大砲娘と世界征服論 | ナノ



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 玉狛支部の談話室でソファに座ることなくカーペットの上で正座する私。そんな私の向かいで角を生やした男の人が私と同じように正座していた。
 
「えっと、」
「すまない」
「いや、いいんだよ。ただ、えーっと、どちらさま?」
 
 今日はみんな出払っていて私一人だ。
 談話室のソファで迅と寝ている所を木崎に見つかって拳骨を貰った後、彼は課題を出すために大学へ足を運んだ。迅は本部へ行く用事があるとかで午後には戻ると言って不在。三雲くんたちは本部でランク戦に向けての情報収集らしい。
 特にすることがなくてごろごろしていたけど、取り合えずシャワーを浴びようかと浴室へ向かったのだ。それが今から数十分前。
 まさか見知らぬ人と浴室で鉢合わせることになるとは考えてもいなかったので、冷静になる意味を兼ねて正座をしてみた所である。
 
「(まじで誰か解説してくれ)」
 
 向かいに座る彼はかなりタイミングが悪かったことを後悔しているみたいであった。まあ、私もまさか風呂上りの姿を見られるとは思ってなかったけど、それよりこの人だれ? の方が勝っているのだ。
 角、あるからネイバーで当たってるよね? 大規模侵攻で捕虜を一人捕まえたって聞いてたけど、それがこの人? 私居なかったらだれも見張りとかない感じだけど、脱走とかそういう心配はいらない訳?
 頭に疑問符が浮かぶ私の前に救世主が現れる。談話室の扉を潜ったのは迅だ。額に汗がにじんでいる彼は、眼前に広がる私と彼の様子を見るなり遅かったかと一言零すのだ。
 
「既に遅かったかー。俺も鉢合わせたかったよ、葵さんの生着替え」
「いや、そんなのどうでもいいから紹介してくんない?」
「どうでもいいとか葵さん男前すぎる!」
 
 痺れを切らして迅を睨めば、大袈裟に肩をすくませた後、ゆっくり息を吸って吐いた。そして彼には私がボーダー本部に所属する戦闘員であり、私には彼がアフトクラトルからの捕虜であるヒュースであると言うことを知った。
 やはり彼は捕虜であったのか。私が此処へ来た時には林藤さんが居なかったのも頷けるだろう。
 一人で納得したように首を振っていれば、向かいに座る彼が改めて座り直したのが感じられた。
 
「初対面の、それも女性の裸を見てしまうことになるなんて。本当に申し訳ない」
「何度も言ってくれてるしいいよ。減るもんじゃないし気にしてないし。それよりヒュースだけ?」
「ああ」
「一回でいいからさ、角、触らせてくれない?」
 
 浴室で鉢合わせした時の彼は頬に赤みが差してそれなりに可愛らしい反応をみせてくれたが、元々表情の起伏が少ないのだろう。まるで蒼也を相手しているみたいだと思いつつも一度湧き上がってきた欲求を押さえつけることも出来ずに、私は無理を承知で彼に頼み込んだ。
 私の申し出を聞き、彼は露骨に嫌そうな顔つきをした。しかしそれは一瞬で、無言で顔を傾けるのだ。着替えを見たことによる罪悪感なのかもしれないけれど、一度触ってみたかった私からしてみれば好都合だ。
 髪に触れて、角にも触れる。指先に伝わるごつごつとした感覚は私が元々思い描いていた通りの感触がする。
 
「うわー、まじで角だ。というか髪の毛さらさら。綺麗な髪してるねー」
「……」
「いつまで撫ぜ続けてるの羨ましい!」
「迅うるさい。……けど角っていろんな形があるんだねー。あいつはこんな感じじゃなかったはず」
 
 思わず零してしまった言葉に彼が反応したので反射的に両手を離してしまった。
 何も言わずとも視線で分かってしまうのは、蒼也の相手をしているからだと思いたい。僅かに驚いてるのだろう彼に向かってほんの数日前の出来事を伝える。
 
「えーっと、なんだっけな。名前は忘れたけど面倒な黒トリガーと戦ったんだよね。まあ、結果的に言えば勝てた訳ではないけど」
 
 彼の瞳が咎めるような視線でなかったため、ついつい勝敗まで伝えてしまったけれど、伝えた後でも私をみる視線に変化は感じられない。黒トリガーでなにか感ずる所があったのかもしれないけれど、それ以上は彼のポーカーフェイスが邪魔で読み取ることが出来なかった。
 
「貴女は」
「ん?」
「っ、昨日の戦いをみせてもらった。戦い慣れているからこそ、あいつらの勝率が低いことが分かっているはずだ。それなのになぜ、労力を使ってまで教えようとしたんだ」
 
 その一言でアフトクラトルとうちでは根本的に教育方針が違うことが分かった。迅はヒュースの発言に苦笑いを零していたが口出しをする様子はない。
 
「どう言えば一番伝わるのか正直分からないけれど、君が思っている以上に様々な思惑があるんだよ」
 
 一番は迅に連れられてきたから。
 迅に連れられてきて三雲くんたちを見た時に、自分がこの子たちに力を貸すことが迅への感謝の気持ちだと思ったからだ。
 二番目に、三雲くんへ期待を感じたから。
 一目見た時に、三雲くんの才能の無さは感じていた。戦闘センスの無さ、トリオン量の少なさに加えてワンパターンな戦略知識。そして、それとは正反対に才能が溢れる空閑くんや千佳ちゃんが彼の下で動くことを勿体ないと感じてしまっていたのだ。――しかし、そんな才能ある二人の信頼を勝ち取っている三雲くんに純粋な興味を持った。それでこのまま潰れてしまうのも勿体ないと考えてしまったから、少しだけでも手を貸せればと考えたから。
 
「私も此処に来る時は落ち込んでいたから気晴らしにもなったし、教えてることは面倒だと思うけど嫌いではないしね」

 私自身、優しい人間ではなくて、今後のことを考えて損得勘定をした上での行動なのだ。
 そんな意味を兼ねて彼を見れば、合わさっていたはずの視線を綺麗に外される。
 
「オレには分からないな」
「そう? 此処にいれば君もきっと此処の良さに気付けると思うよ」
 
 ゆっくりと立ち上がった私を迅が横目で捉える。その視線が私の行動を探ろうとしているのが分かって、あてがわれた客室へ戻ることを伝えるのだ。
 ヒュースと一緒に居るのが嫌な訳ではなかったけれど、彼を見ていると腐れ縁の顔が浮かび上がってくるのが辛かった。