大砲娘と世界征服論 | ナノ



真夜中の告白

 
 
「お、やっぱり此処に居た」
 
 真夜中の玉狛支部内はひっそりと静まり返っている。
 談話室のソファに座って水に入ったグラスをぼうっと眺めていれば、此処に居るはずのない声が聞こえてきた。
 
「迅。寝てなかったんだ」
「葵さんが起きてると思って。隣いい?」
「どーぞ」
 
 彼が座れるようにスペースを開ければ、私の隣に迅は腰を下ろした。
 その表情は話してくださいと言わんばかりの包容力があって、思わず笑ってしまう。
 
「ありがとね」
 
 玉狛支部へは何度か来たことがあったけれど、今回は迅の誘いで来たのであった。
 狙撃手ブースでぼんやりとした終わりのない考え事をしてきた時に迅はやってきて、一言、息抜きをしないかって。
 此処に来た意味も、そう投げかけた意味も私の内情を知っているからだと分かっていたため、初めは子供っぽく放っておいてくれと怒ってしまったが、今となってはそんな迅に感謝をしているのだ。
 脳裏に過るのは以前、ネイバーがやってきた時であった。考えれば考える程、あの場で取った私の行動には無駄が多くて、もっと効率的に出来れば被害は少なかったと考えることが出来たのだ。ボーダー本部へ攻め入られた時だって、元をたどれば私が人型ネイバーを倒し損ねたのが原因だ。戦闘員である自分たちとは違って、エンジニアの彼、彼女たちは、自らを守る術がない。守ろうと両手を広げてみたものの、結局それらは私の指をすり抜けて後ろに居る彼たちの所へ行ってしまった。
 
「あー、情けない。終わったことを考えても仕方ないのに、ずるずると引き摺ってしまう。落ち込んでるのは私だけじゃないのにねえ、迅?」
「なんでそこを俺に振るのさ」
 
 にっこりと笑ってみせた私に迅は、素っ頓狂な声を上げて見せた。

「え、知らないとでも思ってた? “最良の選択”それを考えて選んだのは迅だ。そんな君が自分の選択に後ろめたさを感じているなんて、私を誘った時点で気付くよ」
「……参ったな。葵さんの前だと格好よく決まらない」
 
 へらりと笑みを零した迅は口元を引き締めて真っ直ぐと私を見た。空色の瞳に映る私は迅同様、真剣な顔つきだ。
 
「葵さんなら甘えさせてくれるかなって」
 
 私たち一介の戦闘員とは違って、迅のサイドエフェクトはボーダーの軸と言っても過言ではなかった。迅の予知を基盤に私たちは陣形を整えて相手を迎撃する。未来を知ることの出来る迅の重圧は計り知れないだろう。
 今回の大規模侵攻は被害としては小規模に抑えられた。それが彼の選択した“最良の選択”だ。しかし、被害がゼロではなかった。亡くなった人もいる。攫われた人だっている。結果的にそれは自らを守る術を持たない人たちであり、私たちのような戦力の中心ではなかった。
 それに安堵する上層部。本当にそれでいいのだろうか。
 
「ねえ、葵さん」
「なあに」
「時々、自分が怖くなるんだ」
 
 暗闇の中でぽつりと迅が零した不安。
 視線を逸らして足元を見つめる彼が一体どんな顔をしているのか直接見ることが出来ないけれど、そんな彼の肩を引いて、私は抱き締めてみせた。
 突然のスキンシップに慌てふためく彼が年相応に見えて、口元に笑みが浮かぶ。
 
「葵さん、面白がってるでしょ」
「そんなことないけど、可愛いなって」
「〜〜っ、」
 
 何か言いたげな彼をあやすように背中をゆっくりと叩いてみせる。
 迅の選択した“最良”が世間的に見て、“最良”なのかは別だ。しかし、被害を最小限に抑えるために行動し、実行してみせた彼を認めないのは訳が違う。
 
「よく頑張ったね」
 
 葵さんはよく、俺の一番ほしい言葉をくれる。
 直接伝えた訳ではないのに、不思議とそれを汲み取ってくれる彼女は周囲が慕うのも分かる気がするのだ。
 ――誰かに認めてほしかった。
 自分のした選択が間違ってはいなかったのだと。誰かに言ってほしかったのかもしれない。
 
「葵さんって、実は未来予知のサイドエフェクトも持ってるでしょ」
 
 冗談まじりに告げた言葉に瞬いたものの、次には声を上げて笑うのだ。
 耳によく馴染む声だ。もっと近くで聞いていたいと欲張ってしまう、そんな声。
 
「まーね。エリート狙撃手ですから」
「狙った獲物は逃さない、みたいな?」
「そうそう」
 
 彼女から離れ、俺たちは顔を見合わせて笑い合う。
 欲を言うなら、葵さんの抱えている罪悪感や後悔を俺が格好よく掬い上げる予定だったのだけれど、あらかじめ視えていた予知通りに俺が慰められてしまった。
 
「(やっぱり、俺じゃ役不足なのかもしれないな)」
 
 後々に視える未来に苦笑いを浮かべる。
 彼女を掬い上げれる程の男になるにはまだまだ時間がかかりそうだ。 

「葵さん!」
「うわあっ」
「もっと色気のある声だしてよー」
 
 隣に座っている彼女を押し倒す。その上に覆いかぶさるようにすれば、重たいと言い、彼女は笑う。けらけらと無邪気に笑う彼女をみて、意識されていないのだと改めて認識してしまうのは辛いものがあるけれど、年下の特権を使わない訳にはいかないだろう。
 
「葵さん、一緒に寝よう?」
 
 抱き締める形で彼女を包み込めば、華奢な身体はすっぽりと腕の中に収まった。多少の身動きをするものの、異論を言うことなかった彼女の肩口に顔を埋めて直接伝えることが出来ない思いを心の中で紡いでみる。
 
 
真夜中の告白
 
 翌朝。談話室で二人して寝ている所をレイジさんに見つかって、二人とも拳骨を貰ったのは良い思い出となった。
 
20160621