1/2「うわ、神崎葵じゃん」 「まじか。本物見れるなんて最高すぎる。入隊の意味果たしたわ」 「……それはやばい」 フロアがより一層ざわつくきっかけを作り出したのは自分たちだ。そんな根拠のない確信が僕たちを襲う。 ――否、正しく訂正するのであれば、白い隊服が目立つC級隊員たちの視線を独占しているのは僕に微笑みかけている人物が原因であった。 A級隊員である神崎葵さん。嵐山隊に続き、なにかとメディア露出の多い人物が見れたこと、或いは、入隊式早々にお目にかかるA級隊員の存在にC級隊員がざわつくのにも頷けた。 葵さんが笑いながらしきりに僕に話しかける言葉が耳に入ってこない。息がつまりそうな時間。それがまさに今だと言えたのだ。 「(ち、近いっ!)」 普段からテレビを観ることは少なかった為、葵さんの存在を知ったきかっけはクラスメイトたちの噂話だったように思う。しかし、その人物が自分に笑いかけ、話している事実を僕は今一つ受け入れることが出来ていなかった。 歩く度に揺れる艶のある黒髪に陶磁のようなきめ細かく滑るように滑らかな白い肌。きょろりと動く瞳は鮮やかな色彩で見ていれば吸い込まれそうな程の錯覚に襲われるのだ。薄く色づいた唇が弧を浮かべるだけで修の心臓が激しいビートを刻む。 「聞いてる? 三雲くん」 「! っはああい! 聞いてます。聞いてます!」 「あはは、慌てすぎでしょ」 突然話が振られたことで驚き慄く僕の姿が面白かったのか、彼女は声を上げて笑った。その様子を見つめる周囲の視線が羨望混じりであることに気付き、優越感に浸る反面、羞恥心で溢れていた。普段からこんなに近い距離で異性と話す機会がなかったため尚更なのだ。 「しっかし、キミたちが迅の言う子たちだったのかあ。で、ネイバーが空閑くんだと」 「そうだぞ」 「おーおー、素直でよろしい! ネイバーって聞いてたからすっごい大男なイメージとか勝手に持ってたけど、こんなに可愛い子だったとは」 「いやー、それほどでも」 笑いながら手を伸ばした葵さんを受け入れるように、空閑は抵抗することなく頭を撫ぜられていた。その行為が更に周囲からの視線を浴びることに繋がっていたのだが、当人である二人は気づいていないのか表情をさして変えることはない。 「葵サンはA級としおりちゃんから聞いたけど、どの隊なんだ?」 僕に反して空閑の態度は普通と変わりなかった。それを少し羨ましく感じていれば、今度は空閑が葵さんに言葉を投げかけた。 彼女は一瞬驚いた表情を見せたものの、次には破顔する。白い歯が姿を見せるだけで再び息が詰まりそうな感覚を覚えてしまう。 「私? 私は風間隊だよー。一応A級3位なんだけど知ってるかな? 隊長がすっごい怖いんだよ。いっつも小姑みたいにガミガミ言ってくるし」 「風間サンか。さっき修と勝負した人だな」 「まじか!?」 僕を見上げながら告げた空閑の一言に葵さんが驚いたように声を上げた。すっとんきょうな声を上げた葵さんは驚きの表情のまま、僕に詰め寄るのだ。再び近くなった距離に僕はただただ成す術を失ったまま固まるしかない。 「それっていつ? いつ?!」 「えっと、さっきです。千佳を迎えに行く前」 「そんな面白いもの見逃したのか、私は。蒼也も一言言ってくれたら良かったのにー」 懐からケータイを取り出して操作をする葵さんの横顔は不貞腐れたと表現するに的確な表情であった。頬を膨らます姿は年上には見えないものの、彼女の様子を見ていれば、隊長の風間さんと葵さんに上下関係が存在していないことを何処となく察した瞬間であった。 「うわー、“何処に居るんだ”とか来たし。今からブースへ戻って記録を漁ろうとしてるけど、言ったらどやされるよねー。どうしようかな」 ケータイ片手に独り言を零す。その内容を聞けば、マイペースな葵さんの性格が顔を覗かせている気がした。もしかすると、風間さんが僕と一戦を交えることになったきっかけも隣を歩く人物が影響しているのではないかと考えてしまう。 顎に手を当てて本格的に悩み始めた横顔を見ていれば、不意に空閑が彼女の袖を摘まんだのが視界に映る。振り返った彼女を見上げる形の空閑の瞳が先ほどとは異なり、好戦的なものを映し出しいていることを僕は瞬時に理解した。 そして、制止の声を紡ぐよりも早く唇を動かすのだ。 「風間サンと葵さんってどういう関係?」 「んなっ!」 直球すぎる言葉に聞き耳を立てていた周囲も唖然としたのか、フロア内に一瞬の静寂が訪れる。 躊躇うのかと思いきや、葵さんは小首を傾げたもののすぐに口を開いた。 「なにって、腐れ縁? ずっと一緒に居るんだよね」 考えるよりも先に言葉が出てきた様子であった。その関係性に納得しながらも僅かながらの違和感を抱いてしまうのだ。 これがまだ、恋人と言う名で飾られたのであれば違和感を覚えなかったのかもしれない。近すぎるとも言えた男女の関係に僕は違和感と、僅かながらの安堵感を覚えるのだ。 「(って、これなら僕が葵さんのこと、す、すきみたいじゃないか! )」 自分の発想が今までにない方向に傾いていることに気付いた僕は邪念を振り切るように頭を左右に振った。一度火照った頬の熱は中々落ち着かず、焦燥感からあたりを見渡した。 「(あ、あれ、風間さん?)」 なんとなく後ろを振り返れば、先ほど見た顔が此方に近づいていることに気付くのだ。風間さんの存在に気付いた面々も慄くようにその場から飛び退き、道を開ける様子を見れば今まで以上の無表情を携えていることに気付く。 「(もしかして、葵さんを探しに?)」 もし仮にそうであれば、今、葵さんと行動を共にしているのはよくない事態ではないのだろうか。独りでに青くなる顔に歯止めを掛けるように、風間さんの存在を伝えようと葵と空閑を見た時であった。 「風間サンとは幼馴染みたいなものか。なるほど。ねえ、葵サン」 「なに?」 「おれ、葵サンのこと気に入った。おれと勝負して、勝ったらおれと付き合ってよ」 「「はっ、はあああ!?」」 空閑の言葉に反応したのは当人である葵さんよりも僕と僕らの周囲を遠巻きに見ていたギャラリーたちであった。白昼堂々の告白、それも初対面と言える相手の言葉に葵さんは目を白黒させている。 「葵サンは狙撃手なんだろ? しおりちゃんから聞いた。やり方は葵サンに任せるから勝負してよ」 「うーん」 「ダメ?」 間髪入れないように空閑は小首を傾げた。 強者と戦いたいというのは本心であるのが分かるものの、空閑のいう“付き合う”は恋人となるということだ。何処まで本気か分からない空閑の言動に僕は引き止めるのを忘れてただただ傍観するしか出来ないでいた。 「まあ、迅の後輩たちの実力も知りたいからいいよ。何処に付き合うかは知らないけど、その話、乗った!」 「(え、もしかして葵さん気付いてない?!)」 唖然とする僕を余所に、二人は仮想戦場で足を運ぶのだ。 二人の後について行くべきなのか。逡巡を巡らす僕の隣に立ったのは風間さんだ。 「またあいつ……」 小さく息を飲んだ僕の隣に立つ風間さんは無表情のままであったが、声に確かな怒気を孕んでいる。二人のやり取りを静観するしか出来なかった僕はただすみませんと一言、謝るしか出来なかった。 ← |