大砲娘と世界征服論 | ナノ



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「葵! 捜したのよ」
「ごめんごめんー」
 
 何事もなかったような顔で現場へ戻れば、真っ先に私を視認した加古ちゃんが駆け寄ってくる。身体の至る所をぺたぺた触られて無事を確認されるけど、私はそんなヘマをするわけないじゃんと笑って誤魔化した。
 ええ、正直かなり足首が痛いです。
 まさかトリオン体を解除した後に石ころに躓いて足を捻ったなんて口が裂けても言える訳がない。それこそ、さっきまでは空気で若干寂しい思いをした訳だし、これ以上惨めな思いをする訳にはいかないのだ。脳裏にはげらげらと私を笑った迅の顔が過る。
 
「(くそう、一発殴りたかった……!)」
「5人とも、よくエース機を押さえてくれた。助かったぞ」
「ありがとうございます」
 
 嵐山の言葉にエース機を撃退したメンバーが沸き立つ。その後ろでは米屋と犬飼が面白い遊びをしていた。普段なら私もその輪に入りたかったけど、足が痛いのでそれどころではない。
 近くに日佐人と辻くんが居たので肩を叩いておいた。
 
「二人もエース機倒したんだ? えらいえらい」
「っ!」
「葵さんのほうがすごいじゃないですか!?」
 
 頭を撫ぜて褒めれば辻くんは顔を真っ赤にして後ずさりを始めた。純粋に褒めてくれる日佐人を更に撫ぜた後、わきわきと両手を広げて辻くんに近づけば、更に後退される。面白い。
 辻くんで遊んでいれば、首根っこを誰かに引っ張られる。顔を上げれば相変わらず無表情を携えている二宮と視線が絡む。
 
「うちの隊員にちょっかいを出さないでくれないか」
「え、私も今はあんたの隊員だけど? というか、褒めてくれなのー?」
 
 にやにや。私はきっとそんな笑顔を浮かべているに違いない。自分よりも背が高い二宮を見上げていれば、露骨にため息を吐き出された。
 きっと五月蠅いと一喝されるだけなのだろう。予想できた二宮の行動に内心ほくそ笑んでいれば、何を思ったのか、二宮は大きな掌を私に近づけてきた。
 反射的に目を瞑れば、私を襲ったのは突然の浮遊感だ。すぐに目を開けて周囲を確認すれば、二宮に担がれていることに気付いた。
 先ほど伸ばされた掌が、私の肩と腰部を支えているという事実に遅れて気付くことになった。

「「「!!?」」」 
「うえっ!?」
 
 状況がつかめず混乱するのは私以外もだ。目の前にいた辻くんをはじめとし、全員の視線が私たちに注目していた。諏訪は咥えていたタバコをぽろりと地面に落とし、犬飼は受け止めるはずだった米屋を受けとめきれず二人で転び、木虎と双葉ちゃんは顔を赤くして口を手で押さえていた。ただ、加古ちゃんだけはこの異様な光景を楽しんでいるようで、にやにやと笑みを浮かべて私と二宮を見比べていたのだ。
 
「ふうん、へえ」
「なにが“ふうん”なの加古ちゃん。……というか、二宮も降ろして! 足なんて挫いてないから」
「俺は一度も足を挫いているとは言っていないが」
「げっ」
 
 まじか。自分で墓穴を掘ってしまった。
 しかし、ここで妥協してしまえば私は本部中の笑いものにされてしまう。二宮に担がれる、それもひ、ひひひめ抱きとか一生笑いの種にされるわ。
 いまだに唖然と私たちを見ている諏訪と目が合ったので、全力で腕を伸ばした。
 
「諏訪! 運ばれるなら諏訪のがいいわ。私を担ぐんだ諏訪!」
「なぜに命令形」
「と言うか、なんで葵はそんなに二宮くんが嫌なの?」
 
 加古ちゃんの最もな言葉にじたばたしていた手の動きを止めてしまった。
 二宮が嫌いな訳ではない。まあ、こうして恥ずかしい担がれ方をしている時点で私の黒歴史確定な訳だけど、ただ、二宮はダメだ。恥ずかしさが桁違いだ。死ねる。この世からベイルアウトしたい。
 私が二宮を敬遠している理由はいろいろとあるけど、なんと言うか、これは親しいと思っている加古ちゃんにも言ったことがないので当然のことながらこんなにも人が多い所で言える訳もない。
 どう言うのがこの場を一番害なく回避出来るものか。困惑と焦燥感で上手く回らない頭が終わりのない答えを模索していた時、頭上から大きなため息が聞こえてきた。
 ため息を吐き出した後、くるりと踵を返した二宮は無言でその場を立ち去ろうとする。加古ちゃんを相手にするのが厄介だと考えたのだろうか。
 しかし、それで諦めるような加古ちゃんではなかった。
 
「なら、なんで二宮くんはそんなに葵に嫌われているの?」
 
 標的を私から二宮に変えた加古ちゃんの質問が二宮の背中にぶつかった。
 てっきりそれすらもスルーするのだと思っていた私は、二宮が立ち止まったことに目を白黒させた。
 見上げる私を一瞬だけ捉えた二宮は静止することなく振り向いた。そして、一番告げてほしくない内容を言ってのけたのだ。
 
「俺は……こいつの好きな相手を知っているからな。それで嫌われている」
 
 その場が異様に静まったことに満足したのか、二宮は再び歩みを始めた。
 一方の私は、既に抵抗を忘れ、ただただ告げられてほしくなかった言葉を頭の中で反芻させるだけで、何も言葉にすることは出来なかった。