのにも関わらず、男は言葉を失ったのだ。視線の先に導かれ、俺も彼女へ視線を向ける。そして、俺自身も言葉を失った。
 
「なんつー、構え方や」
 
 スコープを覗き、指先に力を入れてトリガーを引く。銃の一般的な射撃方法だ。素人でも真似出来てしまいそうな構えでるのにも関わらず言葉を失ってしまう。
 構え方が、その立ち姿に美しさを見出してしまうのだ。
 肩程までに上げられた得物を両手で捉え、細い指先が先台を支えるように把持する。スコープを覗くその姿に見入ってしまう。大型の得物を持つ姿が華奢な肩と相まって女の姿を美しく見せるのだ。きっと、スコープを覗く瞳は真っ直ぐと標的を定めているのだろう。その瞳に自分が映り込みたいと欲張ってしまいそうだ。
 その直後に放たれた軌道の先を俺は見ていなかった。的に当たろうが外れようがこの時の俺にはどうでも良い結果で、ただただ、彼女の挙動に目が離せなかったのだ。
 
「まじで、射貫かれた。俺のハートつらい」
「葵さんと東隊長の射撃間近で見れるとかほんとついてるわ。師匠になってくんねーかな」
 
 気付けば足が自然と前へ出ていた。
 集団の中から感嘆とも、恍惚ともとれる吐息が零れる中、俺の足は独りでに動き出したのだ。周囲が俺の行動に気付いた時には、訓練ブースの内側に入り、2人の前に立った時だった。
 
「? なに」
 
 間近で神崎葵を見た時、あの華奢な肩を持つ女の容姿に驚いた。
 揺れる度に動く黒髪に、白く浮かび上がるように透明な肌。眉は見ず知らずの相手に向けて怪訝そうに寄せられていて、彼女の困惑は手に取るようにわかりやすかった。
 アメシスト色に輝く瞳は蛍光灯の下でも輝いていて、俺の姿をはっきりと映し出していた。
 
「はじめましてー、隠岐孝二言うんですけど、神崎葵さん?の狙撃みて感動しました」
「……はあ」
「俺を神崎さんの弟子にしてくれへんかな」
「「「直球!?」」」
「いや、無理」
「「「こっちもド直球!?」」」
 
 ポジションでうだうだ悩んでいた自分のことは一気に吹き飛んでいて、俺はただただ目の前にいる彼女に教わりたい一心だった。
 ボーダー内には技術を伝達するために年長組と師弟関係を結ぶ風習があると聞いていた。それであれば、俺の師匠は神崎さんに頼めばいいのだと思い立ったのだ。
 周囲が憧れだけで終わらせていることを、俺は実際に叶えてみたかった。華奢な彼女が持つには大きすぎる得物を担ぎ、ゆくゆくは軍場(いくさば)を並走してしてみたかったのだ。
 しかし、彼女の辛辣さを前に俺は言葉に窮した。美人には棘があるやら、性格が悪いとよく聞いていたが、なるほど。これは懐柔しにくそうだ。
 
「まあまあ。葵は弟子を取っていなかっただろう? そろそろ良い時期じゃなのか」
「私だってまだA級にあがったばかりだし、人に教える程ひまじゃない」
 
 間髪入れずに拒絶された俺を不憫に思ったのか、東隊長が仲介に入る。しかし神崎さんが折れる様子はなかった。
 それならと、俺は機転を利かせてこの場に縋った。
 この場でチャンスを逃してしまえば彼女に付け入る隙がないと感じてしまったのだ。それほどまでに俺は神崎さんと接点がある訳でもなかったし、どんな形であれ彼女の瞳に映りたいと執着してしまうのだ。
 
「なら、一回でもいいんで、俺の射撃をみてもらえませんか」
 
 交渉はいつだって損得勘定の上に成り立つ。師匠として関わるのが嫌だと言う彼女はこの提案を受け入れるだろう。俺の味方として立ち回ってくれるだろう東隊長に神崎さんは折れるだろうし、狙撃手不足の現状を加味すれば一度きりの懇意を無碍にされることはない。
 案の定、東隊長は俺の側について後押ししてくれる。彼の瞳には熱心な新人狙撃手希望に見えたのだろう。実際に俺はライフルを一度も握ったことはなかったが、そこまでして彼女との接触を願った自分がなんだかいつもの自分と違って面白い。
 
「後輩は大切にしといたほうがいいぞ、葵」
「ううーん、じゃあ東さんが言うなら一度だけ」
 
 背後に居る野次馬から様々な視線を貰っていたが、首を縦に振った彼女を見て、羨望の眼差しが大半を締めることに気付く。結果的に見てもらえるという結果に行きつくなんて誰も思っていなかったのだろう。
 それが彼女の人気の一つであることなんて、その後から嫌でも知ることになる。