大砲娘と世界征服論 | ナノ



一番にはなれない

 
“行きたいところがある”
 
 ネイバー襲撃から風間隊は僅かながらの休暇を与えられた。何もする予定がなく、それであればと本部で鍛錬を重ねるつもりであったが、会議が終わるなり、俺の正面に立った葵は高らかとそう宣言したのだ。
 それを羨望の眼差しで見る太刀川や迅。最もそれは“行き先”が推測できない人間からしてみればデートのお誘いだと勘違いされても可笑しくないだろう。実際の所、冬島さんはそう言って俺らを茶化してきた。
 しかし、普段はやる気の欠片もみせない葵の提案に俺は大方の憶測が立っていたのだ。
 
「うわー、久しぶり!」
「まだ以前来てから3ヵ月も経ってないぞ」
「固い事言わないのー! 私からしてみれば久しぶりだから、久しぶりなの」
 
 横暴な発言を流しつつ、俺は手頃なベンチに腰かけていた。
 これから行われる“やり取り”を立って見守ることを俺は出来ないだろうし、する気もない。
 見慣れたこの場所はいつ来た時も晴れだ。始めて訪れた時の“雨”は今でも俺の記憶深くに刻まれている。
 
「久しぶり、――進さん」
 
 俺から数メートルと離れた場所に腰を下し、微笑む葵の唇から紡ぎ出された名は俺の兄である風間進だ。そして、兄の眠る墓石前で腰を下して話始める姿をただ見つめるしか出来なかった。
 
「葵のすきな人は誰だ?」
 
 それはよく、俺の周りが口うるさく聞いてきた質問であった。
 それに何十回と同じ回答を伝えたのか今ではわからない。
 諏訪たち同年代を始めみんながお前だろうと俺を見た。けれど俺は敢えてその視線の意図に気付いていないフリをして、“分からない”“知らない”とシラを切ってきた。
 本当のことを告げてしまうのは本人でないのでフェアじゃない気がしたし、長年共に過ごしてきた腐れ縁のことを考えれば口を閉ざすしか術が残されていないとも言えた。
 実際に俺は葵から直接好きな相手というのを聞いたことがないし、葵もそれを俺に明かそうとは思っていないだろう。
 しかし、実際は知っていた。
 葵の好きな相手は数年前に死んだ、俺の兄であることは葵を見てきた十数年前から知っていたのだ。
 

 
 葵との出会いを遡って思い出すのは少々骨が折れる作業である。と言うのも、俺は葵を知ったきっかけは自分の兄が始まりだったからだ。
 
“近所に可愛い女の子が引っ越してきたみたいだ”
 
 そう言われたのがきっかけだろう。
 同年齢が引っ越してきたと知れば、どんな相手なのだろうかと俺は好奇心に駆られた。そしてその相手が可愛いと名のつけれるほどの相手であるのならば、気にならないというのが難しい。
 そして、実際に蓋を開けてみれば、葵は今の葵と変わらずの傍若無人さをみせていた。
 黒髪で、目が大きな色白の子。これが葵の第一印象で、確かに“可愛い”と名がついても可笑しくない容姿であった。容姿にそこまでの興味がなかった俺でも唖然としたものだった。それは同年齢だといわれなければ人形かなにかと思ってしまうほどの造りであったからだ。
 しかし、いざ口を開いてみるとかなりのマイペースさで、周囲を驚かせる程の適当さがあった。
 そんな葵は俺と仲良くなる前から兄を知っていた。進さんと名前で呼び、慕っていることが一目瞭然としてわかるのだ。
 一方の兄もまんざらではないようで、妹のように葵を可愛がっていた。俺が葵と同じクラスになり、仲が良いと周りから言われようが、俺は自分の兄と葵の仲の良さには立ち入ることが出来なかったのだ。
 
「でね、最近は特にひどかったんだよー。城戸さんに減給されるし、蒼也だって」
 
 一度兄に近況を伝え始めれば、葵は俺のことなんて眼中にない。
 身振り手振りでその時の状況を伝える。時には興奮からか頬を赤く染めてまで必死に伝えるのだ。
 既にこの世に居ない相手だと諭したところで葵の耳に届くはずはないだろう。
 もし仮に、その言葉が届くとするならば、きっと葵はこんなにも俺のことを慕うはずがないのだから。
 相手にされなかった。兄の弟だから、同じ血族だからという接点がなければ葵は俺に興味すら示さなかっただろう。幸か不幸か、兄の死がきっかけで俺への目が向けられて今の立ち位置を得た。
 それに優越感や満足感を得てしまった。今まで見てきた相手の隣に自分が居られる事実が俺に安心感をもたらしたのだ。
 それを皮肉だと笑ったのは二宮だ。唯一本部内で葵の好きな相手を的確に言い当てた二宮は俺を笑った。俺の行動を下らないとも、勿体ないとも言った。
 しかし、そんな二宮は葵から敬遠される結果となった。
 二宮を見て、葵がまだ、兄を忘れていないのだということを遠回しに理解できたのだ。
 そこからの俺は前へ進むことも出来ずまた、この想いを諦めることも出来ずにいた。
 誰よりも近い距離にいると言われる。しかし、そんな俺はどう行動することが一番正しい選択であるのか、近い位置にいるのだろう葵のことがなにも分からずにいるのだ。
 墓石に向かって話している葵を見る。その横顔はどんな時よりも輝いている、そう思ってしまう。

一番にはなれない
20170228