短編 | ナノ



初恋を拗らせてしまった



 今日は名前さんの誕生日らしい。人づてにしか聞けなかったイベントに俺は目を丸くして大層驚いたものだ。確かに俺と彼女の間には2年の月日とそれに伴う学年の差がある。接点も俺が中学に引き続きバレー部に入部を決意し、彼女が主将(キャプテン)の幼なじみでバレーを観ることが好きでなければ無に等しい。接点を増やそうとやきになる俺の努力がなければ平行線。つまりは全くの他人で終わっていただろう。
 名前さんに初恋を抱き、惹かれて懐く後輩を演じて常に傍を離れなかった。それが昂じて今の“仲の良い部活の先輩後輩”を築き上げるのだから俺の努力を知ってもらいたい。

「誕生日とか聞いてないんですけど」
「お前が知っているとばかり思っていたけど」
「不確かな時はもう一回言ってよ岩ちゃん!」

 接点が少ないから誕生日を知らなかった。これは言い訳になるだろうが、岩ちゃんと言う同じく接点が少ない人間が居るのだからみっともない言い訳になる。
 名前さんのことなら何回でも聞くよ、俺。続けて言えば岩ちゃんは悲痛な叫びと捉えたようで、小さく謝りの言葉を紡いだ。そりゃあさ、俺も岩ちゃんに八つ当りしているなと思うけど、これは致し方ないんだよ。八つ当りに仕方ないとかあるのかは分からないけれど、少し離れた所で祝福を受ける名前さんの姿を見たら嫌でも八つ当りしてしまうし、今日の持ち物を考えてしまう。財布の中身は五百円とちょい。今から部活が始まるし俺は完全にタイミングを外したのだ。

「どうした及川」

 主将が隣に名前さんを連れて此方にやって来た。その隣を譲ってほしいと思いながら岩ちゃんの言うおめでとうの言葉につられて頭を下げた。
好きな先輩の誕生日も知ることが出来なかった俺ってどーなのさ。誕生日を知っていたら何か出来たんじゃないのかとぐるぐる考えてしまう。何をあげるのかとかぱっとすぐに思い付くことは出来ないけど、少なからずないよりは良いんじゃないのだろうか。
 岩ちゃん、そして俺を見て名前さんは笑みを浮かべた。かわいいなんて何時も連呼する俺も今日は中々切り出せないでいた。

「今日は元気ないね、及川くん」
「え、ああ、そんなことないです」
「そう?」

 彼女が握り締める鞄と共にある袋たち。誕生日特有の派手な紙袋たちにぐうの音も出ない。名も知らない人たちに完敗だ……! これならコンビニで買ったチョコレートですら昼に食べなければ良かったと思えてならない。
 部活を抜け出す訳にもいかないのでプレゼントは遅れることを伝えよう。一歩名前さんに近づいた時、足が思っている以上に上がらなくて地面に躓き、俺の身体は意志に反して彼女の方向へ傾いた。

「痛ッ」
「おおー、及川やるなあ。ちゅーしろちゅー」
「感心している場合じゃないっスよ主将! 名前さん大丈夫」

 主将と岩ちゃんの声が先程よりも遠い距離から聞こえるが返事は出来ない。それどころではないのだ。俺の鼻先と名前さんの鼻先が触れ合う程の距離でもう一回衝撃が襲い掛かれば俺は彼女と触れ合ってしまう。それほどの距離だ。
 名前さんはきゅるんとした瞳を薄い目蓋で数回覆った後、今の状況が読めないようでどこか呆然としている。一歩の俺は彼女を挟むようにして地面に着いた手が身体の全体重を支えるのだから腕がじんじんと痺れる。名前さんの柔らかそうな唇が僅かに開いた。ああ、勢いに任せて食べてしまいたい!

「お、及川くん?」

 離れなきゃ。けど、もっと傍に居たいし見つめていたいし離れたくない。そんな思いが入り乱れて、俺は行き場のない感情から脱しようと無意識にへらりと笑った。

「た、誕生日プレゼントは俺とかどうですか」

 結論から言えば、この後、場になんとも言い難い空気が流れたことと、名前さんの耳がほんのりと赤かったことを見逃した当時の俺は、約1週間くらい彼女に避けられて泣きを見ることになったのだった。
 
青臭い及川くんがすきです。
20130806