烏野高校最終秘密兵器 | ナノ



他者紹介

 
本日の授業も無事に終わりを告げ、腐れ縁である田中に引っ張られるように体育館へやってきた叶はそこで見知らぬ顔ぶれがあることに気付いた。どうやら以前田中が言っていた練習に参加させてもらえなかった新入部員なのだろう。体育館に居る様子から無事に入部を許可されたようだ。
先週の土曜日に練習試合があると田中が言っていた気がしたから、それの結果なのだろう。電話越しに伝えてきたお節介な腐れ縁は酷く興奮した様でその時の事柄を伝えてきた時はケータイを30センチ離して聞いていたように思う。
欠伸を噛み殺していれば、頭に軽い衝撃が襲ってきた。後ろを振り返れば不機嫌な表情を隠さない潔子の姿があった。
 
「ども」
「……部活始まってるんだからしゃきっとして」
「うーっす」
 
やる気の感じられなかった返事が気に入らなったようで潔子は目くじらを立てた。隠れることのない美人な顔貌はどのような表情をしていても栄えるようだ。横目で捉えながら入口に積まれている大量のダンボールを抱えるために屈む。中には新しいジャージが入っているのだと聞いた気がする。
面倒なこともあり体育館の真ん中で盛り上がりを見せる集団に近づく気はなかったが、段ボールを抱えた叶を目敏く見つけた主将である澤村に手招きをされては行かなくてはいけないのだろう。自分の後ろから別の段ボールを抱えた潔子がやって来る。
 
「おい、叶! お前潔子さんに荷物を持たすとは良い根性してんじゃねえか!」
「……」
「無視かコノヤロー。てか、潔子さーん! 今日も麗しいっす、荷物持ちますよ」
「……」
「ガン無視最高っす!」
 
一人で騒ぐ田中を無視して叶は澤村の足元に段ボールを置いた。
ありがとうと言う澤村に一礼をした後顔を上げれば叶を興味深そうに見つめる瞳とかち合う。これが以前田中の言っていた“小さくて元気なの”と“大きくて生意気なの”だろう。
 
「よし、折角の機会だ。叶も自己紹介な」
 
肩を叩いたのは菅原だ。笑顔の奥には新しく入ってきた部員と仲よくなって欲しいのだという思惑が見え隠れしている。
口を開いたものの言葉が思い浮かばずに声が出なかった。元々自己をアピールするタイプではないため尚更だ。しかし目の前の新入部員が目をきらきらと輝かせるのでどうにかして言葉を紡がなければいけないのが妙なプレッシャーとしてのしかかる。
 
「ども、」
 
声を上げた叶を見て満足そうに菅原が頷いているのが見えた。
 
「「ちわっす」」
「……」
「……」
「「……」」
「いや、喋らんのかい!」
 
先程とは違って勢い任せに背中を叩かれた。その正体は田中だ。睨む姿をしばし見ていた叶であったが、思いついたように田中を肩を叩いた。
 
「よろしく」
「えっ、よろしくってなに? なんでよろしくしちゃってんの! 自分の紹介だろ……って行きやがった」
 
恨みがましく叶の背中を睨む田中であったがせっかく入った可愛らしい後輩の視線に耐えれず「あー」と端切れの悪い声を皮切りに、口を開いた。
 
「あいつは叶。俺と同じ2年で男子バレー部マネージャーだ。見たまんまの無愛想な奴で、あー、悪い奴じゃねえんだけど何つーか、とにかく無愛想だな! うん」
「え、マネージャーなんすか!?」
「てっきりレギュラーだと思ってた」
 
田中の他者紹介により明るみになった叶について1年生が驚いたのは無愛想ということよりもマネージャーをしているということであった。確かに身長は高くフィジカル面を考えればバレーをいていても可笑しくはないだろう。事実田中も初めて叶と出会った時はそう感じていたので聞き間違えではないかと思った程だ。しかし、烏野高校のバレー部に入部してから今年で2年目となる今、紛れもない事実を自分なりに解決してきていた。
レギュラーではなかったのかという驚きを交えた視線が当人である叶の背中を射抜くというのに、本人はマイペースに欠伸を噛み殺していた。既に自己紹介から逃げたことを覚えていないのではないかと勘潜ってしまう程だ。
 
「まあまあ、叶のことは追々紐解くとして、取りあえず練習始めるぞー!」
「「おっす!」」
「残念だったなー。今年の一年となら仲良くなれるかなと思ったんだけど」
 
言葉とは裏腹に菅原の声は楽しそうな調子だ。烏野高校男子バレー部イチのマイペースさとコミュニケーション不足な腐れ縁をどうにかして他人と繋げようとする行動は田中にとっても喜ばしいものがあった。ただ、当人がその気にならなければ、周囲がいくら取り上げた所でどうにもならないような気がするのも事実だ。
潔子にバインダーで頭を叩かれている姿を尻目に田中は大きなため息を吐きだした。
根が良い奴であると知っているだけに早く後輩と打ち解けて欲しいと思えてならなかった。
 
他者紹介
20140414