大砲娘と世界征服論 | ナノ



つかの間の休息

 
 
「うーん、うーん」
 
 ダメだ。2徹からの研究発表はかなり堪えたぞ。
 大学での研究発表会が終わって、本部の隊室で私はテーブルに両肘をついて唸っていた。
 以前の食堂での唸りより低いのだろう。そこら中にコーヒーの空き缶が転がっていて、きくっちーたちは私の気迫に恐れてか隊室に寄ろうともしない。
 研究発表の報告書もまとめたいし、今回の反省点とかも挙げておきたい。柔和な教授の顔が今日だけ悪魔に見えたのは間違いじゃないだろう。
 鬼怒田さんに提出しないといけない案件も未完成だし、研修内容ももう少し弄りたい。欲を言うのであれば、私の改良してるイーグレットの研究も進めたいけど、まあ今の状態では無理だ。
 今まで大学とボーダーのエンジニア、そして戦闘員としての掛け持ちは何度か苦痛に思ったけれど、今日ほど追い込まれた日はないだろう。まあ、私のちっぽけなプライドがなければ上司に掛け合って時間を延ばしてもらうのだけれど、うん、性格的に無理だな。
 
「仕事を囲う性格やめないとなー」
 
 雷蔵にどやされそうで怖い。
 何だかんだ言いつつ、いつもは彼が私の分の仕事を取り上げてくれるからなんとか回っていたのに、そんな雷蔵も出張中で私を無理矢理助けてくれる同胞がいない。
 かといって、他の人に頼むのもこの時期だと憚れるし、うーん、今日も徹夜か。
 がりがりとボールペンを滑らせながら起動させたパソコンに目を配る。まだ中身の入っているだろう缶コーヒーに手を延ばそうとするけれど、左手は空を切った。
 不思議に思って顔を上げるとそこには剣幕した表情を崩さない蒼也が居たとさ。うん、笑えない。
 
「いつも無理をするなと言ってるだろう」
「いやあ、無理とかしてないよ。夜からの防衛任務もちゃんと出るし」
「そうじゃない。今日も徹夜するつもりだろ」
「まっさかー? 流石に今日はね」
 
 寝ると言おうとしたのにその前に差し出されたのは蒼也のケータイだ。そこには雷蔵からのメッセージが届いていて、まとめると私が寝ないだろうから仕事を中断させろという内容だった。同胞よ、遠方にいても私の心配か。雷蔵良いヤツすぎる。そしてなんでわかるんだ。エスパー?
 しかし、今作業をやめてしまえば色々と支障が生じるのだ。そのしわ寄せは結局の所自分でしなければいけないのだから、仮にそうであれば全て仕事が片付いてから爆睡したい。まあ、ランク戦の司会も近いから爆睡出来るのは何日か後になりそうだけど。
 
「3時間だ」
「へえっ?」
「今から3時間寝ろ。傍に居て起こしてやるから」
 
 そう言うなりパソコンも資料もまとめられてしまって、ソファーへと誘導するのだ。きっと此処で駄々をこねた所で腐れ縁は諦めてくれないだろう。寧ろ、雷が落ちてきて説教とかなりかねない。
 仕方なく、本当に仕方なくソファへ横になる。その間、蒼也は黙って私を見ていたけれど、ソファへ寝転んだ私をみて、やかんを手に水を汲みに行った。コーヒーでも飲むのか。これは徹底的に私を監視するつもりだな。
 近くにおいてあった私専用の枕とブランケットを引っ張り出してきて、寝る準備を始める。2徹の影響もあってか自然と大きな欠伸がこぼれる。正直、少し寝たほうが集中出来るし、3時間で起こしてくれるというのは正直かなりありがたい。彼は彼で大学からの課題もあって多忙だろうに、申し訳ないなあと思ってしまう。
 まあ、キャラじゃないから口には出さないけど。
 
「そういえばさ、蒼也って大学卒業したらどーすんの?」
「どうするとは?」
「就職! 教授に大学院勧められてさー。まあ、そこまでは通おうと思うけど、その先をどうするかなって」
 
 眠いながら色々考えてしまう。
 大人になればいつまでも戦闘員って訳にはいかないし、いつまで現役で働けるか謎だ。となれば、次に考えるべきは就職先で、こんなにも一緒に居るのに蒼也の就職先を聞いたことがないと今思い出したのだ。
 襲ってきた睡魔に身を任せつつ、やかんを火にくべる彼の後ろ姿を横目で捉える。もし仮に、私と進むべき方向が違うのであれば……いつまでも彼の隣に居ることは出来ないのだろう。
 そこまで考えると自分の中にある違和感に気付いた。
 そういえば、蒼也と仲良くなったのも進さんがこの世からいなくなってからだ。うーん、どうして隣に居れないことを考えると寂しく思ってしまうのだろうか。
 蒼也が進さんの代わりだからだろうか。
 
「お前は此処のエンジニアだろう」
 
 不意に先ほどの返事が返ってきて、考えていたことが霧散された。
 
「うん、そうなるかなあ。此処だったら永久就職できそうだし」
 
 現に鬼怒田さんからは今すぐ大学をやめて研究職に没頭するべきだと口酸っぱく言われている。飽く迄も推測の域であるが、そんな彼が私を捨てるはずないだろう。
 私は元々の志望がエンジニアだったけれど、彼は初めから戦闘員だ。いずれは普通のサラリーマンとして働く可能性だってゼロではない。
 欠伸を噛み殺す。
 
「もしそーやがボーダーをやめて、一般企業に就職、ってなったら、」
 
 あ、眠い。寝れそう。
 
「そーや、のおよめさんにな、離れな」
「……葵?」
 
 後ろを振り返れば、目を瞑って一言も発さなくなった腐れ縁の姿があった。
 やかんの笛がなってマグカップに熱湯を注いでも、葵の足元に座っても起きる気配がないことからも深い眠りについたのだろう。
 
「全く、世話のかかるやつだ」
 
 伸ばした手で顔にかかった髪を退ける。そのまま頭を何回か撫ぜたあと、マグカップを持ったまま、葵の座っていた椅子に近づく。
 そこに散らばった内容は殆ど分からないものばかりであったがその中から一つの資料を掴んでパソコンを手繰り寄せた。
 3時間を伝えたが、防衛任務までの5時間は寝させるつもだった。それを本人に言えばきっと口うるさく怒るだろうが、もともと5時間分のするはずだった内容を片付けておけば文句もないだろう。
 
「お前みたいな面倒な女、俺しか相手に出来ないな」
 
 いつかのやり取りを思い出して言葉が口をついた。
 嫌味を交えた言葉なのにも関わらず、口元に笑みが浮かんでしまうのだ。
 
 
つかの間の休息
最近風間さんと絡んでなかったので出してみました。
20170302