大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 椅子に座らされた状態で後ろ手を組み、縄で縛り上げられていた。決め手に口にガムテープを貼られている。そんな私の正面には仁王立ちの加古ちゃんが居る。

「んー! んっ、んー!」
「さあ、覚悟しなさいよ葵」
 
 言葉ににっこりと笑顔を添えた加古ちゃんを見ながら少し冷静になって前を振り返ってみる。
 ネイバー襲撃から1日が過ぎた。
 本部上層部は惑星国家の軌道からも襲撃が一度ではないことを推測し、対策本部が連日会議を重ねている。一方の私たち一般隊員には前回の襲撃での功績が讃えられ、僅かながらの休暇を与えられたのだ。
 そして私は、隊室で不貞腐れながらごろごろとソファに寝転がっていた。
 
「ランク戦ないとかないわー、来た意味ないし」
 
 ネイバー襲撃で格納庫が狙われた。
 結局格納庫は無事に防ぐことが出来たものの、システムに一部支障を来たしたようで、ランク戦で使う会場の転送システムを修理修復することになったのだ。
 それによってB級ランク戦は1週間延期。
 楽しみにしていた玉狛第二の戦いを見ることが出来るようになるのは早くても1週間経ってからということだ。
 それが参加するチームにとって良いのか悪いのかは分からないものの、非番というのに本部へわざわざ足を運んだ私への嫌がらせだと思ってる。
 
「(蒼也は連日の会議に呼ばれて予定全然合わないし、きくっちーとうってぃーは私を置いて訓練ブースへ行ってしまった)」
 
 帰ろうか。いや、けどなんか眠いしひと眠りしようか。
 置いてあったブランケットを手繰り寄せてうとうとと眠りかけていた所、急に扉が開く音がしたのだ。チームメイトの誰かだろうと思って動くことがなかった私の上からがさがさと音がして、可笑しいと思った矢先、何者かに袋を被せられて連行されたのだった。
 正直、訳が分からない。
 その正体が加古ちゃんをはじめとした女子戦闘員だったり、オペッ子たちであればそんなことをしなくても足を運んだというのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
 しかし、次の一言でこの場に“連行”された意味をどことなく察することが出来たのだ。
 
「葵、単刀直入に聞くわ。あなたの好きな人ってだれ?」
 
 加古ちゃんを中心として、みかみー、木虎ちゃん、双葉ちゃん、綾辻ちゃん、国近ちゃん、こなみ、仁礼ちゃん、香取ちゃん、小佐野ちゃん、那須ちゃん、氷見ちゃんなどなど。
 正直、氷見ちゃんとか、双葉ちゃんとか来ていることにも驚きでしかないんだけど、この面々に囲まれて私は口ごもるしかなかった。なんて言うか、
 
「え、拷問!?」
 
 なにこれ。拷問の一種!?
 なんでこんな大勢の前で自分の好きな人暴露するの。そんなこと出来る人ってよっぽど自分に自信ある人くらいでしょ。
 がたがた椅子を揺らしてみるけど縄が緩む様子がない。誰か、助けて!
 
「あなたが昨日すぐに帰ったら知らないと思うけどね、本部は今大パニックよ」
「ネイバー襲撃で?」
「違います! 葵さんに好きな人がいるとか聞いてないです!」
 
 みかみーの言葉に周囲は頷いた。そして飛び交う名前に瞬目してしまう。
 
「葵さんの好きな人って風間さんですよね?!」
「二宮さんだと思います」
「いやいや、そこは我らが隊長の太刀川さんでしょー」
「もしかして烏丸先輩ですか!?」
「私は諏訪さんだと思うけどなー」
「けど、影浦さんとも仲がいいんですよね?」
「荒船くんと葵さんはお似合いだと思います」
「それを言うなら出水くんだって」
 
 怒涛のマシンガントークだ。なにこれ、このまま放っておいたら本部に居る全員の名前が上がるんじゃないのか。
 次々と上がる名前は仲の良い面々だけど、なんでこんなに候補が居るんだ。
 最初は順番に上がっていた名前が時間を追う毎にヒートアップしていき、次に飛び交うのは私に似合う相手という話になった。
 ガムテープを外されたにも関わらず、まだ一言しか発してないんだけど。
 
「「「「で、誰ですか?」」」」
「うわ、急に振られた」
 
 なに。まじで怖い。
 女子の迫力にただただ圧倒されるわー。同じ女子だと思えない迫力にただただ戦くしか出来ない。これであれば女子を相手にするよりもネイバーを相手するほうが楽だ。
 
「と言うか、私は本部が大パニックのほうが気になるんだけど」
 
 女性隊員って数少ないからそれでかなー。まあ、今までそういう話がなかったのを考えると驚かれるのも分からなくはない。
 聞かれるのが面倒だったのでこっそり本部に来たのに、捕まってしまったのはみかみーにバレたからだろう。恨みがましくみかみーを見つめれば逆に真っ直ぐな瞳で見つめられた。みかみーは年下と思えない迫力があるな。
 
「(けど、もうすぐかな)」
 
 目の前の女子勢には気付かれないように後ろ手に組んでいた手の縄をこっそり解いていたのだ。縄解きがブームだった時にいろいろと覚えておいてよかった。
 私のボタン操作に間違いがなければ既に連絡は送れているはずだ。それに対しての返信も届いていると振動が伝えてきたので後は待つばかり。
 
「(二宮、今度会った時にまじで殴りたい……!)」
 
 事の発端であるあいつが言わなければ私が縄で縛られることもなかったはずなので、次に会った時は全力で殴る。けど、怒ると怖いから二宮がトリオン体を狙おうと思う。
 
「さあ、葵。そろそろだんまりは終わりよ。いい加減に吐きなさい!」
「いたた、いたいよ加古ちゃん!」
 
 両頬をぎゅーっと引き伸ばされると地味に痛い。
 痛すぎて涙目になっていれば、部屋の扉が開いた。驚く女子勢に対して内心ほくそ笑むのは私だ。
 
「な!?」
「なにやってんだよ、ファントムばばあ」
 
 扉から顔を出したのは影浦と荒船だ。
 私が連絡を送ったのは影浦だったけど、荒船も一緒に居たのだろう。
 狭い部屋に居る人口密度に驚いたのか、全員が女子だから驚いたのか、それとも私が椅子に括り付けられていることに驚いたのか、二人は切れ長の目を見開いていた。

「あ、カゲくん助けて!」
「ちっ、いちいち呼び出すなっつーの」
「えー、いいじゃん。ほらほら」
 
 椅子をがたがた揺らせば、もう一度ため息を吐き出した影浦がスコーピオンで足を縛っている縄を斬ってくれる。縄だけを斬る器用さに若干驚きつつも縄から解放された私はすぐさま立ち上がって二人の元に小走りで駆けて行った。
 ……と言っても足の捻挫が完全に完治していないこともあってひょこひょこ歩きだ。
 
「二人ともサンキュー! じゃあ加古ちゃんまたね」
「あ、葵! 次は覚悟しなさいよー!」
「ぶはっ、悪役の負け台詞みたい」
 
 部屋を出て二人の隣を歩く。影浦と荒船は女子勢の怖さを話していたので、荒船の背中を思いっきり叩いてみる。
 
「荒船! おぶって」
「はあ?」
「だって足痛いんだもーん。嫌ならカゲくんでもいいや」
 
 隣に居る影浦に声を掛ければ舌打ちをしながらしゃがみ込んだので驚く。
 半分本気、半分冗談のつもりだったので、まさかしゃがみ込んでくれるとは思っていなかったのが本音だ。しかし、こんなことをしてくれる影浦も珍しいので喜んでおぶってもらうことにする。
 
「うわ、カゲくん背ぇ高いね。何センチ?」
「……177」
「なんでそんな口数少ないのー? あ、ぎゅってしてるから私の胸の感触が伝わってるんでしょー」
「るせーな。降ろすぞコラァ」
「きゃー、怖い!」
 
 ずんずんと進んでいく影浦を弄りつつ、彼のおんぶは蒼也とは違う感覚を覚える。
 きっと行く先は自信の隊室なのだろう。影浦隊にあるこたつに入ってみかんでも食べようかと考える私には、すぐ斜め後ろを歩く荒船の表情が分からないでいた。