短編 | ナノ



ゆらゆら

 
 
 とぷん。
 放り投げられた石ころは水を割って入るように現れ、水の中に沈み込んだ。
 とぷん。
 二つ目に放り投げられた石ころは先程と同じ位置に落ち、姿を消す。
 名前の後ろ姿はまさに沈み込んだ石ころのようだった。
 
 影山が烏野高校へ進学を果たした。これは少なからず北川第一中学に通い影山をよく知る相手であれば誰しもが驚いただろう。そして思ったはずだ。――なぜだと。
 勿論、影山を本当の意味でよく知る者は直ぐ様察しがついたはずだ。“コート上の王様”と言う大それた呼称の裏に秘められた皮肉の意味は影山を孤立させるには十分すぎる内容であったことを。事実、金田一も高校が同じでないことに少なからず表現しがたい虚無感とほんの僅かな喜びを抱いていた。
 部活以外で影山と直接的な関わりがなかった金田一にとっては部活でのやり取りでしか影山を見ることが出来なかったので、進学先が異なることに対して特別な感情はなかった。しかし、名前と影山が異なった進学先であることに対して思い当たる節があったので、目の前で膝を抱え込む姿が理解出来ない訳ではなかった。
 影山とは同じ学校に通うことは出来ない。それは事実だ。同じ学び舎で学生生活を送ることが出来ない。それも事実だ。
 その事実を受け入れられないことがあったとしても、金田一の知っている名前は強がりな性格もあり決して悲しみを表出しないはずだ。偶然見つけてそのまま隠れるように様子を伺って今に至るが、眼前に広がる光景が未だに信じられない。ただ座っているだけでないと、名前を見てきた今までがあるからこそ、金田一の直感は的確に名前の異変を感知していた。

「どうかしたか?」

 突然の声に名前は肩を大袈裟な程震わせた。咄嗟に振り返るその姿に金田一は目を細める。金田一だけで視界を独占出来たのはもしかしたらこれが初めてかと一瞬でも考えてしまった。

「別に、何もないけど」

 憮然とした態度で告げられた言葉は普段の声色と寸分の狂いもなかったが、一定のラインを割らせない拒絶が確かにあった。
 再び金田一から背を向けてしまったが、小さな手が石を掴むことはない。石を投げる所を見られたくない気持ちも少なからずあるだろうが、真意はまた別にあるに違いないと金田一は踏んだ。それが弱みを見せない名前の意地を張ることに繋がっているのだ。
 
「影山がいなくなって寂しいのか?」
 
 躊躇う間はなく、言葉は滑らかに吐き出された。
 名前からの返事はないが、息遣いも何も聞こえない独特の張り詰めた空気が本人よりも正確に答えを導き出している。
 
「残念だったな」
「確かにね。……けど、あんたに言われる筋合いはないけど」

 いつもは適当にあしらうだろう金田一の言葉を名前は受けとめた。そればかりか刺のある言い種に金田一は眉を寄せた。名前の言葉を不快に感じたからではなく、名前の言葉によって確信をより強く持つことが出来たからだ。いつもと一癖違った名前。そんな名前に大きく影響している人物の影を言葉の尾びれで掴んでしまったのだ。金田一は内心狼狽えた。
 今の名前に影山というワードが禁句であるのに、なぜ告げてしまったのか。名前の中に潜む気持ちを聞いて良い気がする訳ではないのに、なぜが、言ってしまった。言わなければいけないと咄嗟に考えてしまった。……それが金田一を否定することに繋がったとしても、言わなければ影山のことばかり考える名前に気付いてもらえないと考えたのかもしれない。

「馬鹿だな」

 プライドが高い相手に向ける言葉でなかったが、金田一は言った。その言葉で名前が金田一に掴み掛かろうが殴ろうがどっちだって良かった。らしくもなくぐずぐずしている名前に言ってやりたかったのだ。
 去った人間よりも眼前の人間を考えろと。何のためにこの場に金田一が居るかを考えて欲しかった。
 
「……」
 
 名前は金田一の予想に反して何も言わなくて、掴み掛かかったりする行動は起こさなかった。ただ金田一を見た後、軽く眼を伏せて地面を見た。ただそれだけであった。
 
「……馬鹿でも何でも構わないよ」
 
 どれだけの間があっただろうか。名前が言葉を発するのに暫らくの時間を要した。
 
「馬鹿だと言われても仕方ないと思っているのは私自身も同じだからね。……けど、馬鹿をしていたいんだよ。金田一には分からないかもしれないけど、あのバカが好きだったかね」
 
 名前の言葉は静寂な空気が下りている今、水の中に石を投じたような影響があった。先程投げていた石と違うことは、金田一の中に浸透して取り込まれてしまったことだろう。
 
「そか、」
 
 何も言えなくなるとは正にこの事を指すに違いない。どこか儚くて、けれどしっかりとした軸を兼ね備えている名前に金田一は言えなかった。名前を好きだと、名前が影山を思って馬鹿になっているのなら、金田一も馬鹿に違いないのだと、様々な感情を纏った表情を見たのが最後だ。想いの深さを再確認したので何も言うことが出来なかった。
 名前は金田一に背を向けて、転がっている石を蹴った。遠くまで飛ぶように思われた石は手前で鈍い音を立てて沈んでいく。
 とぷんと、石が作り出す波紋が名前に見えて、金田一自身にも見えた。

ゆらゆら
(きみが揺れる)
(ぼくも揺れる)
20140407
昔の作品引っ張り出してきました。