大砲娘と世界征服論 | ナノ



大砲娘、始動

 
 
「あ、秀次!」
 
 以前の会議でネイバーの襲撃に備えての迎撃策として、様々なことが行動化されるようになった。A級隊員の本部在中が増え、防衛任務も厳戒態勢が敷かれている。非番の隊員にはすぐに連絡がつくようにと手持ちのケータイへ本部から直接通知が来るように設定され、天羽や迅たちブラックトリガーは本部への待機が言い渡されていた。
 本部の屋上にのぼる際に三輪秀次と階段で鉢合うことになった。どうして屋上に居たのだろうかと聞きたかったのをぐっと堪えた理由としては、人ひとり殺してしまうんじゃないかという程の剣幕さに驚いたからだ。
 私を見るなり何かを言おうと小さく口を開いた彼は閉口し、視線を逸らした。小さく会釈をして走り去る形で立ち去ったのを見れば何かあったのだろうことが容易に考えられた。前のブラックトリガー奪取任務以降、迅側についた私を良く思わなかったのであれば分かりやすいものの、今の表情はそれとは何か違った様子が伺えたのだ。
 小首を傾げながらも屋上へ続く扉を開ければ既に先客がいることに驚く。そして、その先客が今しがた出ていった秀次と相反する人物であることに二重の意味で驚くのであった。
 
「え、迅? なんで、今さっき秀次と……え、」
 
 秀次はネイバーにお姉さんを殺されたことから、ネイバーに対して排他的な感情を抱いている人物だ。本部にはそんな思考を持つ“城戸派”の人物が数多く在中していたものの、顕著な人物を上げるとすれば秀次は真っ先に挙がる名前だろう。反する迅はネイバーに対して寛容な考えを持つ玉狛支部。秀次が一方的に迅を毛嫌いしているということは割と周知の事実だったりする。
 そんな二人がなんで屋上に? 唖然とする私に向かって笑った彼の笑みは私の思考を読み取ったように苦笑いだ。
 
「ちょっと三輪に頼みがあったから。……それより、いつも言ってるけど、なんで三輪だけ名前呼びなのさ」
「いつも言ってるけど、それは今に始まったことじゃないでしょー」
 
 言いたくない頼み事だったのだろう。それとなく話題をすり替えてきた迅の相変わらずな様子に苦笑いを浮かべて、彼の揚げ足を取るようにおどけてみせる。
 腐れ縁の蒼也ですら本人の前でしか名前で呼ばない。それには色々と経緯があるのだけれど、そんな私にも例外だっている。不公平だと言われることは慣れっこだ。
 屋上より空へと真っ直ぐ伸びる鉄塔に足をかける。次々に階段をのぼる私を迅は見上げるのだ。
 
「葵さん!」
「なにー?」
 
 息を大きく吸い、吐き出した彼は、既に屋上から数十メートル上空に居る私に声を掛けるのだ。
 
「自分のことを、責めないでね」
「え?」
 
 迅の言葉を上手く聞き取れなかった理由としては、胸ポケットに入れていたケータイからけたたましい程にアラームが鳴り響いたからだ。

「いよいよ本番かー。奴(やっこ)さんたちのお出ましって所かな」
 
 屋上にいたはずの迅は既に姿を晦ましており、この場に残されているのは私だけだ。事前に支給されていたイヤホンを耳に装着してパネルを取り出した。
 
「こちら、神崎。忍田さん現状の報告をさせてもらってもいいですか」

 パネルから転送される情報に目を向ければ、かなりの数のゲートが開いていることが分かる。
 ――私に与えられた仕事は屋上より更に上、上空から敵を認識することであった。敵を感知するシステムがボーダーには備わっているものの、そこに隊員が辿りつけなかった時が一番恐れることだ。
 
「葵、手短に頼む」
「東は増員がいります。北の人員を回して、南はそのままで。あ、ゲート増えてる。分かれるのかー、どうしましょう」
 
 こんなにゲートが多いと面倒だ。サイドエフェクトで視えた情報を忍田さんに伝える。そして、その情報を元に、人員の増減や待機組の出動依頼、非番隊員の割り振りなどの提案するのが私の仕事だったりする。
 そして、
 
「此処から射撃できるんだよなー」
 
 トリオン体に換装し、アイビスでゲートから出てきたトリオン兵を撃ち抜いていく。
 トリオンを増やせば増やす程、射程距離も威力も増す。遠距離で狙った相手を射撃出来るのは私のサイドエフェクトがあってこそだろう。
 一番隊員到着が遅くなる地区へ本部から直接アプローチ出来るのは私の強みと言っても過言ではない。
 
「葵、防衛装置側への誘導は出来るか?」
 
 鬼怒田さんからの通信だ。冬島さんや鬼怒田さんたちと事前に作っておいた防衛装置が此処で役に立つ時が来たのだ。アイビスで群れから外れるトリオン兵を射撃しつつ、了解と一言、通信に向かって声を上げる。
 
「葵」
「あ、蒼也」
 
 忍田さんたちからの無線を待機モードにし、みかみーが繋いでくれた通信で蒼也とコンタクトを取る。
 風間隊は防衛任務に当たっていたのでそのまま戦闘モードに違いない。イヤホン越しに蒼也たちが移動しているのがなんとなく掴むことが出来た。アイビスで敵を狙いつつ耳だけで彼の様子を探る。
 
「気を付けろ。初動は捉えることが出来て状況は此方が有利となっている。しかし、」
「相手も勝機がないと突っ込んでこないってことだよね? 部隊の現着が確認出来次第、合流する。無理しないで」
「ああ、」
 
 蒼也との通信が切れて再び忍田さんとの通信に切り替わるはずが、思わぬ相手からのコンタクトが来た。
 
「葵。東だが、新種のトリオン兵が居る」
「えっ」
 
 指定された方角に目を向ければ、既に破壊されたトリオン兵から新種のトリオン兵が姿を現したのが確認できた。大きさを考えれば人型に近い印象を受けるもののそれ故に動きやすいフォルムと言っても過言ではない。
 
「アイビスでも破壊出来ない。解析できそうか?」
「(東さんのアイビスでも無理とか装甲が硬いってことか)了解」
「葵! 各隊が新型との接触している。しかし、数が多すぎて他のトリオン兵が禁止区域の外へ」
「それもこなします!」
 
 新種のトリオン兵の情報を聞くに、今までとは段違いと考えても可笑しくはない。しかし、何かしらの弱点は必ずしも存在する訳で、一旦通信を切っていたみかみーに再接続をした。
 
「みかみー、風間たちは?」
「新種のトリオン兵と接触中です。情報の共有を?」
「お願いしとく。甲装が硬いみたいだから菊池原から情報を貰え次第回してもらっていい?」
 
 菊池原のサイドエフェクトは強化視覚。耳が異常に良いことで相手の弱点なども捉えることが出来るのだ。蒼也たちであれば新種トリオン兵の解析がスムーズだと判断した私は既出のトリオン兵たちの殲滅に精を出すことにした。
 蒼也たちの対面している新種が視界の端に映る中、イーグレットを出現させた。
 
「今こそ、実験の成果を試さないとね」
 
 以前、出水に教えてもらった射手のやり方。彼は私が射手に転向するのかと期待の籠った眼差しで見ていたけれど、教えてもらったのには訳があった。
 出現させたイーグレットは普通のそれとは異なる性質を持つ。外観はイーグレットと寸分もないように作られているが、実際は研究の賜物と言えるだろう。
 
「細かいコントロールが苦手だけど、威力だけは保障出来るかも」
 
 通常の人よりもトリオン量が多い私の為に作った専用のイーグレット。
 仕組みは至って簡単で、通常より込めれるトリオン量が豊富なのだ。それによってトリオンを込めれば込める程、アイビス以上の威力を発揮できることもあるし、射程距離も思いのままだ。
 更に、射手と同じように弾を合成することも出来たりする。
 
「アステロイドver.イーグレット」
 
 込めた弾を地上に向けて一気に放てば、纏まって飛び出した弾が大量のアステロイドとなり地上に降り注いだ。
 銃手(ガンナー)は指定された2種類の弾しか撃つことが出来ない。射手(シューター)は自分で操作することで様々な攻撃パターンが可能であるが、センスもトリオン量も必要になる。狙撃手(スナイパー)は専用の狙撃銃型のトリガーを使うしかなかった。しかし、射手程のバリエーションは作り出せないにしても、アステロイドや
などの威力のある弾を一度に撃つことが可能なのだ。
 
「うーん、試作品にしては中々かな。弾数が多くなるからその分手元が狂いやすくなるなあ。練習も必要になるかも」

大量のアステロイドが禁止区域の外へ移動するトリオン兵たちに降り注ぐ。流石に全ての殲滅をするのは難しいようだけど、数さえ減ってしまえばこちらのものだ。
 通常のイーグレットで敵を撃ち落としていれば、屋上の扉が開き、太刀川が来たのが確認できた。
 一旦攻撃をやめてグラスホッパーを使い屋上に立てば、驚いた顔の太刀川と遭遇するのだ。
 
「うわー、葵さんってドSでしょ。禁止区域の外に行こうとしてたやつ、殆ど死んでるっぽいけど。流石、大砲娘」
「それって褒めてないでしょ。と言うか、待機組がなんで此処に?」
「いや、そろそろ来るかなって」
 
 なにを、とは聞けなかった。それは聞かなくても目の前を見れば容易に気付くことが出来たからだ。
 
「本部にイルガーをぶっこんでくるとか、奴さんこそドSでしょ」
 
 太刀川とアイコンタクトを取って、彼は弧月の抜刀。私はアイビスで飛んできたイルガーを撃ち落とした。
 残りの一体は本部の迎撃により本部に直接的なダメージが来ることはない。後続部隊も姿を見せないことから暫くは安心と考えて良さそうだ。
 
「葵さん。菊池原くんより情報です。装甲が厚いのは両腕に頭蓋、背中です」
「ありがとう」
 
 その情報を東さんを始めとして交戦中の面々に伝達するように伝えて、その場で屈伸運動をする。大きく伸びをした私を見た太刀川がいつも以上にあくどい笑顔を浮かべるのだ。
 
「“行く”か?」
「勿論」
 
 メインにアイビス。オプショントリガーでグラスホッパーを発動させた私は太刀川と共に屋上から飛び降りた。
 一か所に留まって攻撃するとか私らしくない。
 
大砲娘、始動
20160515
 
少し修正しました。