※映画のキャラです
※がっつりネタバレしています
 
 
 
「ロディ!」
 
 群衆に紛れるようにポケットに手を突っ込み、身を低くして歩いていた彼はあからさまに顔をしかめた。
 
「ピィ!」
「わっ、ピノ!久しぶり」
 
 ロディが口を開く前に嬉々として頭上を羽ばたくピノを名前が撫でようとすると、ロディはさっとピノを自分の手の内に隠した。

「話しかけんなって」
「なんで?久しぶりだよ!元気?」
「見て分かんだろーよ。仕事中!」
 
 仕事、と呟いた名前の表情が曇る。ロディの言う仕事とは、違法行為に等しいからだ。
 
「ねえ、ロディ。まだ危ないことやってるの」 
 
 心配を含んだ眼差しに、ロディは鼻で笑って肩をすくめた。
 
「そーそー、危ない仕事してんの」
「そういうの、良くないよ」 
「お優しいねぇ。けど説教ならまた違うときに頼むわ」 
「はぐらかさないでよ。私はロディのためを思って……」 
 
 タイミング悪く、名前のスマホが音を立てた。ごめん、と一言断って電源ボタンを押し、通知を見ると名前は再び画面を暗くした。
 母親からのメッセージだ。ロディに見られただろうか、と名前が視線をやると、彼は「ふーん、なるほどねぇ」とわざとらしく肩を竦めた。
 
「説教するより、ママの言うこと聞いて関わらないようにしたほうが賢明じゃねーの?」 
  
 名前の母親は彼ら兄弟に会うことを禁じている。ロディはそれをわかった上で皮肉っていた。
 周囲に虐げられ、トレーラーハウスに移りこんだ彼らに名前は母親に内緒で何度も会いに行っていた。連れ戻しに来た彼女が金切り声を上げて名前の頬を叩く姿は幼い彼らの心に傷を残したのは明らかだった。その日を境に母親の名前への干渉は酷くなり、彼らの住処へ行くことはなくなった。ロディと会えるのは、こうして偶然街で見かけたときだけ。名前はその度に嬉しさで胸がいっぱいになるというのに。
 
 言葉が詰まる名前を尻目に、ロディは速度を上げる。「っ、待って」翻った古びたコートを掴もうと名前が手を伸ばすが、それは空を切る。ぐんぐんとあいていく二人の距離に、堪らず名前が「ロディ」と呼びかける。振り返ったロディは片眉を上げて目を眇めた。
 
「わかったらもう話しかけんなよ」 
 
 雑踏に消えていったロディの残像を探すかのように一点を見つめたまま、名前は悲しげに顔を歪めた。
 
「ロディの捻くれもん」 
 
 口を尖らし、零した不満。名前は知っているのだ。幼い頃教えてもらった彼の個性。いつも会ったとき嬉しそうに飛び回るピノの姿が彼の本当の心だと。そしてそれを悟られまいと隠そうとするロディの気持ちも。名前は全てわかっていた。
 スマホが揺れる。母親から帰宅時間を問いかけるメッセージが届いていた。
 
「……そんで、私は弱虫」 
 
 母親の言いつけを未だに破ることができない自分に腹を立てながら、心とは裏腹に帰宅を知らせるメッセージを打ちこんだ。
 

 
 母親と喧嘩をした。彼女の過干渉についに歯向かった名前が向かったのは、ロディたちの住むトレーラーハウスだった。

「……今何時だと思ってんの」 
 
 シャワーを浴びたあとなのか髪を下ろして口端を引きつらせるロディに、「十一時くらい?」と名前は首を傾げた。いつも時計代わりにしているスマホを今日は持ってきていない。
 
「どーやってここまで来たんだよ」 
「歩いてきたよ。遠かった!」
「……スラム街だぞ、舐めてんのか」
「正直、ちょっと……怖かった、かも」 
   
 道中出会った中指を立てる老婆や腕を引いてきた柄の悪い男を思い出し、名前は途端に大人しくなった。後者に至っては個性を使ってうまく撒けたから良かったものの、捕まっていたならば無事では済まなかっただろう。
 ロディは深くため息をつくと、「待ってろ」と家の中に戻り、数分もしないうちに身なりを整えて出てきた。先程までは中にいたのか、ピノも一緒である。
 
「なんでそんな格好してるの?」
 
 髪を結い直し、コートを着た姿に名前は首を傾げる。
 
「……送る」  
「え?」 
「いいか?今回だけだからな」
 
 呆れたとばかりにまたため息をついたロディは彼の肩に乗るピノと同じ表情をしていた。「行くぞ」そう言って歩くロディの背中を今日は追いかけなかった。付いてくる気配のない名前にロディは振り返る。

「帰んねーの?」  
「うん。ママと喧嘩したから」   
 
 喧嘩の原因はロディだった。
 世界を揺るがす大事件からはや一月。その間に彼に何があったのか名前は知らないが、ロディは犯罪の片棒を担ぐことを辞め、真っ当な職に就くようになった。それからというもの、名前は彼が働く店に通い詰めていた。勿論、母親には内緒で。
 ロディは呆れていたが、以前ほど名前を避けるようなことはしなかった。彼の作ったパスタを喜んで食べていると、「それ食ったらとっとと帰れよ」とカウンター越しに頼んでいないドリンクをサービスしてくれることもあった。名前は店に通うたびにロディへの想いを募らせていった。そして、いつかのようにそれが母親に伝わり、頬をぶたれたのだ。
 名前は無意識に打たれた頬を撫でた。
 
「……ぶたれたのか」
「まあね」
 
 痛くないと言えば嘘になる。けれど、幼い日のような痛みではなかった。もう名前は小さな子供ではない。十六歳で、自分の意志を持っている。弱虫の皮を破るときが来たのだ。名前は自身を思って泣く母親の痩せぎすの背中を抱きしめ、白髪交じりの髪にキスを落とした。「ごめんね、ママ。ロディが好きなの」素直な気持ちを口にして、名前は家を出た。
 
「ねえロディ、泊めてよ」
 
 しばらく、ロディもピノも同じ表情で固まっていた。「だめ……?」と名前が自信なさげに小首を傾げると肉体よりも先に動き始めたピノが名前の頭上まで移動した。「ピィ!ピィ!」と可愛らしい声を上げて名前の髪を啄む。
 
「ピノ、いいってこと?ねえロディ……」

 ピノよりも半歩遅れてズカズカと歩いてくるロディの気迫に、名前は口を閉ざす。ロディは頭で踊るように飛び跳ねるピノを勢い良く捕まえた。
 
「……いいか?今回だけだからな!?」 
 
 同じ台詞なのに先程までとはまるで雰囲気が違う。慌てた様子で表情を崩したロディに名前は嬉しくてたまらないとばかりに目を輝かせた。
 
 ロロとララが寝ているベッドにそっと寝転んだ。寝顔とはいえ、久しぶりに会った二人の成長ぶりに名前は頬をほころばせ、柔らかな二人の頬にキスをした。
 視線を落とせば、コートを脱ぎ、髪を下ろしたロディが床に寝そべっている。
 
「ね、ロディ。痛くない?」 
「二人とも寝相がわりーからな。こっちで寝るときもあるから慣れてんだよ」  
 
 ロディはそう言うものの、トレーラーハウスの床はカーペットなど敷かれていない。寝やすい場所とは言えなかった。
 
「ロディ、こっちで一緒に寝る?」
「……何言ってんだ。馬鹿だろ」  
 
 寝転んだロディの手には未だ捕らえられているピノが一際大きな声で鳴く。「ピノ!」ロディは二人が起きないような大きさでピノに非難めいた声を上げた。
 
「でも、固くない?床」
「いいから気にすんな。早く寝ろって」
「うーん。眠くないんだけどなあ」 
 
 ぐ、と伸びをすると頭に硬いものが当たった。手に取るとそれが本だと気付き、薄明かりのなか目を凝らす。表紙には飛行機の写真。
 幼い頃、彼が夢を語ってくれた日を思い出し、名前はきゅっと胸の前で手を結んだ。小さな頃から育ててきた想いが溢れて止まらない。
   
「……ねえロディ」
「まだ起きてんの?寝てろって」
「いまさ、好きって言ったら怒る?」
「……状況わかってんのかよ」

 どこか不貞腐れたように聞こえ、名前は声を押し殺して笑う。
 
「笑ってんな」
「ロディ」
「なんだよ」
「好き。そっち行っていい?」 
「……来んなって言っても無駄なんだろ」
「へへ、当たり」
 
 ベッドが軋まないようにそうっと抜け出し、薄いタオルケットに忍び込む。はみ出した二人分の足。「二人だと狭いね」名前が嬉しそうにロディの背中に体を寄せると、彼は顔を覆ってため息をついた。彼の手の中でピノがずっと喚いてる。

「ピノ、なんでこんな鳴いてんだろうね?」
「名前……わかってて言ってんだろ」
「うん」
  
 ロディの背中に額をくっつけて、名前は笑う。ピノの鳴き声が心地良い。

「ロディ、好き。キスしたい」
 
 ロディの服を引くと、ピノの鳴き声がぴたりと止まった。くるりと体を回転させたロディが名前の鼻をつまんだ。

「むぅ」  
「……あのね、オジョーさん。そういう冗談は言わないもんなの。わかる?」
 
 口振りに反して、ぐ、と眉に力を入れたロディの表情は穏やかではなかった。 
 
「わかんないよ。冗談じゃないから」
 
 名前は鼻をつまむ手に自身の手を添えた。力を入れずとも簡単に剥がせた。その手に、名前はそっと唇を寄せる。それは、母親やロロとララにしたのとは別の意味を持っていた。
 
「……何してんだよ」 
「ふふ、ロディ顔赤い」
「……そっちもだろ」
「うん。好きだから、頑張ってるの」
 
 だから早く素直になって。
 もう一度ロディの手に唇を近づけようとした名前の頬を、ロディの手が包む。

「……ぶたれたとこ、痛くないのか」
「……痛いから、キスしてくれたら治るかも」 
「……澄ました顔でとんでもねえこと言いやがって」
 
 見え透いた嘘の上から、ロディは唇を落とした。ちゅ、とかわいいリップ音と柔らかな感触に、目を瞑って期待していた名前は不満げに唇を突き出す。唇にして欲しかったのに。
 
「ピィー!ピッ、ピィッ!」 
 
 いつの間にか解放されていたピノが興奮気味に飛び回り、頭や頬を啄んでいく。名前は悪戯な顔でロディに視線を送ると、ピノに手を伸ばして両手で彼を包んだ。

「早くしないとピノと先にしちゃうからね」  
 
 嬉しそうに嘴を寄せようとするピノに、名前はわざとらしく唇を近づけた。
 
「だぁー!もうっ!」
 
 しかし、一人と一匹の距離がゼロになる前に、ピノはロディによって奪われる。得意のポーカーフェイスはもう随分前から鳴りを潜めていた。
 
「……しゃあねえな」

 ついに観念したロディの手が名前の後頭部に回る。跳ねる心臓と緩む唇をきゅっと抑え、名前は目をつむると僅かに顔を傾けた。ロディの心が唇に重なって、すぐに離れた。背中に手がまわり、高鳴る鼓動ごと力強く抱きしめられた。頭の上に顎を乗せたロディから、深いため息が漏れる。
 
「ロディ、どうしよう。私、すごいドキドキしてる」 
「……言うな。こっちは今大変なんだよ」 
 
 恐る恐る名前が彼の背に手を回すと、ロディは唸るように息を吐いた。抱きしめられる力が増す。苦しいけれど、緩めてほしくなかった。お互いの脈動が聞こえてくるような錯覚が心地よかった。
 
「俺、今ちゃんと仕事してんだ。危なくねーやつ」

 うん。名前は腕の中でくぐもった声で返事をした。
 
「……パイロット、諦めねーことにした」 
「実はね、さっき本見ちゃった。勉強、頑張ってるんだね」
「まァね」
 
 ロディはそう言って、名前の髪に顔を沈めた。腕に少しだけ力が入る。
 
「全部、頑張ることにしたんだ。だから、いつか名前の親にも認めてもらいたいって思ってる」
 
 うん。名前は頷いた。泣きそうになって、彼の胸に額を擦り付ける。
 
「あー……それから。大事なこと、言ってなかったな」   
 
 背中にあったロディの手が、また名前の頬に戻ってきた。誘導されるがまま、顔を上げる。潤んだ瞳のまま瞬きを繰り返す名前に、ロディが優しく目を細めた。
 
「好きだ」 
 
 そうして涙を掬うみたいに瞼に口付けた。「知ってるよ」嬉しさと恥ずかしさと擽ったさで名前は照れ笑いを浮かべる。ふと目があって、どちらともなく唇を重ねた。
 何度か口付けて、そっと離れる。息を整えるまもなく、伏し目がちのロディがすぐに近づいてきて、名前は慌てて目を閉じようとした。「ピィ!」その前に視界にピノを捉えて、笑い声を漏らした。
 
「ねえロディ、見てよ。ピノがダンスしてる」
 
 名前の周りで羽を大きく広げたり、尻尾を振ったり、首を長く見せたりと様々なポーズをするピノの姿が名前にはダンスのように見えた。愛らしい姿に、「かわいいね」と名前はピノがロディの個性であることも忘れて同意を求めた。
 
「……っ!ピィーノォー!」 

 ピノを捕まえたロディの顔が真っ赤なことに首を傾げた名前が、その本心を知るのはおよそ三ヶ月後のことだった。
 
 
2021.8.23

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