大砲娘と世界征服論 | ナノ



1/3

 
 
「迅から聞いたけど、キミたちは遠征に行くのが目標なんでしょう? それだったらランク戦で上位になって、A級に上がる必要があるからね。ランク戦がどんなものか分かるためにも手っ取り早く実践しよう」
 
 そう言うなり宇佐美先輩に仮想訓練室を借りた葵さん。レイジさんは彼女のリクエスト通りに晩御飯の調理に入り、宇佐美先輩、鳥丸先輩、迅さんは見学する気満々のようだ。
 ランク戦では僕と風間さんが戦ったような訓練室ではなく、実際に建物が建造されており限りなくリアリティーが追求された訓練室へ転送されることになる。葵さんが指定したと言う場所はどこにでもあるような普通の市街地であった。
 
「三人とも、聞こえるー? 葵さんに言われた本番通り、私が君たちのオペレーターとして入るから」
「僕たち3人に葵さん1人なんですよね?」
「なに、余裕とか言っちゃうの修くん。……まあ、流石の葵さんも3人対1じゃ分が悪いから、君たちには最低限のことしか言わないので取りあえず私は居ないものと思ってね」
 
 そして宇佐美先輩から葵さんが僕たちに伝えてほしい情報が幾つかあるということを聞いた。
 まず一つは、風間隊でありサイドエフェクトがあること。二つ目はバックワームを着ているということだ。
 その情報は既に知っている情報であり、且つ、バックワームを着ると言うのは狙撃手であれば常識中の常識だ。それでも、葵さんがわざわざ僕たちに伝えるということは何かしらの意味があるのだろう。
 宇佐美先輩からの通信が一旦途切れ、僕は転送された所から周囲を見渡した。マップを意図的に小さくしているようで、空閑も千佳も距離としては近い位置に転送されたようだ。
 
「オサム、どうする?」
「千佳はバックワームを着ているから建物の影に隠れていたら葵さんのサイドエフェクトでも分からないはずだ。ただ、屋上に上ったら認知されやすくなるから取りあえず現状は待機で。葵さんからも見えている僕と空閑のほうに攻撃が来るはずだから、彼女の姿が確認出来次第、千佳は射線の通る位置を探って背後からの攻撃。機動力のある空閑は千佳と真逆で開けた所で葵さんを探すフリをしてほしい」
「なるほど。オトリと言う訳だな」
「そう。僕は空閑と近い位置にいようと思う。もし葵さんが空閑と交戦することになったら前のような攻撃をされる前にアステロイドで妨害するよ」
「「了解」」
 
 葵さんがバックワームを着ているということや、狙撃手であることも合わせて前回とは違い奇襲攻撃を仕掛けてくることが考えられる。
 仮に僕の所へ姿を現したとして、僕が押し負けたとしても、千佳と空閑の攻撃力があれば葵さんに一撃を入れることも可能だろう。
 僕の指示通り、空閑が葵さんを探す様子が見られ、千佳は建物の影に隠れている。僕はと言えば空閑とそう離れていない距離でそれとなく目を凝らすのだ。
 狙撃手と言えば、射線の通る所に拠点を置き、攻撃することが主だ。しかし、葵さんは前回のような戦闘歴を持っている。どんな攻撃をしてくるのか、理詰めで攻めるのか妙案に乗っかるのか、それですら未知数だ。
 
「空閑、どうだ」
 
 彼女の姿が見えるか。
 そう紡ごうとした矢先、激しい爆発音が耳を突き抜けるのだ。刹那、目の前の建物が吹っ飛ぶのが感じられたのだ。
 激しい土煙の影響で一歩も動くことが出来ない時、何かが空を切る音が聞こえる。
 
[雨取、ベイルアウト]
[三雲、ベイルアウト]
 
 一瞬だ。呆気に取られて、気付けばトリオン体は解除されていた。
 
[空閑、ベイルアウト]
 
 僕と千佳のベイルアウトが告げられてから少しと経たない時、空閑のベイルアウトが告げられる。戦闘時間としては相手を見つけることすら出来なかった僕たちの完敗と言えるだろう。A級の実力を目の当たりにして、手も足も出なかったのだ。
 
「はい、ランク戦終了!」
「えー」
 
 トリオン体を解除した葵さんの登場に不平の声を上げたのは空閑だ。
 戦場に立つことすら出来なかった僕たちに突き付けられた“終了”の二文字に焦燥感が募る。
 もし、このままランク戦に挑めば? なにも出来ないまま終わってしまうのだろうか。そんな焦りが嫌な汗として背中を伝う。
 何か言わないと。薄く唇を開いたものの、口の中が乾いて上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。
 
「――あのっ」
 
 声を上げれず、動くことすら出来なかった僕よりも先に声を上げたのは意外にも千佳であった。顔を上げて真っ直ぐと葵さんを見る目には強い意思――、勝ちたいと言う欲が滲んでいる。
 
「もう一回、勝負してもらえないですか」
 
 その言葉を空閑以外、それも千佳から聞けるとは思わなかった。そしてその言葉が静観していた先輩たちからみても以外だったことが驚いた表情からも読み取ることが出来る。食事の準備が出来たと声を掛けにきたのだろうレイジさんの姿が扉の端から見えることが出来た。
 
「私、なにも出来なかった。気づいたらトリオン体が解除されていて、負けていて、……けど、これで終わりたくないんです。ランク戦で勝ちたいんですっ!」
 
 頭を下げた千佳につられて僕たちも頭を下げる。
 次にもう一度戦えば何か掴むことが出来るかもしれない。なにも出来なかったさっきより、もう少し前進出来るのではないだろうか。
 
「あー、」
 
 頭を下げ続けた僕たちを見て葵さんが狼狽えたのが頭上でのやり取りでなんとなく知ることが出来た。
 
「取りあえず顔上げていいよ。なんと言うか、負かす気満々であの条件を提示したから、あれで勝たれたら私はボーダーやめてたしね」
 
 へらりと口元に笑みを浮かべた彼女は言葉を続ける。
 
「比べてほしかったんだよね。ランク戦の醍醐味と言うか、戦法と言うか、そういうのを知ってほしくて敢えて負かした。負かして自信を折るためにした訳じゃないから安心して。……元々、もう一度する予定だったから」
 
 もう一度することを前提に敢えて負かした。その意味がよく分からないまま彼女を見れば、人差し指を掲げたのが分かる。
 
「ご飯が出来たみたいだからまずは食べよう。そして、明日、もう一回3対1をする。明日までにキミたちにはヒントをあげようと思う」
「ヒント?」
「そう。さっきは私がキミたち与えた情報は少なかった。次は情報量を増やして挑んでもらおうと思うの。だから、此処に居る先輩たちに一人1つ質問して、答えてもらう。その情報を集めて作戦を立てて、3対1をする」
 
 情報量を増やすことが勝率を上げることを体感するためなのだろう。
 しかし、それでもA級3位の実力を持つチームに所属する彼女を追い詰めることが出来るのだろうか。
 
「はいはーい。取りあえずごはんね。レイジさんが冷めるってすっごい顔してるから」
「あ、木崎のごはん!」

 思考を中断するように迅さんが突然手を叩き、葵さんが我先にと駆けだした。戦闘中と普段とのギャップを感じていれば、烏丸先輩が僕の肩に手を乗せたことに気付く。
 
「次、恐らく葵さんは本気を出してくるはずだ。どんな質問を俺らにするのか考えてから聞くように」
「あ、はい!」