ヴァージン・ブルー――もう少し話そうか。 きっかけはそんな会話からだったのように思う。 昼間から普段、彼が行かないようなカラオケやバッティングセンターに連れまわした後、次の日が休みだからという理由でごじつけ、ずるずると今まで会話を繋げた。 面白くて笑ってしまい、次々と弾んだ会話に終わりは見えなくて、結果としては冬を彷彿させる寒空の下、二人で肩を並べてベンチに座る今があったのだ。 終電までだと告げた言葉に嘘はなかったが、彼との時間が今の今まで共有出来ている事実を喜ぶ私自身にも嘘はない。 「終電逃しちゃったなー」 「そうですね」 「蛍くんと話すの楽しいから」 元々口数の少ない彼が口を噤んだのを見れば少しだけ笑えてしまった。 蛍くんがいつも以上に口数少なく緊張している理由を容易に察してしまったからだ。 夜中の駅前。ベンチに座った男女を傍目から見れば不審に思うだろう。実際にすぐ傍にはラブホテルも見える訳だし、一般的な“恋人”であればそちらへ足を向けるのが通説というヤツだ。 しかし、私たちの関係は友人の枠に当てはめるには少々窮屈で、恋人という枠に当てはめるのであれば色気のない関係であると言うのが適当であった。 彼と出会い、今のように会って遊んだり話したりする関係になったのは何時からだろう。年齢の差、共通の趣味もなかったのにも関わらず、会えば会う程に惹かれる私が居たのだ。 「今日楽しかったね」 「そうですね」 なるべく彼が乗ってくれやすそう話題を選んで口を開いた。 私が今まで培ってきた恋愛観で言えば、年下の男は恋愛対象外であった。 年上の利点は上げることが出来るけれど、年下の魅力が分からない。年上の余裕と会話がテンポ良く進むことに心地よさを覚えていた私は、年下と共に過ごして感じる僅かな会話のズレであったり、私自身が年上であることに対してのプライドや偏見が不満であったのだ。 ――しかし、隣に座る蛍くんは違った。 元々の性格もあるのだろうけれど、彼の落ち着いた物腰も、真面目な表情から僅かに崩れた笑顔も好きだと言えたのだ。 日に日に増していく感情の波を私は“恋”だと気づいた。けれど、それを当人に打ち明けるかという問題になった時、年上としか恋愛経験がなく、今まで体験したことのない感情に恐怖すら抱いてしまうのだ。 女性経験が少ない。以前の彼はそう言っていた。その様子が微笑ましくて、愛おしく感じる私を友人に伝えれば、きっと口を大きく開けて笑うのだろう。 誘われればそのままにベッドへ縺れ込んだ男の数も彼の比ではないのだから。 「明日も学校だっけ? 遅くまで突き合わせちゃってごめんね。タクシーもう来るかな」 彼との時間を大切に思いたくて、今までの経験に頼らないことに決めた。それが蛍くんとの歩幅を合わせたいと思う私なりに考えた結果だった。 今日はいつも以上に時間を共有でき、普段見ることの出来なかった彼の一面もみれた。あまり拘束しすぎると学生生活に支障をきたしてしまってはいけない。立ち上がろうとした私を引き止めたのは蛍くんの手だ。彼の手が咄嗟に私の手を掴む。 じんわりと伝わる彼の熱にざわりと私の心は騒いだ。 「あの、名前さん」 街灯に照らされた彼の髪は透ける輝き、その隙間から見える耳が赤く染まっていた。返事をしようと口を開きかけた私に畳み掛けるように、彼は足早に言葉を紡ぐのだ。 「名前さん、好きです。よかったら付き合ってください」 口を突いた言葉は予期していない言葉で、空いた口が塞がらないとは正にこのことであった。 蛍くんは私を見ていたものの、急に視線を逸らした。じわじわと赤くなる彼の頬を見て、自分の頬まで赤くなる音を聞いたように錯覚してしまう。 「本当は次遊んだ時に言おうと思ったけど、もう少し一緒に居たくて」 「……私でいいの?」 「名前さんだからですよ。……出会った頃から決めていました」 蛍くんと時間を過ごして嬉しい時も、面白く可笑しかった時も共有してきた。けれど私の独りよがりな気持ちであったものだと思っていただけに突然の告白に目を剥くしたなかったのだ。 彼の照れた表情や瞳の奥に潜む感情が自分の感情と酷似していることに気付く。 ……もしかする と、蛍くんと私自身にも言えた言葉なのかもしれない。 「私、年上だよ?」 「その基準で言うなら僕は年下だ。けれど、」 彼は言葉を紡いだ。 けれど、男だからこそ車道側を歩いたりし、食事代も払わなければいけない。なけなしの恋愛知識や男としてのプライドを先行してしまっていた自分に緊張を解きほぐし、待ってくれていた私に惹かれたのだと。 「こんな僕でもいいですか」 ヴァージン・ブルー 街灯が灯る夜中の駅前。 ベンチ前で私の前に立つ彼に向けた返事は一択しか残されていないと言えた。 友人の話を聞いて年下最高だなと思ったので思うがままに書いてみた。80%ねつ造。20%実話。 20151005 |