放課後に屋上に来る人間なんて殆どいない。
それが2者面談なんてかったるい行事の後なら尚更だ。
もっと周りと仲良くしろ、父上がご心配されている、侯爵家の自覚を。
言われ続けたセリフに思い切り舌打ちをして、カゲミツは机を叩き部屋を出た。
元より面談なんて必要ないのだ、人生など生まれた時から既に決定されている。

学校の誰もいない屋上。
茜色の夕焼け雲が覆う空間。

ごろりとコンクリートに横たわって、溜め息をついた。
想像の中の17歳はもっともっと大人だったのに自分は未だに親と教師に縛られる日々だ。
世間体、見栄、家柄。
そんなものに気付いてしまっていてどう周囲と仲良くしろと言うのだろう。
彼らが仲良くしたいのは自分ではない、自分の家だと言うのに。

ぼんやりと空を見上げていると扉が開いた。
やっぱりココにいた、そう笑うココアブラウン。自分と同等の家柄で、自分から得るものはないだろうにどんなに邪険にしても自分に近付いてくる彼――フジナミオミがカゲミツは苦手だった。
ペースが崩れる。


「なんでお前は俺のところに来るんだよ」


唐突な問いかけに隣に腰を下ろしたオミが目を瞬かせた。
それから、柔らかく笑って、綺麗だと誉めた金髪を撫でる。
最初の内は怒っていたこの行為もオミが繰り返すからいつしか諦めてしまっていた。


「カゲミツの力になりたいからかな」
「誰も頼んでないだろ」
「本当に助けを必要としている人間は助けなんて呼べないものだから」


眉を寄せたカゲミツにオミは笑いかけるだけだった。
身体を起こさないカゲミツを見下ろし、自慢するわけでもなく恥ずかしがるわけでもなく当然とばかりに口にする。


「だから俺は一歩、お前に歩み寄ったんだ。一歩近付いたらその分近くからお前が見れる。機嫌がいい時にどんな癖を見せるのか、寂しい時にどう目が揺れるのかわかる」
「勝手に分かるな、気持ち悪い」


ああ、こんな会話しなきゃ良いのに。
そう思っても答えるのはなんでなんだろう。
気持ち悪いのは自分自身だ。
オミとの会話を楽しいと安堵する自分だ。
そんな感情の揺れに気付いてか、オミは笑みを深めた。


「一人ぼっちだって、誰も自分を分かってくれないって、そう思うときは誰にだってあるよ」
「お前にも?」
「もちろん。幸福にも俺には妹や家族同然のヒサヤがいる、それでもそんな日はあるよ」


話しながら、ごろり、とオミがコンクリートに横たわる。
さっきまでより簡単に見れる横顔。
問い掛けは唐突だった。


「ねぇ、人はどうして身体を触れ合わせるんだと思う?」
「ガキを作るため」


端的で情緒も有ったもんじゃない答えに肩をすくめたオミが横臥する。
カゲミツの顔を至近距離で眺め、細い指先で唇をなぞった。


「それは結果であり本能の成せるものだ、限定しすぎ。キスなんかじゃ子供は出来ないってことくらいカゲミツだって分かるだろ」
「まあ…って、それどういう意味だよ」
「まあまあ…とりあえず、さ、俺は1人じゃないと確かめるためだと思ってる。1人ぼっちだと思っていた世界はきっと2人ぼっちですらない、それを確かめるためじゃないかな」


そこまで言って、オミは言葉を切った。
カゲミツの頬や髪を撫でていた手を空に伸ばし、眩しそうな笑顔を浮かべる。
大人びた笑顔で、呟く。


「カゲミツにも、いつかわかるよ」


傍にいて離れていかない人間がいること。
沢山の誰かに支えられて生きているってこと。

けれど、カゲミツにはまだそんなことを理解できなくて、茜雲に視線を逃がした。


(お前が、多分唯一だよ)


浮かんだ言葉を口にはしなかったが事実だと思う。
こんな物好きはそういない。
それと同時に、ずっと傍にいるのだろう、そうオミを評している自分に驚いた。

沈黙の意味を感じ取ったオミが起き上がり、にっこりと笑いかけてきた。


「ねぇ、カゲミツ。鳴らしなよ」
「え?」
「携帯。カゲミツが1人だって考えるような夜は、鳴らしなよ」


1人じゃないって、教えてあげるから。

夕暮れの屋上でその声が柔らかく響く。
茶色の髪に赤が反射する。


綺麗、浮かんだ単語に目を見開いたカゲミツが視線を外したのに気付き、オミは小さく笑う。
だからね、そんな風に話しかけながら右手を差し出した。


「カゲミツもいつか教えてよ、俺が1人じゃないって」












「カゲミツー、そろそろ行くぞ」
「悪い、今いく!」
バンプアップの屋上、あの日のような見事な夕焼けを眺めて携帯をいじっていたカゲミツを迎えにきたのはタマキだった。

作りかけのメールをじっと見つめてから、送信ボタンを押す。
宛先はあの日、鳴らしなよ、そう言った彼だ。
三年前、姿を消したきりどこにいるか分からない彼。
生きているのかも死んでいるのかも分からない彼。
親との縁を切るために回線を変えたためも有り、ここまで来るのにこんなに時間が掛かった。
けれど


「今日は送ったんだな」
「エラーきちまうだろうけどな」
「良いと思う。まずは一歩、だろ」


掛け違ったボタンは掛け直せばいいと、そう教えてくれた人がいるから。
どんな自分でも受け入れてくれる人がいるから。

あの時教えてくれたように1人ぼっちだと思っていた世界は2人ですらなかったから。

だから、今もまだきっと苦しんでいる君に手を伸ばそう。
もし1人だと泣いているなら教えよう。
俺はここにいるよ、遅くなったけど。

力になりたいから一歩を踏み出そう。
例え自己満だと言われても、何もせずに後悔するのは飽きたから。
小さな一歩を。

震えた携帯が告げるのはエラーか着信か。

それが分かるのはもう少し先だ。







力になりたいから一歩を踏み出した







(星屑を抱きしめた様に寄稿させていただきました。素敵企画ありがとうございました!)





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