短編 | ナノ



赤い糸はハサミで切れるのか

 
 初めて彼女を見た時、息が止まった。我ながらベタな表現しか出来ないのを悔やむけれど、彼女を正面から見た時に、ああ俺の求めていた人はこの人だと漠然とした確信があった。
 緻密に計算した会話を紡いで、彼女からすれば“偶然”だと説いても可笑しくない出会いをした。一つ一つの仕草だとか、座る時の距離も徐々に縮まり、十分な手応えを感じていた。
 今までに増して彼女は俺の前でも無邪気な笑顔を見せて、向ける視線は熱を帯びたように思う。だから、勘違いをしていたんだ。
 
「赤葦くんに一つ相談があるの」
 
 ある日、唐突に彼女はそう言った。
 
「私、好きな人がいるんだけど」
 
 続けられた言葉はどんなに期待し、欲していた言葉とも違った。
 頬を染める姿は自分が告白をした時に見る光景だと思っていたのに、彼女の心は既に他の男の元へあるそうなのだ。
 痛いくらいに胸を焦がす焦燥感と醜い感情がごちゃ混ぜになった。矢継ぎ早に告げられていく告白の数々は相手への想いと経緯で、聞きたくもないのに彼女の中では“仲の良い友人”となってしまった俺は耳を塞ぐ術を失っていた。
 
「けど、彼には好きな人がいて、……私、どうすればいいのかな」
 
 みっともない位に俺の心をずたずたに引き裂いた彼女はその言葉で締め括った。
 相手にも好きな人がいるのを知ってどうすれば良いかなんて、俺が知る訳ないじゃないか。告白する前に振られているなんて俺も同じだ。
 荒れた内心とは裏腹に、俺は口元を緩めて“大丈夫”だと言葉を掛けた。そうすることが彼女にとって一番良いことを知っていたのだ。何が大丈夫なのか自分でも分からないのに、肩に手を置いた俺を見て、彼女は目尻を下げて笑みを滲ませた。
 
「そいつが好きなんだな」
「え?」
「優しい顔をしている」
 
 瞳に映る姿は自分と同じ相手を思う姿だ。何も知らない男より、俺にしておいた方がいいと寸前まで出かかった言葉を無意識に飲み込んだ。相手を思う気持ちの深層を知ってしまった今、俺も彼女と同じように告白が出来ずにいたのだ。
 
「赤い糸とかあればいいのになあ、」
 
 彼女は小さく呟いた。独り言とも取れるそれに賛同したくなったのは、ある意味で彼女と同じ心境に居るからなのだろう。
 
「違う相手と繋がっているのなら、切れたらいいのに」
「あ、それ私も思った!」
 
 命題――赤い糸はハサミで切れるのか。
 欲を言うならば、切った糸と糸を繋ぎ合わせることが出来れば良い。
少しだけ気が晴れたのだろう彼女の瞳が俺を映すので続きは心の中で押し留めることにした。
 
いつか、もしくはある日のはなしさま提出
20141015