大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 今日も狙撃手の訓練があった。今日は捕捉と掩蔽訓練というもので、早い話が他の狙撃手たちを見つけて狙撃するという対人訓練だ。
 上手く物陰に隠れて、相手を見つけて、撃って、逃げる。狙撃し、狙撃され繰り返しでポイントが振り分けられて結果として順位が出る。
 この訓練では狙撃音や光もなくレーダー情報もゼロ。狙撃されてもトリオン体が破壊される訳ではなくて、スタンプみたいに身体の至る所にマーク付けされるだけだ。
 訓練があると分かっていれば荒船たちの口車に乗せられることがなかったのに、まんまとハメられてしまった。年下のくせに私を敬う気持ちってのが一つもないね。フィールドの一番端の端まで移動した後、高台を陣取って寝転びながら荒船を狙う。
 
「ヒット」
 
 どこから狙撃されたのか、距離が相手に伝わる仕組みだ。私のいる方向を恨みがましく睨む荒船の様子を見れば私が狙撃したことが分かっているらしい。まあ、距離を考えれば妥当と言えばだとうか。
 今回の訓練には当真も居て、今頃捜されている所だから私はその場に寝そべって青空を見るに時間を潰した。
 
「(うーん、今頃どんな話し合いになってるのかなあ)」
 
 脳裏に過るのは蒼也たちだ。この訓練に東さんが参加していないことからも、彼も会議に参加しているのだろう。
 普段は私も連れて行ってくれるのに、なんで今回は参加させてくれないのだろうか。不服過ぎる。
 そうこうしている間にも本日の訓練が終わって元居たブースへと転送される。私のポイントは5点。命中させたのが1人で狙撃されたのは0人だ。
 
「葵さん探したんスよー」
「当真重い」
 
 のしかかるようにして体重を掛けてくる当真に私は倒れそうになる。慌てて巨体を押し返しながら彼を見れば相変わらず食えない笑みを浮かべていた。千佳ちゃんたちのマークを見れば、致命傷の部位を狙っているのはどれも当真か奈良坂であった。流石狙撃手上位組だとしみじみ感動していれば、真っ直ぐに此方へ向かってくる荒船と視線が交わる。その般若顔負けの形相を見ると両手を上げてしまう私は悪くないと思う。
 
「葵さん!」
「取りあえず弁解させてよ。言っておくけど悪くないからね! 無理矢理訓練に連れてきた荒船のせいで寝不足! 寝不足は美容の大敵なんだよ」
「弁解って言ってる時点で自分が悪いと思ってるんじゃねえのかよ」
 
 流石に荒船だけ狙ったのがバレるか。隣にいる当真ですらもうちょっと狙ってるもんなー。まあ、知り合いしか狙ってないみたいだけど。
 大げさにため息を吐き出した荒船は乱雑に私の頭を撫ぜた後に穂刈たちの所へ向かっていった。18歳組は私を年下かなにかと勘違いしていませんか。
 
「うわ、葵さんは5点とかやる気なさすぎじゃないですか」
「出穂ちゃんってド直球なのね」
 
 遠慮のない様子は彼女の良い所なのだろう。だから当真にも可愛がられている訳だし。
 私のスコアを見るなり引いた様子の彼女の脳裏には以前の光景が映し出されているのだろう。ハエも狙撃出来るのだと分かってたら、さっきの発言にも頷ける。
 少しからかうつもりで彼女の前にピースサインを突き立てた。
 
「2?」
「違う違う。200回。この数字は私が本気で出穂ちゃんを狙ったら撃てた回数だからね」
 
 狙撃手志望であるのならもう少し隠れながら射線の通る所を探す術を見つけたほうがいいだろう。私のサイドエフェクトは飽く迄も視力が良いだけだ。透視能力がないのに此処まで狙えれるのが少し問題だと言えただろう。
 少し得意げに言えば出穂ちゃんだけでなく、千佳ちゃんから尊敬した眼差しを受けてしまう。いやあ、中学生は素直だね。18歳組とえらい違いだよほんと!
 
「葵さあああん! 佐鳥2位ですよ。見ましたか」
「うん、見た見た。佐鳥すごいねー」
 
 駆けだしてきた佐鳥に向かって両手を広げれば飛び込んできた。佐鳥ほんと可愛いよ佐鳥。頭をぐりぐり撫ぜて抱き締める力を込めれば顔を真っ赤にするのが可愛らしい。
 
「葵さん、俺は褒めてくれないんスか」
「下心がある子は受け付けません。半崎か絵馬だったらハグしちゃうぞ」
 
 両手をわきわきしながら二人に近づけば一歩後ろに後退された。なぜだ。
 絵馬は顔を赤くしたまま隣に居る千佳ちゃんを気にしているので、女の勘とやらで絵馬の心情を言い当てられるかもしれない。
 
「いやー、青春だね、青春」
 
 絵馬にもついに春が来たのかー。いやあ、若いっていいね。
 感慨に耽っていれば古寺が控え目に声をかけてきた。

「あのお、そろそろ佐鳥を離さないと」
「あ、ごめんね佐鳥」
「佐鳥、このまま葵さんの腕に抱かれて死んでも本望です」
「え、本当に大丈夫? なんかごめんね」
 
 抱き締めている佐鳥をそのまま窒息死させる所だった。慌てて離してみたものの、佐鳥の顔は青いというよりは赤かった。鼻血まで垂れてきたので焦った。荒船あたりに助けを求めようとしたのになぜか佐鳥はそのまま18歳組にボコられていた。なんか本当にごめん。
 本日の訓練は終わりで、各自がばらばらに帰っていく。
 
「葵さん、あの……このあとごはんでも!」
「あー、ごめんね。これから絵馬と影浦隊行くんだよねえ」
「えっ」
「あれ、聞いてなかった?」
 
 まあ、言ってもないんだけど。
 今決めたことだと告げれば絵馬は露骨に不機嫌になった。可愛い。
 狙撃手の子たちは茶化し甲斐のある子が多くて楽しい。
 本当はそこに居るだろう影浦に用事があるのだけど、最後まで言わずとも荒船たちは察したらしい。
 
「……、風間さんが居ない時は影浦隊に居ること多いよな」
「うーん、そうなるのかな?」
 
 あまり考えたことなかったけど、言われてみるとそうなのかも?
 私の返答に荒船は神妙な面持ちをしたけれどそれは一瞬だった。一瞬で普段通りの荒船に戻って穂刈と半崎、当真を連れて出ていこうとする。
 
「あ、そうだ。葵さん」
「んあ?」
「影浦のこと襲わないでくださいね」
 
 振り返った彼はニヒルに笑って冗談とも本気とも取れる言葉を残して去っていた。
 ……普通は逆じゃないの?