大砲娘と世界征服論 | ナノ



簡潔明瞭な戦線布告

 
 
「今日から玉狛支部に配属された神崎葵です! お願いしまーす」
「「「……えっ」」」
 
 僕や千佳、空閑の3人で日々の特訓が終わった後、茶菓子を前に談話室でくつろいでいれば、突然に開いた扉。そこから顔を覗かせた人物の開口一番に僕らが唖然としたのも無理はないだろう。
 玉狛支部。本部とは別に幾つかある支部の中でもネイバーに対して寛容さを見せる支部。そこに本部のA級2位である風間隊のメンバーが居ることに僕たちは言葉を失ったのだ。
 
「ほら、葵さん。皆驚いちゃってるじゃん」
「えー、そんなに分かりやすい嘘だったかなあ?」
 
 葵さんの後ろからひょっこり顔を覗かせた迅さんの口元には笑みを浮かべており、先ほどの言葉と彼女が此処に居る理由をなんとなく察した瞬間であった。
 宇佐美先輩が葵さんの分の茶菓子を準備する間、彼女は迅さんの隣で興味深く辺りを見渡していた。そんな彼女と目が合うなりにっこりと微笑まれるのだから慌てて視線を逸らしてしまう。
 彼女の言葉から、配属されたと言うのは嘘なのだろう。しかし、此処に居る時点で謎が深まるばかりだと言えた。
 
「そんなに驚かなくても大丈夫。葵さんは本部在中の中でも寛容なほうだから」
 
 葵さんの前に茶菓子を出した宇佐美先輩はいつも通りの対応であり、驚いた様子がないことからも間違いないのだろう。
 
「宇佐美、林藤さんは?」
「本部に行ってるよー。レイジさんたちはもうすぐ来るかも」
「え、ほんと? なら木崎にご飯作ってもらおーっと」
 
 彼女がケータイを取り出せば赤いストラップが揺れた。それを目で追っていれば、宇佐美先輩からの補足説明で葵さんがレイジさんと同年齢であり、仲が良いことを知るのだ。
 
「レイジさんとは同じ大学だし、こなみとは友達。とりまるくんとはちょっとした師弟関係だったかな」
「!?」
「え、でも葵さんって狙撃手じゃあ」
「狙撃手だよ。がっつり師弟関係と言うよりは、戦闘員としてのさわりを教えてあげたくらいだったはず。そんなに詳しく知らないけどね」
 
 先輩たちの評価が高いことや空閑の太刀筋を見極めていたこと、大規模侵攻での功績を考えれば弟子が居ることになんの驚きもないが、それが烏丸先輩であることは驚きだ。唖然とする僕たちの視線が葵さんに集中していたからか、茶菓子を口に頬張りながら目線だけで僕たちを見るのだ。宇佐美先輩の言葉を否定しない辺り、事実に違いない。
 
「葵サンって、暫く此処に居るの?」
「うーん、考えてないけどそのつもり」
 
 間の伸びた返事からも本当になにも考えていなかったのだろう。隣に座る迅さんが苦笑いを浮かべたのが感じられた。

「なら、相手してよ」
 
 声を上げたのは空閑だ。
 
「風間サンが言っていた葵サンの実力知りたいし」
「わっ私も色々教えてほしいです!」
「遊真くんに千佳ちゃんも。みんな熱心ねー」
 
 にこにこと笑みを浮かべる宇佐美先輩と迅さんが僕に目を向けるので、おのずと口が開いてしまう。
 
「僕も、教えてほしいです」
 
 以前の空閑と迅さんの話から、風間さんは理詰めで考える人だと言うことが分かった。そして、きっと僕も本能で行動できるタイプではないから風間さん寄りと言うことになる。
 脳裏には宇佐美先輩から教えてもらったB級ランク戦が浮かんでは消える。
 今の僕には理詰めで考え立て出来る程の知識も経験も持ち合わせていない。少しでも、自分より上に立つ人と戦うことが出来るのであればそのチャンスを無駄にしてはいけないと考えてしまうのだ。
 僕たちの意思はどう汲み取られたのだろうか。葵さんが口を開くよりも早く、談話室の扉を開けたのはレイジさんに烏丸先輩たちだ。先輩たちも葵さんの存在を確認するなり驚いた表情を浮かべた。
 
「あ、木崎ー! ごはんつくって!」
「お前の開口一番はいつもそれなのか」
 
 手を上げて挨拶をするのかと思えば、晩御飯の催促が飛び出す。レイジさんは脱力しきった顔つきで苦笑いを浮かべ、宇佐美先輩は流石だと声を上げて笑った。
 
「葵さん」
「おお、とりまる! 迅の計らいで暫く玉狛に厄介になるからよろしくね!」
 
 敬礼のポーズをしたまま可笑しそうに口元を緩めるのだ。 

「美味しい晩御飯のためにも、神崎葵、しっかりとお役目果たしてみせます! ってことで、新人3人借りるからね」
「えっ」
「あれ、私と戦いたいんじゃないの? 時間の無駄とか嫌いだから3人まとめてみようと思うけど」
 
 あっけらかんと言われた言葉に僕たち3人はお互いの顔を見合わせるしか出来なかった。
 
 
簡潔明瞭な戦線布告
20160616