短編 | ナノ



無邪気な出来心


正月企画 匿名さまリクエスト
 
 目が合った時だけ挨拶をして、それ以外の接触は基本的にナシ。そんな関係は傍から見ればどんな名前が付くのだろうか。
 自分でも明確な名前を持ってないと言い切っても過言ではないくらい、俺と彼女の関係は淡泊で素っ気ないものだった。
 
「あ、おはよう」
「……おはよう」
 
 ばったり出会った下駄箱前で取りあえずお互いに軽く会釈。彼女、苗字とのやり取りは一日にそう何度も訪れることはない。一日中、全く絡まない日もあるのだからやっぱり彼女との関係に名前は付けられない。
 教室が同じ方向にあるからと言う理由だけで並んで歩くものの、そこに会話らしい会話はない。けれど、それでも気まずいと思わないのだから不思議だ。目が合った時だけ挨拶をする関係はクラスメイトと呼ぶには淡泊すぎて当てはまっていない気がするし、初対面と言う訳でもない。それでも、俺は彼女と居るこの時間に一度も気まずさを覚えていなかったのだ。
 他の女子と違って俺の扱いに長けているからではないだろうか。自称彼女をよく知ると言うマッキーはそう推測しており、確かにそうかもしれないと思う自分が居る。他の女の子たちのように好意を抱いている訳ではなくて、ただの“同学年の男子生徒”として扱ってくれる彼女の隣は居心地が良いのだ。岩ちゃんやマッキー、まっつんと並べても良いくらいに。
 
「そういえばさ、」
「え、なに」
 
 聞き零しそうになった声を慌てて掬い上げる。階段を上る速度を緩めることなく、彼女は俺に話しかけたのだ。
 
「岩泉って、人気ある?」
 
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ俺に関する話題でも飛び込んでくるのかと思えばまさかの岩ちゃん。何に対しての人気なのか質問だけでは分からないのに、女の敵だと周りに言われる俺はすぐにそれが恋愛に対しての好意であることに気付いてしまい押し黙った。
 岩ちゃんは人気があるともないとも言い切れない。本人はモテたいらしいけれど、周囲の好意に気付いていない彼はモテない部類に分類されても可笑しくはないだろう。彼女からしてみれば岩ちゃんも俺と同じ他人のポジションなのに、どうして彼女は俺に聞くのだろうか。
 押し黙った俺の姿を可笑しく思ったのか、彼女は視線を一度だけ此方に寄越した。そして、慌てて言葉を紡ぐのだ。
 
「あ、いや、変な意味じゃないんだけどさ、クラスでそんな話になっていたから」
 
 周りからの意見だと聞いて安堵する俺がいた。彼女が気になったから聞いたのではないかと思うと肩の力が抜けるのに気づく。知らず知らずの内に気を張っていた事実を遅れて知ることになったのだ。
 
「もしかして及川、あたしが興味あると思った?」
「!」
「そんな顔してる。分かりやすーい」
 
 彼女が笑ったのを初めて目の当たりにしたかもしれない。いや、冗談とかそんなの抜きで。
 だって俺らは笑い合うような関係性ではないし、今日もたまたま下駄箱で鉢合わせただけだったのだ。今だって隣を歩いているのも行き先が同じだからで、偶然が重なった結果と言えた。
 俺の顔を見て笑う姿は正直かなり失礼だけれど、歯を見せて笑う姿を見れば俺までつられて笑ってしまう。……分かりやすいと言われたのはかなり不服であるけれど。
 
「私が興味ないって知って嬉しそうだね、及川」
「……苗字チャン。ちょっと図に乗り過ぎだけど」
「あは。けど事実でしょう?」
 
 此方を伺うように苗字は俺を見た。この時俺は初めて彼女が人を茶化すのが好きな子であるということに気付く。
 相手の出方を見て面白がる性格だ。質が悪いと言えばそれまでなのに、自分と似通った性格だと分かれば話が早い。
 
「まさか俺の好意が君にまで伝わっていると思わなかったよ。名前チャン」
 
 彼女の片眉が吊り上るのを見て今度は俺が笑う番だ。
 気付けば言い合いに発展していて、けれど今までは挨拶以外は点で話すことがなかった彼女との会話が思ってもいない方向に広がっていくのが楽しくて仕方ない。教室を前にしても話題は途切れることがなく、マッキーが遠目から面白い組み合わせだと言いたげに此方を見ているのが少し誇らしげだった。
 
無邪気な出来心
 
…………
匿名さまリクエストでした。
どっちつかずな距離ってその後の展開を期待できるので大好きです。
リクエストありがとうございました。
20150214