短編 | ナノ



君の言う懐かしさは、ただの繕いだ


 
 雨が降った。
 久し振りに高校の仲間と会うべく立案された同窓会の日だ。
 俺は仕事の都合で遅れての参加となり、この日の為に準備をした一張羅を着ることが出来ないくらい時間に追われていて、また、疲弊していた。連日の残業に加え、新社員であることによる気配りと張り詰めた神経はストレスにより細くいつかは切れてしまいそうな程だ。しかしそれも今回の旧友たちの話を聞けば心当たりのある内容ばかりで、同じ年代なりの苦労をお互いに繕い合うことはなかなか楽しいものがあった。
 グラスを掴んだまま俺らのテーブルは久しく見ないクラスメイトに囲まれる。中には面白い成長をしたものだと意外性を発揮したヤツが居れば、あの時のイメージをいつまでも意識して成長をしたヤツだって居た。
 そんな中、俺は注がれたビールのグラスを透して女子を見た。あいつは何一つ変わらない。ただ服装が制服じゃなくて私服であったりほんのりと色付いた頬が高校の時とは違って大人らしくさせた。
 あいつとの関わりは高校3年間で考えれば一握りのように感じられる。それでも時間に反した出来事は沢山あって、高校でとても大切なことであった。
グラスを透して視線が交わった。反射的に微笑まれた表情が歪んだ見えた。

「久しぶり」
「ああ」

 立ち上がったと思えば此方にやってきて俺の隣に座る。賑やかな会場なのに隣にに座るあいつの声がやけに響いて聞こえた。酒のペースが早かったのかもしれない。眉間を親指で押せば、隣のあいつは笑った。

「飲み過ぎ? まだ始まったばかりだけど」
「あんま強くねえんだよ」

 噛み付くように言う俺をみてあいつはまた笑った。そして俺の手を取って眉間をまじまじと見つめる。

「クロはいつも眉間に皺を寄せているから今も変わらないよ」
「お前なあ、」
「懐かしいね」
 
 目を細める姿も相変わらずだ。俺は何も言わずに視線を逸らした。
 確かに俺たちは付き合っていた。しかし、誰にも明かしたことのない関係だ。俺たちが憶えていなければそれすら無いものとなる。あいつの瞳に滲む懐かしさは流れた関係を受け入れた証拠だ。

「二次会行こうぜ」

 幹事たちの声に我を返り俺の手を離したあいつはゆっくりと立ち上がって靴を履きに行くので、後頭部を掻きながらつられて立ち上がった。
 あの時もし、去る後ろ姿に手を伸ばして掴んでいたら、何かが変わったのかもしれない。あの時もし、声を掛けて引き留めれば、何かが変わったのかもしれない。目に映る後ろ姿を見て不意にそう思った俺は、手を伸ばして声を掛けた。

「まっ――」

 やり直すことが出来るのなら、俺はまたやり直したい。あの時とは違う。自分のすきな事以外にも目を向けることが出来る、お前を今度こそ大切に出来る。だから、

 靴を履いたあいつは傘立てからオレンジ色の傘を取り出した。白いドット柄のそれは、俺の傘じゃない。まだ付き合う前、下心もあって傘を持っていないというあいつに無理やり押し付けたのは黒くて如何にも男性向けの傘だ。女子が決して持たないだろうそれを付き合ったその日からあいつは喜んで使っていた。黒くてクロで、俺といるようだといって恥ずかしそうに笑ったのだ。
 あいつを掴もうとした手は空を掻き、目を細めて後ろ姿を見つめた。
 
 促されるまま出た外は未だに雨が降っていた。
 鮮やかな傘を差して薄暗い空模様の下、旧友たちに混じって歩き始めるあいつ。
 そう言えば、別れを切り出されたあの日も雨だったと考えて、俺は無性に泣きたくなった。
 
hypnosさま提出
20130624