短編 | ナノ



その愛、糖度100%

 
※料理系男子菅原×年下
 
 
 
 “菅原先輩が料理上手”それは付き合う前から表面的だけど知っていた。ある時はクラスメイトの日向から、またある時は本人やその周囲に居る友人である先輩たちから聞いたことがあった。けれど、具体的にどう上手であるのかと私が正しく認識したのは付き合ってすぐのお昼休み時間だ。
 弁当は俺に作らせて。そういう先輩はそこか誇らしげで、得意げだった。咄嗟に先輩が料理上手であったことを思い出した私は彼の作る手作り弁当に胸を躍らせたのだ。
 私の食事量に合わせたサイズのタッパーに詰められた色とりどりのおかずたちや、小さく握られたおにぎりを見た瞬間、私の旦那は先輩しかいないとまで考えてしまったのだ。冷めた弁当なのに今にも匂い立ちそうなおかずは目の錯覚か湯気が出ているように見えた。美味しいお弁当も幸せであったけど、先輩がそのお弁当を私の為に作ってくれたと考えることが何よりの幸せだったのだ。それから、毎日先輩が持参してくれるお弁当と、先輩と並んで食べることの出来る昼休み時間が学校のある平日の生き甲斐とまで言えたのだ。
 
「今度の休日さ、部活休みなんだ」
「へー」
「だからデートすっべ?」
 
 いつもの昼休み、お弁当に舌鼓を打つ私を襲ったのは衝撃と羞恥心だ。付き合って日は浅くなかったけれど、お互いの部活が重なり中々フリーな時間が取れずにいたのだ。
 突然の告白にムセ込みそうになる私の背中を優しく摩った先輩は薄らと頬を染めて窺うように私の様子を見る。そんな可愛らしい彼の仕草を見て誰が断れるというのだろうか。二つ返事で私は頷いた。デートは何がいい。どこへ行こうか。その日の昼休みの時間を使って悩んだあげく、ベターなピクニックという形に落ち着いた。
 
「よし、」
 
 デート前日の午前2時。夜中と言える時間に起きて意気込む私の目の前に広がるのは色とりどりの食材。デートをピクニックと決めた理由はいつも美味しいお弁当を作ってくれている先輩に少しでも女子力をアピールしたかったのが大筋の狙いだ。友人たちに自慢の彼だと豪語した所、私の女子力はどこへ注がれているのか聞かれたのがきっかけだったりする。彼の作る手料理が美味しすぎて自分で料理を振る舞う機会が無かったし考えたこともなかったこともあって、私は自分が先輩に女子らしい所を見せていないことに嫌でも気付いてしまったのだ。
 首を傾げる彼に事情を伝えれば楽しみにしているといつも通りな王子様スマイルを浮かべて私の頭を撫ぜた。そんな姿を見て意気込まないとと思う反面、震える手で包丁を入れたのは人参ではなく自分の指で、食い込むそれに気付いた母親が金切声をあげるのはそれからすぐの事だ。
 
「可笑しい、脳内のプランは完璧なのに」
 
 色合いを考えて詰めるはずだったお弁当は事前に絵まで描いて計画していたのに、肝心のおかずが何一つ作れていない。そうしている間にも時間は一刻一刻と待ち合わせ時間に近づいており、初デートだと意気込んで準備していた洋服に腕を通すことに気が滅入ってしまう。愉しいデートの一角には私のお弁当があったのだ。意地を張って料理が出来ると言ってしまった手前、後には引けないが、それで先輩を待たせてしまう訳にはいかない。
 沈む気持ちを隠しきれないまま準備をしていれば玄関のインターホンが待ち人の存在を示す。のぞき窓から外の様子をみれば、そこには私服姿の先輩が立っていたのだ。
 
「スガさん!」
「待ち合わせ場所決めてたけど、来ちゃったべ」
 
 扉を開けてみればいつも通りの笑顔を浮かべて先輩が居た。その笑顔も、昨日のお弁当を期待しているというやり取りを考えれば居心地が悪く感じられる。
 
「名前なんかあった?」
「え、」
「なんか元気ないなあって」
 
 お弁当が何一つ完成しなかったことを早く伝えなければいけないと焦る自分が居るのに、料理が上手な彼にその事実を伝えた後の反応が怖い。避けるように交わっていた視線を外した私の行動を目敏く感付いた彼は首を傾げる。
 
「もしかして体調悪い? あー、えっと、あの日だとか」
「あ、いや、そんな訳じゃないんですけど」
「けど?」
「お弁当……上手く作れなくて」
 
 尻すぼみになった言葉は自分でも聞き取れない程に小さな声だったのに、目の前の彼は相槌を打った。そして次には怒る訳でも呆れる訳でもなく、吹き出すように小さく笑ったのだ。
 
「まさか名前がそんなことで悩んでるなんてなあ」
「私にとっては大事なことだったんです!」
 
 笑い飛ばすように軽い調子で言う彼の考えが読めなくて、思わず強気な発言になってしまったけれど、先輩は顔色一つ変えなかった。
 
「けど俺のために作ってくれたんだろ。それなら食うよ、俺」
 
 取ってきてと背中を押されてキッチンに戻った私はおかずが足りなくて偏った色ばかりのお弁当を持って玄関へ戻った。
 
「これです」
 
 改めて好きな人にみせた自分のそれが今まで見たどんなお弁当よりも不格好で、先輩の反応ばかり伺ってしまう自分が居た。見る前は笑っていたけれど、こんなに料理が出来ないのだと呆れたらどうしよう。考えれば考える程に泣きたい気持ちになったけれど、先輩はそんな私の心情を知ってか知らずか、おかずを一つ摘まんでそのままぱくりと口へ運んだ。
 
「うん、形は不格好かもしれないけど、火も通っているし、味付けも良い感じ」
「!」
「名前の手料理もっと食べてみたいな」
 
 目を見開く私を見て、にっと無邪気に笑ってみせた先輩はいつものように大きな掌で私の頭を撫ぜるのだ。
 
「これからは一緒に料理しような」
「っ、はい!」
 
その愛、糖度100%
 
昔書いたやつ。あみだくじで当たった結果その1。