大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 B級ランク戦ラウンド4。
 防衛任務も特になく、頼まれた解説役を快諾した。今回は二宮隊と東隊、影浦隊と玉狛第二といった四つ巴の試合となっていた。
 もう一人の解説者は加古で、挨拶もそこそこに試合解説が始まる予定であった。
 そう、一つのことを失念していなければ。
 
「蒼也!」
 
 突然扉が開いたと思えば大股でこちらに向かって歩いてきたのは葵だ。普段はにこにこと笑顔で誰にでも接する葵のしかめっ面に周囲はざわついた。
 咄嗟に思ったことは厄介な奴が来たということだった。玉狛第二の試合は興味があるのか毎回見てきていることを今になって思い出すのだが、もう遅い。俺の隣に座っている加古は口元に笑みを浮かべていた。
 
「なんでっ、解説役って言ってくれなかったのよ! しかももう一人は加古ちゃんだし」
「なに、葵? 私と風間さんが一緒なのが嫌なの?」
「おい、加古。煽らないでくれ」
 
 加古の言葉にますます葵の眉はつり上がった。困ったように苦笑いを零す綾辻には悪いが、腐れ縁をどうにかしないと落ち着いて解説が出来ないことは目に見えていた。
 恐らく、加古の言う通り、俺が誰かと一緒だったのが嫌なのだろう。それを考えるとなんて我儘な言い分なのかと呆れてしまうが、それが苦でないように接してきた自分にも非があるのだろう。
 昔からなにかとあいつの我儘を叶えてきたこともあってか、いつしか葵の中で俺の隣が自分だと考えているのだろう。
 あいつこそ、俺のことを想っていないくせに……厄介なやつだ。
 
「風間さん。1日遅れのバレンタインあげる。綾辻ちゃんにも」
「わっ、やった」
「……」
「勿論、葵にもあるわよ?」
 
 渡されたチョコレートを素直に受け取れば、葵は露骨に顔をしかめた。なんて分かりやすいのだろうと内心苦笑いを零していれば、加古は綾辻にも葵にもチョコレートを渡すのだ。
 無言でそれを受け取った葵は小さな声で感謝の意と唱える。一番の友人だと豪語しているだけあって、友人の好意を無下には出来ないのだろう。しかし、それで葵の怒りが静まった訳ではない。チョコレートを片手に俺と加古を見比べている。
 
「はあ、綾辻。もう一つヘッドホンはあるか? 解説者を増やす」
「え、私も解説出来るの?」
「ほら、座れ」
 
 綾辻と自分の隣を指差せば、なぜか葵は俺と加古の間に座り込んできた。それに対して加古は露骨に嬉しそうな顔をして、それはそれで釈然としない気持ちが胸中に渦巻く。
 
「(こいつに振り回されるのはいつものことだ)」
 
 平然を装えば加古は露骨に面白くなさそうな顔をする。
 葵の友人である手前表立って言うことはないが、どうやら加古は俺と葵の仲を邪魔したいらしい。それによって俺たち二人を揶揄しようとしているのだろうが既に慣れたなりとりだ。
 先ほどとは一転し機嫌が良くなった葵は、すり寄るように俺の隣でにこにこと笑みを浮かべている。喧騒が落ち着いた所で、本来の解説に回った。
 
「開始ぎりぎりになってしまい申し訳ありません。今からB級ランク戦ラウンド4が開始となります。実況を務めます嵐山隊の綾辻です。解説席には風間隊の風間隊長と神崎隊員、加古隊の加古隊長にお越し頂きました!」
「「どうぞよろしく」」
「転送まで残り僅か。マップは“市街地C”が選択されています」
 
 市街地Cは市街地Bと比較して建物が密集していることが特徴の一つだ。それによって射線が非常に通りにくい仕組みで、狙撃手にはあまり好まれていないマップの一つだと言えた。
 しかし、今回のマップ選択権は東隊にあって、隊長の東さんが狙撃手なのを考えると様々な憶測が立つ。
 
「地形戦と言えば、前回の那須隊が天候設定を使って部隊を分断させるという大技も見せてきましたが、今回はどうでしょうか?」
「あれは楽しかったけど、東さんはそういう博打はしないわね」
「だろうな」
 
 此処は定説を踏まえて、射線を建物で凌ぎつつ攻撃手たちで切り込む作戦だと読めるだろう。二宮隊の二宮や、影浦隊の絵馬の行動を制限出来ることは東隊にとって効率が良い。
 俺たちの予測を聞いて、葵はほくそ笑んでいた。
 
「私は逆だな。今回も天候設定弄ってると思う」
「と言うのは?」
「昨日東隊に行って、話し合いに参加しました。あ、どうなったかまでは聞いてないよ?」
「……お前はなにをしているんだ」
 
 応援していると口外しているのは玉狛第二だったはずだ。東さんの部隊に口添えをしたという腐れ縁の奇行にただただ唖然とするしかないが、俺の知らない間に色々と行動していたことにも驚く。
 俺らの掛け合いを聞いて、瞬いた綾辻が葵に声をかけた。
 
「因みに葵さんは、此処までのB級戦の結果を的確に言い当てていると聞きましたが、今回、勝利の女神はどの隊に微笑むと予想されますか?」
「そんな買い被ってもなにも出ないよー。けどまあ、かなりの僅差になると思うけど、トップとしての品格を守る意味でも二宮隊かな。単純な火力を見てもそう思うし、影浦隊は市街地Cでどれだけ絵馬を動かせるかが鍵になりそう。東隊の“奇策”が成功すればいいけど」
 
 普段は仲の良い影浦隊や、応援していると言う玉狛第二を抑えての二宮隊の勝利宣言。普段はおちゃらけている葵であるが、観察眼であれば隊長格同等かそれ以上の実力を有する。戦闘においては真面目であり、贔屓目なしで推測することを考えれば、二宮隊のリードを確信しているのだろう。
 葵の言った東隊の“奇策”が気になるものの、そうこうしている間にも格隊はマップに転送された。マップは市街地C、天候は――雪だ。