短編 | ナノ



君を巣食うのは僕でありたい

 
?赤葦くんバス通学設定
描写しかない

 からりと乾いた晴れを毎日運んでくるのは季節が夏だからだろうか。
 駅から住宅街や学校方向に発車するバスは、早朝ということもあってか、ぽつりぽつりとしか人がいない。外を賑わす蝉の音を遮断する長方形の乗り物は、そんな僅かな人を乗せて毎日決まった時間に運行されていた。
 冷房の効いたバスの中、一番後ろの角に座るのが俺が学校に通い始めてからのお決まりとなっていた。早朝のこんな時間帯に乗る相手となれば幾分か限られている訳で、俺の他には歳を重ねた老夫婦とスーツを着た会社員の男性、そして女子高校生が専らの顔ぶれだ。遅刻や休日祝日でなければ大抵この面子で構成されるバスに揺られて十数分、俺は自分の通う高校へ辿り着くのだ。
 駅で乗り込んだ俺は少しの間バスに揺られ、一つ目のバス停で乗り込んだ女子高校生を見た。綺麗に揃えられた自然な茶色の髪を持つ彼女は俺より後に乗車して、下車するのだ。俺たちの高校ではない隣の高校に通う彼女は学校の名に恥じない気品と落ち着きさを払っていたのだ。
 有名私立女子高校、彼女はそこに在学中らしかった。折り皺のないチェックのプリーツスカートを抑えて俺の斜め前の椅子に腰かける姿はいつも通りで、その横顔を素知らぬ顔で眺めるのが彼女を知ってから俺の中で定着した早朝の日課であった。
 ケータイを弄る訳ではなく読書をする訳でもない彼女は目的地でバスに揺られているだけで、初めて見た時は眠たいのかと考えていた。朝練がありほぼ強制的に徴収の掛かるウチとは違い、彼女は運動部とはほど遠くかけ離れたように思えたので、何か理由があるのではないかと思えた。なので、早朝という時間帯の一瞬でも夏から逃れる此処で眠気が襲ってくることは頷けたのだ。
 しかし、彼女を見る機会が日に日に増すにつれて、ただ茫然としているだけではなく、窓から外の様子を見ているのだということを知ることになった。窓に反射して映る彼女の瞳が風に流される雲を追うように時折動く姿を見て取れたからだ。
 少しだけ背凭れに寄り掛かるものの姿勢を崩さない姿は視線の動きに気付かなければ人形のように思えた。見れば見る程に気品と落ち着きさのある彼女が気になり、背徳感を覚えつつも毎日様子を伺ってしまうのだ。
 そしてまた、今日も彼女はいつものバス停で乗車し、いつもの席に腰かけた。いつもは此処で彼女の様子を見るのだけれど、今日はいつもと様子が違うことに気付く。
 
「(ケータイ、)」
 
 握り締められたそれは彼女がバスに乗っている間、一度も見たことがなかったものだ。持っていないのかもしれないと今時の高校生にしては珍しい可能性を考えていたりもしたが、ピンク色のそれを握り絞める手が僅かに震えていることに気付く。
 はたと我に返って顔を上げた。俯いているのか茶色の髪が暖簾のように垂れ、彼女の顔を意図的に隠したのだ。
 
「(泣いてる――?)」
 
 華奢な肩が、全身が震え、彼女の変化を無言で訴えかけてくる。いつもなら窓に視線を奪われる凛とした姿が見れるのに、今日ははやり様子が可笑しい。静謐なバス車内で聞き耳を立てるけれど、嗚咽は聞こえてこない。僅かな揺れがバス特有の揺れであるのかと錯覚してしまう程だ。
 座っている位置を少しだけズラして前屈みになる自分が居た。少しでも今の彼女を知りたい一心で身体を動かしたのだ。薄ら唇を開いたものの、此処がバスの中で斜め前に座る彼女が全くの他人であることが歯止めとなりそれ以上開くことはなかった。
 もしかすると自分の思い違いかもしれない。彼女はいつも通りで、たまたま今日だけケータイを握りしめているのかもしれないのだ。震える理由を考えてみても様々あるように感じられる。もしかしてと、一方的な憶測で彼女と誰かの人間関係を考えた時、自分が彼女のことを立ち入って知ろうとしていることに気付き、言い様のない羞恥心が込み上げてくる。赤の他人である自分の憶測は彼女にとって“迷惑”なのだ。ただ目的地のある方向が同じで、向かうための手段としてバスに揺られている一人の乗客として存在する自分は彼女にとってただただ“迷惑”なのだ。
 次に俺を襲った感情は漠然とした絶望だ。自分の瞳に映る彼女がまるで自分を拒絶するかのように俯く。俺と彼女、希薄な関係が露骨に浮かび上がり、俺は心配すらさせてもらえないのだと知る。
 バスが停車して、俺はゆっくり立ち上がった。動かないバスの中でも彼女は僅かに震えていた。
 何も言えずにその場を横切り、運転手に定期券を提示する。開けられた扉から蝉の音と乾いた暑さを孕んだ夏が両手を広げて俺を出迎えた。
 エンジンを掛けてゆっくりと発車するバスを見送った俺は、窓に映らない彼女の姿を想い、嘆くのだ。
 
君を巣食うのは僕でありたい
 
バスで乗り合わせる彼女に関心が向き、それが自然と親近感、或いは好意に摩り替わる。ふとした時に自分の存在は彼女にとってただの他人であることを再認識して一方的な親近感が迷惑であることを知って落ち込み、近づくきっかけすら作れない赤葦くんです。
これぞ、片思い。
20140801