大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 二人の後ろ姿を見て咄嗟に後悔してしまったのは、自分の中にあった感情を無視しようとした結果なのだろう。それが巡り廻って自分に降りかかったことを考えれば、あの時声を出せばよかったのだと思えてならない。
 
「うはー、こたつ最高」
 
 影浦隊の隊室へ行くなり葵さんはこたつへ直行。温まっていないそれは冷たいだろうに、肩まですっぽりと入り込んだ彼女は幸せそうに微笑んで、近くにおいてあったプリンの形を模した枕を手繰り寄せて寝る気満々だ。
 その一連の動作は葵さんが此処の常連であることを示していた。影浦は特に何も言わずに反対のこたつに入って漫画を手に取り、俺はと言うと、少し戸惑いながらも空いているスペースへと腰かけるのだ。
 影浦の選択肢にはあの集団に戻るという項目はなかったのだろう。ロビーで集まっていた面々を思い浮かべていれば、ごそごそと身動きをした葵さんがこたつ布団から手を出したと思えばケータイを握り締めていた。ケータイが震えたと思えば、葵さんの表情が曇る。入って間もないと言うのにも関わらず、彼女に行動させようとするきっかけの目処は立っていた。
 
「(風間さん辺りか)」
 
 俺たちにまた今度と言い残して、葵さんはひょこひょこと挫いたのだろう足を引きずりながらその場を立ち去った。嵐のように過ぎ去った様子を視線だけで見送っていれば、影浦が小さく欠伸を零した姿が見えた。
 影浦のケータイに連絡が来た時のことを思い起こす。
 個人ランク戦の休憩とばかりに俺らと犬飼、出水たちでロビーで居た。そこに迅さんと嵐山さんたちが加わって、専ら話題の中心となったのは以前襲撃してきたネイバーに次いで葵さんのことだ。
 それを影浦が興味なさそうに聞いていた。下らないと一蹴してしまうんじゃないかと思うほどに他人行儀なそれを見て、俺は少なからずの疑問を抱いたのだ。
 
「んだよ」
「なにが」
「さっきからお前のチクチクすんだよ。言いたいことあれば言えよ」
 
 知らないうちに影浦へ“感情”をぶつけてしまっていたようだ。
 煩わしそうにする同輩に小さく謝りつつ、疑問に思っていたことを口に出す。
 
「気にならないのか?」
 
 主語がなくても隣に寝そべる男には伝わるだろう。数十分前と言わず数分前の出来事を忘れた訳ではないのだろうから。
 予想通り、影浦の脳裏には先ほどの一件が過っているのだろう。言葉はない。その逡巡に一体どんな感情が込められているのだろうか。同輩として、そして、同じ感情を抱く者として、純粋な興味が俺を襲う。
 気にならないと言えば嘘になるだろう。気になる相手に好きな人がいるのだと知れば、どんな相手なのか、はたまた自分が知っている相手なのか気になってしまうのが人間の性と言えるだろう。
 彼女の笑顔を思い浮かべる。年齢、性別関係なく誰とでも平等に接する彼女の意中を知りたいと望んでしまう。そんな俺らの心情をあざ笑うかのように、隣に座る男へと連絡が来た。
 それに対して素直に立ち上がり、現場へ向かった影浦。彼女の言葉に素直な一面を見せる同輩の心境をも知りたいと思ってしまうのは、慎重だと言われる俺自身の性格故なのだろうか。
 
「(あの時、俺がなにかをしていれば、今の心境に変化はあったのだろうか)」
 
 彼女がはじめに手を伸ばしたのは影浦ではなく、俺であった。
 動揺した姿を彼女はどう捉えただろう。
 読めない相手のことを考えれば考える程、ドツボにはまっていく自分が居る気がして嫌気が差す。今だって、自分よりも何歩も彼女に近い位置に居る男の挙動に不安を募らせる俺が居るのだ。
 知りたいようで、知りたくない。知っておかないと気が済まないのに、告げられることを不安に思ってしまう。
 そんな俺の葛藤を他所に、影浦は真一文字に結んだ唇をゆっくりと解いた。
 
「別に、関係ねえ」
 
 あっさりとした返事だ。俺が予想していたよりも随分とあっさりとしてて、素直だ。
 影浦の心境を的確に示しているのだと分かったのは短いながらも長い付き合いだからだろう。着飾ることをしない影浦の言葉に俺はなんとも言えない感情を覚えた。
 
「関係ないって、そんな訳ないだろう。お前、自分の気持ちを」
「知ってるからこそ関係ねえんだよ。あいつに相手が居ようが居ないが関係ない。俺は自分の感情を偽る気はない」
 
 振り返って俺を見た影浦の瞳にこいつの本心を見た気がした。
 接点の多さだけじゃない。頼られているか否かの違いではない。影浦は、自分以外に彼女へ想いを寄せる相手全員を敵とみなしているらしかった。
 ぎざぎざに尖った歯を見て、鋭い眼光を見て、獣のようだと思ってしまった。
 相手の感情を気にせず、自分の感情を押し通そうとする。一見それは獣のようで、稚拙な考えに見えるかもしれないが、考えれば考えるだけ前に進めない俺とは違った考えに雷が落ちた錯覚すら起こさせる。
 
「荒船ぇ。お前、なにをうじうじ考えてんのか知んねえけど、そのままだったら俺が食っちまうからな」
 
 指を折り曲げて獣のように吠えた同輩に苦笑いを零す。
 焦っているのが自分だけではないということを遠回しに伝えられて、ライバルに気遣われたようだった。