Trick or treat
「………なんだそれは?」
「何って、ハロウィンだよ」
キッチンの床に座り込んで背中を丸くしているナマエの背後から、ミホークはその手元を覗き込んだ。 ナマエが先刻から格闘していたらしき物体はナマエの腕で一抱えほどある大きなカボチャで、中身はくり抜かれ正面には目鼻の形に切り込みがされている。 なるほど、そういう季節だったなと、ミホークは作りかけのジャック・オー・ランタンと楽しげに細工を続けるナマエを交互に見た。
「中身はプディングとかにしようかと思ったんだけど、美味しくないらしいんだよね、このカボチャ。勿体無いけど、プディングはそっちのおいしいカボチャでこれから作んの」
「そうか」
「邪魔しないでよ、ミホーク」
邪魔どころかそもそもさして興味のない物である。 どちらかといえば興味のある『食べる方』のカボチャをミホークは手に取った。
『何が楽しいのやら』
カボチャの口を刳り貫きに掛かっているナマエを背後から見下ろし心の内で呟く。 口に出そうものならナマエの機嫌を損ねかねない。
「おい…ナマエ」
「なぁに」
ジャック・オー・ランタン作りが佳境に入っているせいか、ナマエはミホークの呼びかけに顔も上げず、返答も酷くいい加減なものである。 それがどうも気に入らない。
「ハロウィンと云うものは、アレじゃないのか」
「アレって……ミホーク。指示代名詞が多くなるのは老化の証拠って知ってた?」
「『Trick or treat』」
確かに10年以上歳の離れたナマエからすれば歳なのかも知れないが老化というワードはあまりにも酷い。
「まぁ…でも一応知ってたんだね、興味ない事はとことん知らなそうだから、ミホークは」
それは間違いではない。
「菓子は強請らんのか?」
「ミホークにお菓子強請ったってなんも出てこないの知ってるもん」
……確かに。 しかし、どうにも面白くない。
背後でミホークが人知れず仏頂面になっている事を彼女は知らない。 ミホークは手にしていたカボチャをキッチンのカウンターの上に静かに置くと、床に座り込んでいるナマエに手を伸ばした。
「──悪戯するぞ」
ミホークの手がナマエの顎に掛かる。 そのまま上向きに仰がせて口吻けた。
「──お菓子ならあげるのに。子供みたいな事すんな」
唇を離せばギロリと睨みつけるナマエ。 10年以上離れている小娘に子供扱いされたミホーク。 ますます面白くない。 ここはもうちょっと良い雰囲気になる処じゃないのか。
「今は忙しいの。手元狂ったらどーすんだよ。そう云う事は後で」
後で?
「退屈ならそこ座って大人しくしてて」
「後でなら良いのか」
「ヤダっつったら我慢するの?」
「しない」
「──じゃぁ今だけは我慢して。忙しいんだから」
「……『後で』は我慢しないぞ」
「はいはい」
ナマエはカボチャとの格闘を再開する。 ミホークは黙ってキッチンのスツールに腰を下ろした。 本当に座るとは思わなかったナマエはカボチャの口を刳り貫きながら僅かに微笑む。
ああもう、どっちが子供なんだか。
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