大砲娘と世界征服論 | ナノ



まだ見ぬ人へ

 
 三門市にあるボーダー本部より僅かに離れた所に位置する支部――玉狛支部で迅さんを介して俺や空閑、千佳たちは新人として迎えられることになった。
 志は一つ。遠征組として選抜されることだ。
 そのためにもそれぞれに師を持ち、ボーダーの入隊式に向けて日々特訓をしていた。
 
「ふう」
 
 師弟合わせた6人とオペレーターである宇佐美先輩を含める計7人は茶菓子を前に談話室で日々の成果について話し合っていた。
 最近よく見る普段通りの光景と言えるそれが如実としてひっくり返されたのは、ぬっと影から顔を覗かせた迅さんの一声であった。
 
「あー、参ったなあ」
 
 低く間の伸びた声に食べていたどら焼きを喉に詰まらせそうになる。噎せる僕の背を摩る千佳の姿があったものの、迅さんの言葉が気になるようで、視線はそちらに向けられていた。

「迅か、久しぶりだな。どうかしたのか?」
 
 後頭部を掻き毟りながら締まりのないと笑みを浮かべる迅さんの姿を一早く捉えたのは千佳の師であるレイジさんであったようだ。久しぶりに見る顔が困惑したそれであり、小首を傾げたのはレイジさんだけではない。
 この場に居る全員の視線を浴びるも、気にした様子はなく迅さんはへらりと笑みを浮かべるのだ。
  
「いやあ、俺のサイドエフェクトが厄介なことを示してくれていて。レイジさんってさ、近々葵さんとデートする予定とかない?」
「えっ、レイジって葵さんと付き合ってたの?!」
 
 迅さんの言葉をレイジさんよりも早く聞き取ったのは空閑の師である小南先輩だ。
 彼女は長い髪を乱してソファから立ち上がったと思えば、大股で迅さんに近寄り胸倉を掴もうと手を伸ばす。その様子に目を白黒させるしか出来なかった。
 
「私の葵さんはいくらレイジでも譲らないんだから!」
「落ち着いて! 俺、そんなこと一言も言ってないから」
「おい、俺を挟んで争うな」
 
 レイジさんを中心として両手を挙げて小南先輩から逃げようとする迅さんの姿を何処か思いつめたように見守るのは僕の師である烏丸先輩で、三人の先輩たちの様子に首を傾げるしか出来なかった。
 
「“葵さん”?」
 
 この支部に来てから一度も耳にしなかった名前だ。今までの記憶を遡ってみても心当たりがなかった。
 迅さんの言う隊員は此処に居る全員であり、葵という隊員が居るとは考えにくい。
 そんな僕の胸中を察したように声を上げたのはそれまで黙っていた宇佐美先輩だ。
 
「あー、千佳ちゃんや遊真くんたちは知らないかもだけど、葵さんをボーダー内で知らない人は居ないんじゃないかな。修くんなら知ってるんじゃない?」
「え、もしかして神崎葵……さん?」
「そ!」
 
 驚き声を上げる僕の言葉を汲み取ったのは笑顔の迅さんだ。
 まるで自分が話題に上がったような表情の明るさに内心驚きつつも、僕は記憶の底にあった噂を断片的に思い出すことにした。
 ――神崎葵。
  本部所属のA級隊員。様々な噂が飛び交う人物を僕自身目の当たりにしたことがないため真相は分からないものの、“化け物級”の人物であるという認識は持ち合わせていた。
 メディア露出も多く、実力には見合わない程の美貌があることで有名でもあった。僕の通う学校でも実力や容姿からアイドルのように名前が飛び交うことだってある。
 そんな人物がひょんとしたことで話題に上がっていることに驚きを隠せないでいた。
 
「葵さんが帰ってくるんだよねー」
 
 いつもの調子で朗らかに言い放った迅さんの一言が玉狛隊員に大きな打撃を与えたのは周囲の様子から察することが出来た。
 
「それは、そろそろあいつらが帰還するということか」
「まあね」
「……どうせお前のことだ。またロクでもないことに首を突っ込むのだろう」
 
 大きく息を吸い、吐き出したレイジさんは視線を迅に向けた。
 
「――だが、残念ながら、神崎は俺よりも風間たちと一緒に居るだろう」
「それが分かるからレイジさんに頼んでるんだけど」
 
 二人の間で交わされるやり取りの中心人物が一体どんな人なのか。純粋な好奇心に惹かれる。
 神崎葵。B級の下位に居るような自分の周りでその名を聞くことになるとは毛頭も考えていなかっただけに、彼らの間で交わされる人物に興味が湧き上がってくるのだ。
 宇佐美先輩から予備知識を得たのだろう。顔も知らない葵の名を口ずさみ、反芻する空閑の瞳は早くも好戦的なそれに変わっていた。
 
「お前はお前で一度言いだせば諦めが悪かったな。……ダメ元でも掛け合ってみるよ」
 
 迅さんの粘り強さに懲りたようで、レイジさんは大きなため息を吐き出した後、苦笑いを浮かべた。二人のやり取りからみても、レイジさんは葵に近い位置に居るようであったが、先程一瞬だけ名前の掠めた“風間”という人物のほうが葵に近いらしい。
 
「なあ、こなみ先輩」
「……なに」
「その“葵サン”って人と先輩、どっちのが上?」
 
 問題解決と変わらぬ笑顔を浮かべながら自室へ向かった迅さんの背中を無言で見送った後、それまで黙っていた空閑が唐突に話を切り出した。
 小南先輩はその質問に一瞬、驚いた様子であったが、次には不敵とも言える笑みを浮かべて空閑の質問を迎えうつのだ。
 
「失笑ね。ダントツで葵さんよ」
 
 間髪入れない返事に宇佐美先輩が苦笑いを零したことや、先程迅さんに詰め寄った小南先輩の行動を考えても、尊敬する人物の一人であるのだろう。
 しかし、それでも、空閑に圧倒的な強さを見せ詰めた小南先輩の言葉に贔屓はあっても間違いないようで、知らず知らずの内に背中が粟立つのを感じるのだ。
 
「いいね。早く戦いたい」
 
 小さく零れた言葉に、新生三雲隊の目標がまた一つ追加された瞬間であった。
 
まだ見ぬ人へ
20151228
 
原作巻くために途中からの参戦となります。
なにとぞよろしくお願いします。