大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 迅と観戦した玉狛第二の試合は快勝という形で幕を閉じた。
 そしてオレは三雲たちと共に本部へ赴き、上層部の面々と会うことになっていた。
 本国へ帰還したいオレの思惑と、上位組と対等に渡り合いチカの兄を見つけるために遠征組を目指すミクモたちの思惑が合致した結果、部隊に加入することになった。それに対して黙っていないのは本部の上層部だ。
 主のため、本国の情報を一切漏らさないと言い切ったオレの条件を飲んだミクモ。隊長として、彼の手腕が試される時だと言えるのだろう。
 上層部と思える男たちを見渡した時、一人だけその場に浮いている女の姿を捉えることが出来たのだ。そしてそれが神崎葵だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
 
「(葵さん? なんで此処に)」
「さて、話を聞こうか」
 
 ミクモ自身も神崎葵の存在に動揺してみせたようだが、本部のトップであるキドの言葉によって動揺を隠し、口を開くのだ。
 その間、オレ視線は神崎葵に向けられていた。
 ――俺の知る限り、彼女はボーダーの隊員であり、実力で見た時に、上位の部隊に属する人間だということであった。
 迅や玉狛の人間たちと仲が良く、本部に属する人間の間でもネイバーに関しては比較的寛容、そう聞いている。この場に居ることが不自然なくらいに、鋭い視線を向ける面々の中で、神崎葵は興味なさそうに頬杖をつきこちらを見ていた。
 

「お忙しい中、時間を割いていただいてありがとうございます。今日はひとつ、お願いがあってきました。……ここに居るヒュースを玉狛第二に加入する許可をください」
「ふむ、その件は林籐支部長から聞いていますよ。三雲くん、キミは自分が何を言っているのか分かっているのかね」
 
 一瞥されるものの、表情を変えることはしない。それに苛立った様子で上層部の一人が大規模侵攻と名付けられていたオレたちの襲撃のことを振り返ってみせるのだ。
 
「彼の扱いを玉狛に一任すると言えど、本来ならば自由に歩き回ることすらあり得ないのにも関わらず、部隊への加入とは正気の沙汰とは思えないねえ」
「以前とは状況が変わりました。彼も僕の意見に賛成しています」
「早急に本国へ戻る用事が出来た。理由はそちらでも見当がついているだろう。貴様たちの遠征に同行することが一番手っ取り早い。だから話に乗ったまでだ」
 
 俺は、本国へ還らないといけない。
 そもそも今回の玄界遠征へついていったのが間違いなのだと今なら思えてならないのだ。もし此処へ来なければ、ハイレインの口車にさえ乗らなければ主家を危険に晒すことにならなかったのだから。
 
「国へ戻るためなら我々に協力すると? それであれば以前に提供を拒否したアフトクラトルの情報も教えてもらえるということかな?」
「それは断る。主家に不利が生じる情報は漏らさない。それは今後も変わりない」
「遠征につれて行け、しかし、本国の情報は漏らさない。それはどうしようもないね」
「アフトクラトルに関すること以外であれば協力的です。現に、この間の防衛戦では敵国の遠征兵を撃退したと聞きました」
「!」
「あ、その情報は私が漏らしました」
 
 手を上げてへらりと気の抜ける笑みを浮かべたのはそれまで黙っていた神崎葵だ。それに上層部面々の非難的な眼差しが向くものの、彼女は表情を変えなかった。
 
「まあ、漏らしても困る情報じゃなかったし? 彼には助けられた一面もあったので」
 
 それが陽太郎のことであることはなんとなく察することができた。
 
「逆に言えば捕虜がどうして抜け出して戦場に居るのか、という話にもなるが? この間の一件だけで彼を協力的だとするべきだと判断出来ないな」
「ヒュースが戦力になるということは一つの例にはなります」
「けどそれって三雲くんたちの利得の話だよね? 今はボーダーにとって彼の加入が得になるかどうかの話なんだけど?」
「……」

 神崎葵と目が合えばにっと歯を見せて笑われる。何処か含みのある笑みのように感じられて好ましいとは思えず寧ろ、上層部の面々に合わせて、属する本部の利得を考える。その考えは限りなくこの場に居るに相応しい考えであると思わせるのだ。
 一歩も引かないミクモたちに加えて、首を縦に振ることなく難色を示す。それまで静観していた男はリンドウ支部長へ意見を仰いだ。
 
「まあ、正直に言えば俺が遠征の引率者であればヒュースをあまり連れて行きたくないな」
 
 今回、こいつらが企てている遠征計画は様々な国に停泊を繰り返してトリオンを補給するようだ。その遠征に部外者が入ることをよく思っていない。そんな考えてであった。
 しかし、ミクモの考えは逆だ。
 
「近界へこそ、ネイバーの同行が必要です」
「「!」」
「遠征で降り立つ国はこちらにとっては未知の国です。色んな危険や問題があると思います。けれど、そこに案内役を連れて行けば滞在は安全かと思います」
「案内役であればエネドラでも十分だろう」
「彼に直接確認を取りましたが、国の内情までは分からないと。鬼怒田さんも知っていると思います」
 
 ミクモは一呼吸置いた。
 
「その点ヒュースは詳しいガイドが可能だと言っています」
「余程の僻地でない限りは十分対応できるだろう」
「文化も生活様式も分からない国に生きた案内役を連れて行ける。そのことは遠征の成功率を大きく高めるものだと思います」
 
 一瞬の沈黙が降りたものの、それはすぐに打ち破られた。
 今まで頬杖をつきながらぼんやりと聞いていた彼女が如実として立ち上がったからだ。
 
「いいじゃないですかー。ヒュースはアフトクラトルへ行くという目的がある。その道中を裏切る心配がない案内人、いいと思いますよ」
 
 それに、と、彼女は一区切りを置いた。
 
「それに、こちらの条件も飲んでもらいやすいと思いますよ」
 
 その一言でその場に居た全員が神崎葵を見た。彼女はキド指令を見ており、他になにか意図があることを知るのだ。
 
「“条件”?」
「そう。私たちもね、遠征の磐石なものにしたいから色々考えているんだよね」
「結論から言おう。雨取隊員を遠征に借り受けたい」
「「!」」
 
 驚くミクモたちを見渡した後、口を開いたのはキヌタと呼ばれた男だ。
 
「次の遠征はこれまでとは比にならないほどの大規模な遠征となる。トリオンの消費も莫大なものになろう。そこで、トリオン能力が高い人間が搭乗することで色々と都合がいいのだ」
 
 事前に燃料として積んだトリオンを消費しながら船を進める。しかし、その燃料が切れれば隊員からトリオンの供給を余儀なくされるのだ。そうなってくれば、もともとトリオン量の多いチカが搭乗することは燃料を蓄えるための停泊期間が少なくなる他、隊員たちの負担も減る。更には、船自体の規模も大きく出来るというメリットが隠されていた。
 
「行方不明者の奪還を考えているから、船は大きいに越したことがない。私の力だけだったら今の船を維持するだけで精一杯なんだよね。乗せれる隊員が増えれば遠征の成功率も上がるし奪還率もあがる」
「葵、先々に話しすぎだ」
「けど、この条件は飲んでほしいから出し惜しみは出来ないでしょ? まあ、千佳ちゃんは戦闘員としてと言うよりは遠征艇での留守役だから危険は少ないと思うけど」
 
 どうする? そんな神崎葵の言葉にチカの返事は二つ返事で頷いたのだ。