大砲娘と世界征服論 | ナノ



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「おおう、鬼怒田さんまじで鬼だな」
 
 食堂で頭を抱える私の右手側にあるのはボーダーの関連資料だ。
 遠征までの訓練と研修メニュー。狙撃手、攻撃手、銃手、射手など機能別に別れたプランもあれば、合同であったり全体で行われる研修プランもある。今からタイムスケジュールを組めと言うのだ。しかも、千佳ちゃんが遠征に参加することで考えられる人員の増員や船の改造も任されれば正直負担しかない。
 そして左手にあるのは大学の研究資料だ。研究の期日が迫っている以上、おろそかには出来ない。教授も私に期待しているという重圧を掛けてきたし、私自身今回の研究は中々楽しかったので文章として残したいのも本音だ。
 普段であればラボの一角でするか、自隊のソファに寝転びながらしたい所だけど、どちらも期日が迫っているのが痛い。まじで此処最近寝てないんですけど。
 頭を抱えて唸っている私を遠巻きに見守るのは食堂のおばちゃんだ。差し入れとばかりにプリンを貰ったので頬張りながら時間の割り振りをしていく。
 
「(しかも)」
 
 なんで、次のランク戦の司会に私が入らないといけないんだ。いや、これは快諾した訳だけど……うーん、玉狛ってワードを聞けば首振るのも仕方ないよなあ。
 ボールペンを指先で回しながら考えるのはついこの間の話だ。蒼也と観戦しに行ったB級ランク戦。玉狛を追う形で香取隊、柿崎隊が戦った訳だけど、結果は私の予測した形に近い結末となった。蒼也には賭けでも勝ったし成長もみれた楽しい一戦だったけれど、心残りがない訳ではない。
 思い出すのはその後の話し合い。城戸さんの一方的な殴り合いになるかと思われたそれを三雲くんが良い感じにまとめてくれたので交換交渉となった。千佳ちゃんの遠征参加と、ヒュースの三雲隊加入。様々な思惑が交差した話し合いは私の胸中を曇らすには十分すぎた結果と言えた。
 
「うーん、複雑な気分だ。終わり掛けに唐沢さんに笑われたし、私もまだまだ青いってことだよなあ」
「なにが?」
「うわあっ」
 
 後ろから声が聞こえてひっくり返りそうになる。
 慌ててバランスを取って転倒を防ごうとする私の肩を抱いたのは王子だ。
 
「おお、久しぶり」
「聞いたよ葵さん。次の解説してくれるんだって?」
「情報早いねー」
 
 彼にお礼を言いつつ散らばっている資料をかき集めた。時計を見れば此処に居座ってから結構な時間が経っていたようだ。私の促しに気付いたのだろう。王子は小さな笑みを零した後、私の隣に座るのだ。
 
「情報もなにも、玉狛第二の試合は全部見てるんでしょう?」
「うわ、黒王子だなー。その顔なにか企んでるでしょ」
「ひどいなー。ぼくは葵さんに応援してほしいって思ってるだけだから」
 
 そういって笑った彼はこの笑みで一体何人の女の子を落としてきたのだろうか。王子という名前にぴったりの容姿をもつ彼は柔和な笑みを浮かべて私を見るのだ。
 年下とは思えない色気にあてられそうになる。なんというか、此処の高校生ってレベル高い人多いよね?
 まあ、玉狛を贔屓している感じは否めない。それこそヒュースに言われた肩入れしていると言う言葉が間違いじゃないくらいだ。けれど、彼らに興味がある延長戦で試合観戦をしているのであって、点数を言い当てているのは試合を平等に見た結果だ。
  
「まあ、王子隊も楽しみにしてるよー。見るの久しぶりだし、王子は活躍してくれるんでしょう?」
 
 随分と上からな発言で申し訳ないけれど、目の前の彼は容姿に似合わず熱いハートを持っている。負けず嫌いと言うか、プライドが高いと言うか。彼を煽るように言うことで彼は期待以上の働きを見せてくれることを知っているのだ。
 驚き目を見開く彼を横目で捉えつつ残っているプリンに手を伸ばそうとするが、ない。容器がテーブルの上から消えたことに目を白黒させていれば、王子の居る側と反対からぬっと手が伸びてくる。
 
「ほら、あーん」
「あー?」
 
 伸びてきた手に持っているスプーンはプリンを掬っていて、反射的に口を開けてしまった私はなにも悪くない。放り込まれたプリンを頬張っていれば、スプーンを掴んだ手が消える。目だけで立っている人物を見れば隠岐がいた。と言うことは、
 
「葵さん!」
「うわ、生駒」
 
 ぞろぞろと現れたのは生駒隊の面々だ。
 目力だけで人を射殺せるんじゃないかと言う程に顔の濃い生駒が迫ってきたので反射的に立ち上がってしまう。そしてじりじりと後ろへ後退する。
 
「ひ、久しぶりだね」
「いつみても葵さんかわいすぎますわ。ほんまヤバい」
「えー、公衆の面前で口説かれてるのか私は」
 
 じりじり後退する私に気付いていない生駒はじりじりとにじり寄って来る。それが私を更に後退させる結果となるのだけど、隠岐や水上、南沢たち生駒隊メンバーは助けてくれるようすがない。寧ろ、私の食べていたプリンを頬張る隠岐をどつき始めるのだ。
 生駒隊が関わってくるといつも場の雰囲気がカオスになる。まあ、隊長を筆頭にキャラ濃すぎるからな。
 
「聞きましたよー、葵さん解説やってくれはるんですよね」
「うん、王子と同じようなこと言うね」
「当たり前やないですか! 応援してくれると思うと頑張れるわ!」
「いや、誰も応援するとまで言ってない」
 
 私、どちらかって言うとボケ担当なんですけど。生駒との掛け合いはついついツッコんでしまう。恐るべし関西弁パワー。
 生駒隊特有の早いテンポの掛け合いを傍観しつつ生駒と一定距離を保っていれば、王子が軽く手を振って食堂を後にするのが見えた。うん、生駒隊に関わると確実に巻き込まれるから賢明な判断だと思うよ。けど、私も連れて行ってくれ。
 仕方なく生駒の好きなメニューを口に出してみる。
 
「そういえば、この間生駒の推してるナスカレー食べたよ。カツカレーには及ばないけど普通に美味しかった! 美味しそうなナスをおばちゃんたち買ってたよー。頼んできたら?」
「せや、ナスカレー食いに来たんや。おい、お前ら行くで!」
「ぷっ、気の逸らし方下手すぎません?」
 
 一難去ってまた一難。額の汗を拭い、離れていった生駒が振り向かないか警戒しつつ食堂を出ようと思ったのに、次の弊害が現れた。
 片手にプリンの容器を持ち、スプーンを口で加えたまま笑みを浮かべるのは隠岐だ。生駒隊ツートップで面倒な相手が居なかったら水上や南沢とも話してみたいのに、ぐぬぬ。
 
「! あ、風間に用事あったんだ。と言うことで」
「やから、葵さんほんま誤魔化し方下手すぎやから」
 
 手首を掴まれて逃げるに逃げれない。ボーダーには私より年下の子のほうが多いけれど、こうもがつがつ近づいてくる年下も珍しい。
 逃げ腰になりつつ状況を打開しようと頭を回転させるのに、何を思ったのか隠岐は私の手首を掴んだまま食堂から出ようとするのだ。ちゃっかりプリンの容器を返却口へ置くという周到さに唖然としていれば、隠岐の行動に気付いた生駒が静止の声を上げる。しかし彼は聞こえていないフリをして歩き続ける。今更だけど、生駒隊の上下関係っていつも謎だ。
 
「隠岐が葵さん連れていきよった!」
「ほんま隠岐は葵さん好きやなー。愛する師匠の前ではあいつもちゃうってことやなあ」