大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 初めまして。神崎葵です。
 突然ですが、腐れ縁の蒼也に叩き起こされたのが今から数十分前。私は欠伸を隠すことなく地を蹴っています。なう。
 話せば長くなるけど、ボーダー遠征部隊の一員として参加していた私たちが帰還したのは今から数時間前であった。司令官である城戸さんたち上層部に今回の報告を終え、一時休息と称されて各々の自宅へ帰宅したのが帰還後すぐだ。
 本来であれば久しぶりのベッドで十分な睡眠を取るはずであったのに、馴染んだ風間隊の隊服を身に纏っている今がある。それは城戸さんからの次なる指令が原因であったが、私の機嫌は最下降にあると言っても過言ではなかった。
 
「風間、眠いよ」
「諦めろ」
 
 城戸さんからの指令を要約すれば、玉狛にある黒トリガーの奪取というものであった。
 なんでも、ネイバーが迅をきっかけに玉狛支部の隊員としてボーダーへ入隊するらしいのだ。そのネイバーが黒トリガーを持っており、組織内のパワーバランスに影響が出ることを危惧し、監視下に置くことも視野に入れて奪取を企てているのだとか。強行突破を考える辺り、正に城戸さんらしい考えと言えるだろう。
 私の所属する風間隊は城戸擁する部隊と言えたので、遠征から帰ってくるなり任務を言い渡されているのであった。
 黒トリガーの奪取に向かうのは風間隊だけでなく、太刀川隊に冬島隊、三輪隊の総動員である。しかし、冬島隊の隊長である冬島さんは“船酔い”の為ダウンし今回の任務に参加しなかったことを考えると、冬島さんには申し訳ないけど、羨ましいと思えて仕方なかった。……そんなことを言えば、腐れ縁の蒼也が目くじらを立てるのが目に見えていることもあって言うに言えないけど。
 
「あ、メール来てる」
 
 目的地まであと少しと言う所で、私はポケットに忍ばせていたケータイを取り出した。トリオン体でケータイ持ってるとか私だけなんだろうなあ。隣に居る蒼也が任務中なのにと目くじらを立てていたけれど、何か言われる前に素早く操作する。何着か未読メッセージがあることに気付いていたが、放置していたそれが今になって気になるのだ。
 歩調を緩めた私の行動を目敏く見つけた蒼也も同様に歩調を緩めた。
 
「あれ、木崎からじゃん。めずらしー」
 
 文面には私を食事に誘うものであった。しかも、待ち合わせ時刻は夜からであり、正に今からの時間と言えただろう。珍しい誘いに行きたい気持ちが大半を占めるものの、蒼也の様子を見る限りこの文面は私にしか届いていない様子であった。
 迅からの着信履歴も残されており、帰還すること迅から聞いたのだろうか。珍しいこともあるものだと思えてならない。
 
「(けどなんで私だけなんだろう。普段は蒼也や諏訪も誘うはずなのに)」
 
 何か諸事情でもあったのだろうか。疑問を抱きながらも、手早く行けない旨を伝え、ケータイを仕舞うことになった。
 眼前には既に待機していたのだろう太刀川隊と三輪隊、冬島隊から当真が居るのが確認出来る。
 
「お、やっと来た!」
 
 声を上げたのは今回の任務で指揮を取ることになった太刀川だ。

「葵さんが遅かったんだよ。二度寝とかフツーにしちゃうし」
「出来ればそのまま寝かせて欲しかったけど」
 
 菊池原の言葉にへらりと笑みを浮かべてみせれば、出水に当真が同じように笑い返したのが見えた。視界の端に映る三輪の表情は硬く、これからの任務のことを考えているのが分かる。一人で背負わなくてもいいのにと思ってしまうけど、きっと今、三輪に言ったとしても私の真意まで伝わることはないのだろう。
 
[目標地点まで残り1000]
 
 全員が集合したことで、三輪を筆頭に目標である玉狛支部まで駆け出すことになった。目標まで残り500と言う所で太刀川の待ったがかかり、一同はその場で急停止することになる。
 私たちの行く手を遮るようにして立つのは迅だ。
 
「お、迅! 久しぶり―。私たちが居なくて毎日寂しかったでしょ?」
「さっすが葵さん良く分かってる! 毎日枕濡らしましたから」
「……お前ら、ちょっとは緊迫感を持ってくれ」
 
 久しぶりにあった迅の姿に反射的に声を上げると、へらへらと笑った迅はいつもの調子で返事を返してくる。それを遮ったのは脱力しきった蒼也だ。
 
「話を戻すけど……なるほどな、そう来たのか」
「太刀川さん久しぶり。みなさんお揃いでどちらまで?」
 
 迅のわざとらしい言葉を皮切りに太刀川と蒼也を中心とした言葉の応酬が始まった。任務として城戸からの指令を遂行しようとする太刀川たちに対し、迅は譲れない理由を語った。その様子を静観していれば、このまま意見が相違したままであれば最悪のケースを考えるべきなのだろう。
 人数で言えば多勢に無勢。圧倒的に迅が不利な状況と言えるけど、迅が此処にいることを考えればサイドエフェクトでこの状況を視たと考えるのが妥当だ。……となれば、迅は此処で私たちを撤退させるため為の策を講じているはずであるのだ。
 
「! なるほどね」
 
 帰還からタイミングが良すぎる同僚からのお誘いに、迅からの着信履歴。
 迅は予めこうなることを予測して私に“連絡”をしてきたと考えれば、迅の思惑の尻尾を掴んだとみて間違いないだろう。
 蒼也の声を遮るように嵐山隊が現着し、迅側として加勢することが明るみになれば、私の行動は自然と限られてくるだろう。
 
「おれだって別に本部と喧嘩をしたい訳じゃない。退いてくれると嬉しいんだけどな、太刀川さん」
「こうなることを読んでいたのはサイドエフェクトか。ここまで本気のお前は久々に見るな。……面白い、お前の余地を覆したくなった」
 
 弧月を抜刀した太刀川の行動が戦闘開始の合図だ。それぞれが間合いを取り、神経を研ぎ澄ませてお互いの一手を読もうとする。
 そんな中、私は武器を持たずに迅たちに向けて一歩を踏み出した。

「おい、葵!」
「“今回は”迅の方に加勢することに決めた」
「「「!」」」
 
 迅の隣に並び、振り返って笑う私に何人かが絶句する中、迅だけは朗らかに笑ってみせたのだ。
 
「葵さんなら加勢してくれると思ってたよ」
「この貸しは後で返してもらうから」