大砲娘と世界征服論 | ナノ



交渉の果てに

 
 決着は存外早くついたと言っても過言ではなかった。
 風刃を起動した迅はサイドエフェクトを駆使しつつ太刀川に応戦。隠密トリガーのカメレオンを起動し暗躍する蒼也と歌川ですら手を焼く始末だ。
 そして奈良坂、古寺からの弾丸は全て私が撃ち落とす結果となった。
 
「(うわ、二人相手に全部撃ち落とすとか、葵さん怖すぎ)」
「なにを考え事してるんだ、迅!」
「っと」
 
 迅がガレージに入ったのは袋の鼠といえる状況に近く予想外の展開にひやりとしたものの、未来予知が上手く迅を誘導した為、結果は迅が多少の怪我を負ったものの無傷に近く、太刀川と蒼也がベイルアウトし、黒トリガーを奪取する任務は失敗に終わったのだ。
 ――そして今、
 
「うわ、なにこれデジャヴ」
「だろうな」
 
 目の前には最高司令官の城戸さん、そしてその周囲には上層部の層々たる面子が軒を連ねる中、私は本部にある第一会議室に徴集されていたのだ。
 険しい表情を崩さない城戸さんが珍しく腕を組み、眉間の皺を揉みほぐす様子が見られる。今回の件に関して失敗するとは思っていなかった様子だ。手招きをして呼ばれ、私城戸さんへ近づいた。
 
「痛っ」
「まずは言い訳を聞こうか。神崎。どうして任務外の行動を取ったんだ」
 
 なにか渡すものでもあったのだろうか。そう思って近づけば、城戸さんから容赦のない拳骨を貰う羽目になった。
 痛む頭を抱えながらじりじりと後ろに後退する私を逃さないように城戸さんは淡々と言葉を紡いだ。暴力反対だと助けを求めるように辺りを見渡すものの、鬼怒田さんが私の様子を心配する素振りが見られるだけで、誰もが庇い立てしてくれる様子はみられなかった。
 
「(さて、どう説明するべきかな)」
 
 本音を隠して当初から考えていた言い訳でも並べてみようか。
 胸中に渦巻く言葉を一つ一つ選択しながら言葉を紡ごうとした時であった。会議室の扉が開き、迅が如実として現れるのだ。
 
「どうもみなさんお揃いで、会議中にすみませんね。あ、葵さん。城戸さんからの拳骨は痛かった?」
「迅……っ、分かってたなら最初から入ってきてよ」
「あはははー」
 
 朗らかに私との会話を繋ぐ迅であったが、会議室全体の空気を承知の上で乱入してきたのだろうか。仮にそうだとすれば恐ろしい程までに空気が読めていないというべきか。
 
「(まあ、迅に限って勝算がないとは言わせないけどね)」
 
 周囲の視線が私から迅に流れたのを確認した後、私は静観することに決め込んだ。
 
「きさま、よくものうのうと顔を出せたな」
「なんの用だ、迅。宣戦布告でもしにきたか」
「違うよ城戸さん。交渉しにきたんだ」
 
 上層部の面々は迅の登場に怒りを隠せないでいるようであった。しかし、迅が余裕の表情を崩さない所を見るに、交渉は秘策なのだろうと考えることが出来る。
 確かにこのタイミングは絶妙なタイミングだと言えるだろう。
 本部の先鋭を撃破した挙句、忍田本部長側と手を組んだ。戦力的にも上に立つ今、成り立つ交渉は迅にとっては優位に極まりないのだから。
 
「こっちからの要求はひとつ。うちの後輩、空閑遊真のボーダー入隊を認めてほしい」
「私がそんな要求を呑むと思うか?」
「勿論、タダでとは言わない。代わりにこっちは“風刃”を出す」
「「!?」」
「へえ」
 
 これは中々面白い展開になってきた。
 外務・営業部長の唐沢さんも葵と同じことを考えているのか、ポーカーフェイスが常である顔に少しだけ笑顔が見えた。
 
「(なるほどね)」
 
 本部が欲しているのは迅の後輩という“クガユウマの黒トリガー”ではない。強大な力を持つ黒トリガーそのものである。それであれば、迅の持つ風刃を差し出すことは城戸の本来の目的であった黒トリガーの奪取に繋がる。
 ましてや、風刃は様々な人間との相性が良く、未知の能力であり適応する人間が居るか不明である“クガユウマの黒トリガー”よりも使い勝手が利くのは確かだ。
 ――極めつけに先ほどまでの戦闘。本部の先鋭隊を迅一人で撃退したことが今回の交渉の鍵と言えるだろう。先鋭部隊を退けた黒トリガーの威力は言うまでもなかった。
 迅の言葉に鬼怒田さんと根付さんはみるからに表情を変えた。私が此処へ来る前にどういったやり取りが交わされていたのかは不明であるが、その状況から察するに城戸さんは更に無茶な計画を立てていたのだろう。
 唐突に差し出された絶好の“交渉”に鬼怒田さんと根付さんが飛びつくのは火を見るよりも明らかであった。私と同じく静観を決め込んでいる忍田さんですら今の状況に瞬いている様子がうかがえる。
 
「(けれど、この交渉の怖い所は、この展開を“読んだ”上で迅が行動したってことだけどね)」
 
 私は周囲の状況を見渡した後、ゆっくりと手を上げた。私を目敏く見つけて頷いたのは城戸さんだ。
 
「風刃、確かに威力も強く誰にでも適合しやすいのは幅広い人選が出来て融通が利く。それに、これは個人的な見解ですけど、“クガユウマ”の入隊は良いと思いますよ」
「と言うのは?」
「ボーダーに入隊するということは、入隊後は此方の指示に従わざるを得ないことと同義。勿論、風刃を貰う交渉を蹴ったとして、強制力を利かせて奪取しに行ったとしても、此方側も中々のリスクを負わないといけない状況になってくる。それで成功したらいいけれど、失敗すれば? 野良ネイバーがどう行動してくるか分からないことを踏まえれば、首輪に繋ぐ意味を兼ねてボーダーという組織に縛るのもいい」
「「……」」
「そのクガユウマがどんな人物か分からないけれど、迅がそこまで推すネイバーに興味がある。クガユウマ自身、入隊したいと思う意思、或いは目的があると考えれば、此方側に引き込んでおくことのメリットが多いと思います」
 
 言い切った私の言葉に城戸さんは思案している様子であった。
 恐らく迅は、この展開を踏まえて口添え出来る私に協力要請をして、呼び出されることを前提に自分の側へ引き込んだのだろう。
 口元に笑みを浮かべる迅の足を無言で踏んづけた。この男の思惑通りに事が進むことがなんとなく癪に障ったのだ。
 
「しかし、」
 
 私の発言に対して口を開いたのは意外にも唐沢さんであった。
 私の発言で鬼怒田さんと根付さんは納得し頷く様子を見せていたが、一筋縄ではいかないようだ。探るような視線は何処か試している視線にも感じられれ内心舌打ちをしたくなる。
 
「葵くんは今回、迅たち側についた。その行動から考えても迅に仄めかされた確率が高い。それはどう弁明するのかな?」
「うーん、弁明かあ。そう言われると難しいけれど……さっきも言った通り、私は迅が風刃を差し出してまで守ろうとするネイバーに対して、純粋に興味がある。あと、迅がなにを企てていたかは聞いていなかったけれど、本部の先鋭部隊と戦ってみたかったっていうのが大きいかもしれないですねー」
 
 誤魔化すようにして笑いながらの発言に対して、城戸さんをはじめとする上層部が大きくため息を吐きだしたのが見えた。そして、取引成立だと告げられた言葉に実質的な勝利を確信したのであった。
 
「……だからって2回も殴ることないよねー、城戸さん」
「それはお前が正直すぎる発言をしたからだろう」
「あはははー。けど、あの場で素直に発言してくれたからこそ、城戸さんも葵さんの言葉に裏がないと信用したみたいだけどね」
 
 ぼんち揚げを片手にベンチに座るのは私に迅、太刀川と蒼也だ。
 会議室から出てきた私たちを待ち伏せするようにして居た二人に今回の結末を告白すれば、各々違った反応を見せるのだ。
 殴られた箇所を擦りながら不満の声を上げた私の言葉を叱咤したのは蒼也で、ごめんと一言、苦笑いをするのは迅だ。迅のサイドエフェクトでは初めから私が2回も拳骨を貰うことが視えていたはずなのに、敢えて言わなかったのがその様子から感じられて私は不満を漏らすしか出来なかった。
 
「迅に踊らされたっていうのも腹立つけど、一番に腹立つのは形見をあっさりと手放したことよね。あの時は私も迅の思惑を汲んで言ったけど、その点に関しては納得出来ない」
「そうだな。それは俺も気になった。なにをあっさり風刃渡してるんだよ。勝ち逃げする気か。今すぐ取り返せ!」
「ムチャ言うね太刀川さん」
 
 新しいぼんち揚げを咥えながらも相変わらずな笑みを浮かべる迅に何とも言えない気持ちが募る。形見を手放した直後でへらへらと笑う姿が癪に障ったのは蒼也も同じなのだろう。鋭い視線を迅に向けていた。
 そんな私たちの視線の意味を汲んだのか、迅は少しだけ真面目な表情で胸中を吐き出すのだ。
 
「形見を手放したくらいで最上さんは怒らないって。寧ろボーダー同士のケンカが収まって喜んでるくらいだろ」
「そういうものなんかなあ」
「そういうものなの。あ、あと、黒トリガーが無くなったからランク戦に復帰するよ。取りあえず個人でアタッカー1位目指すからよろしく」
 
 迅の発言を聞き、私は隣に座るは二人の顔を見比べた。
 両極端な反応に迅と二人で吹き出す様にして笑うのはそれからすぐだ。
 

交渉の果て

本編で多分出さないのでここで追記。
※迅が夢主を自分側へ引き込んだ理由。
@純粋に戦力のバランスを考えて、そして、勝率を上げるために夢主を引き込んだ。
A当真が嵐山隊側へ行くことは読めていたが、読みを外した場合の対応として夢主をあてたかった。また、風間隊のカメレオンが予想以上に厄介だと考え、対風間隊としてあてたかった。
B夢主であれば任務に反しての行動をしてくれると考えた。更に、城戸へ物怖じすることなく発言出来ること、また、城戸自身、夢主の発言に信頼を寄せていることから夢主が任務規定外のことをした時の処罰が軽くなると知っていたから。
C夢主の本音を暴露することで夢主自身が迅に肩入れしている訳ではなく公平な目線で見ている(=本部の利益を考えている)と城戸たちに知らせるため。現時点で根付、鬼怒田は文句を言わないと判断していたので対、唐沢対策。
※夢主が思っていた以上に黒トリガー争奪戦で戦力として活躍しなかった理由。
@戦力として活躍しすぎれば城戸からの処罰が重くなると考えた。
A後々風間たちに顔を向けれないと考えたから。
A迅からはサポートをしてと言われており、攻撃しろとは言われていなかった。
 
本当はもうちょっと細かくあって、此処らへんをがっつり書きたかったけど、趣味に走りそうだしページ足りなくなるのでやめました。
夢主が冒頭でデジャヴと言ったのはAnotherの冒頭部と繋がっています。
20160111