クラピカ / シャルナーク / クロロ
 
 
@復讐を成し遂げたあとのクラピカ

 彼は老いていく。
 老い、とは恐ろしいものだ。あれだけ美しかった彼も例外じゃない。男にしては綺麗な手が、今じゃ年寄りのふやけた肌のようになり、頼りなくベッド脇に横たわっている。皺一つない私の肌とは違う。

 念能力の代償、人を殺した罰、復讐に身を委ねた者の末路。呼び方はなんだっていい。彼が寿命を賭けて強くなった分、その反動がきているということがわかれば、それで。

「私は罰を受けなければならない」

 それでもまだ彼にとって罰は足りないらしい。ご立派な気品だけは老いることを知らない。

「これ以上どんな罰をご所望?」

 ベッド脇のパイプ椅子、そこに私は座っていた。組んだ足の上で頬杖をついて、彼の瞳を見つめる。白濁が混じったその瞳は、もう視力を持たない。
 ゴンやキルア、レオリオは友人の死に抗う者として、または医者として、懸命に彼の延命を望み、そのためにあらゆる方法を探している。
 しかし、そんな姿を見ても彼は生きようとしない。老いた体を引きずって、確実に歩きだしている。死に向かって。

「ねえ、なんなら私が殺してあげるよ」

 ただ鬱陶しかった。今を生きない彼が。

 立ち上がると、パイプ椅子が転げる音が病室内に響いた。そんなことお構いなしに、老いた首に手をかけた。真綿で締めるように、ゆっくり、ゆっくり、体重を乗せていく。やめてくれ、とその一言があればまだ助かるくらいに。
 それでも彼は生にしがみつかなかった。白濁とした瞳には、薄っすらとも朱が灯る瞬間はなかった。

「すまない」
 
 彼はそう言って事切れた。ピーピーと鳴り響く音。一分と待たずレオリオが駆けつけるだろうが、どれだけ早く来ようがもう間に合わない。
 棒切れのような細い腕に掌を滑らせ、皺だらけになったその手をゆっくりと掴んだ。顔を寄せ、どれだけ水分を与えようがその手は張りを取り戻すわけがない。ぴくりとも動かないその手にそっと唇を落とした。
 
 おいていく。彼は私を置いて逝く。
 
 
 
 @シャルナークと流星街のつまらない女
 
 ゴミであふれた世界しか知らなかった彼らが、次第に外の世界に興味を持つようになるのは自然な成り行きだった。一人の少女を除いて。

「名前は行かないの」
「あたしはここで生まれたの。ここで生きて、ここで死にたい」
「それってあれ?我々はなんでも受け入れるってやつ」
「うん。ここでの生き方」

 バカじゃん。シャルナークは心底笑って「たまには帰ってきてやるよ」と彼女の頭を撫でると仲間たちとともに故郷を出た。ともに十代の時の話だ。
 彼は宣言通り、たまに帰ってきては、美味しいお菓子や見たことない宝石、綺麗な服を名前に与えた。「こんな汚いところでよく生きてけるね」と自身が育ったことを棚に上げてシャルナークは笑うが、それは名前を外に連れ出したいという気持ちから出た言葉だった。
 しかし、どれだけ外の世界に憧れを抱かせるような話を聞かせても名前は流星街から一度も出ようとしなかった。

「ねえ、全て受け入れるならさ。オレがここから腕を引いたら出て行く?それもある意味で受け入れるってことだと思わない?」
「うーん……じゃあ、シャルと一緒に出て行って、外に出る。それから、今度はあたしの意思でここに戻るよ」
 
 彼女のよくわからない理屈はいつもシャルナークを悩ませた。
 ここから彼女を連れ出したい。できることならともに生きていきたい。シャルナークにとって力づくでそれをすることは容易だ。彼女の細い腕にでもアンテナを刺してしまえばいい。しかし、それでは意味がない。
 シャルナークはまた名前を置いて去るしかなかった。彼女が外に出たいと思うのが先か、シャルナークが彼女を連れ出すのを諦めるのが先か。そう遠くない未来に答えがあることをシャルナークはわかっていなかった。
 
「ねえ、こどもってどうやって産めばいいんだろう?」
 
 まるで幼子が聞くかのように無邪気に問うてきた名前を見て、シャルナークは言葉を失った。胃がねじれたかのように苦しく、吐き気を催した。
 久しぶりに会った名前の体は名前一人のものではなくなっていたのだ。「誰の子?」ようやく吐き出した言葉は震えていた。
 
「わかんない」
「わからない?お前、なに考えてるんだ?」
「だって求められたの、あたし。皆が出ていってから、いろんな人に。だからわかんない」
 
 この女はがらんどうだ。空っぽ、何にもない。求められれば意味もわからず、その身体を差し出す。自らを守るということを知らないのだ。自分と呼べるものが何もない。最初から愛を求めてはいけない人間だった。
 シャルナークの中には怒りとも哀しみとも呼べぬ感情が湧き、何度も彼の胸に津波を起こした。寄せて、消えて、また胸の壁を打つ。
 腹に宿した子を愛おしそうに撫でることもせず、名前は言う。「こどもって産んだら育てなきゃいけないのかな」彼女は何も持っていない。このどうしようもないゴミ溜めに生まれ落ちてしまう我が子に対する愛情すらも。
 シャルナークは、名前がこれからより良い人生を歩んでいけるとは到底思えなかった。しかし、その手助けをしようという気持ちは彼の中にもう残っていなかった。

「オレ、もう会いに来ないよ」

 彼女は少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうに笑って、「仕方ないね」とそれすら受け入れた。


 
@カモ女とスリクロロ
 
 「これ買って」「あれ買って」に精一杯応えてきました。お陰で今月もカードローンを抱えております。給料は全てローン返済へと消えて行くという自転車操業の日々でございます。

「はあ?財布無くした?」

 今日も今日とて彼のご所望である某ブランドショップにて、"何故か"女物のバッグを「買って」と手渡され、レジにやってきたんです。
ヒモ?いえいえ、彼氏です。体の関係は一切ありませんが、私の身体を気遣ってくれているのでしょう。何とも立派な彼氏です。

 話を戻しましょう。
 レジの綺麗なお姉さんにバッグを手渡し、タグを取っていただき、控えめだけれども気品のあるブランドのロゴが印字された箱に入れてもらいました。そこまでは良かったんです。
 いざ、私は財布を出そうと鞄に手を突っ込みました。ちなみに、私の財布は少しでも金が貯まるように、デザインなど度外視した黄色の革財布で、スーパーの投げ売りワゴンにて定価三万五千円のところをたった二千円でゲットした代物に、さらに金運アップを期待して金のブタのストラップがぶら下がったものであります。
 鞄は十代の頃より愛用しているその頃流行った大きなリボンがモチーフのもので、年季が入り色褪せていて、正直この歳になると少し恥ずかしいものとなっております。自分のために使うお金がないので仕方ありません。
 いえ、そんなことはどうでもいいのです。
 まあ、言うなれば財布が無かったわけです。
 決して忘れたわけではごさいません。何故ならばこのショップに立ち寄る前にもデパ地下の有名なケーキを強請られ購入したところなのです。ホールケーキだというのに帰って一人で食べるらしいですよ。彼はよほどお腹が空いているのでしょうね。
 兎にも角にも、私はデパ地下からこのショップに移動するまでの間に財布を落としたということになります。

「どこに落としたか覚えてねーのかよ!」

 私は力なく首を横に振りました。ケーキを買った際、財布はすぐに鞄に仕舞いましたし、その後このショップに来るまで鞄を開けた覚えがありません。

「ボケてんじゃねーよ。どうすんだよまじでー」

 彼は頭を抱えました。しかし、頭を抱えたいのは、彼のためにおろしてきた全財産からローンを抱えたクレジットカード、証明写真の気に入らない免許証、コツコツ貯めたポイントカード、という個人情報全てが入った財布を落とした私の方ではないでしょうか。
 私は彼の言うようにボケているのでしょうか。ああ、でもエレベーターで一緒になった男性があまりにもイケメンでちょっと見惚れてボケっとしたかもしれません。ですからって、財布を落とすほどボケてはないのです。もしかしたら、スリにでもあったのかもしれません。

「あーもういいや。エミリーちゃんに買ってもらうから、お前もう帰れば」

 彼はわざとらしいくらい大きなため息をついた後、誰かに電話し始めると、あっちへ行けとばかりに「シッシッ」と犬にやるかのように私に向かって手を払いました。
 呆然と立ち尽くす私を振り向きもせずに、彼は去って行きました。

 この瞬間から、私の彼氏は"元"彼氏に降格したのであります。


「それ最初から彼氏じゃなくてヒモだったんじゃない?」

 私の話を一通り聞いてニッコリ爽やかな笑みを飾ったのは、先ほどエレベーター内で出会ったイケメンだ。白髪一つ見当たらないような黒々とした前髪の下には、怪我でもしているのか額に包帯を巻いている。歳は私よりかは若そうだが、話しぶりからして見た目ほど若いわけではなさそうだ。
 このイケメンは、私が"元"彼氏に振られてベンチにて意気消沈していたところを見るに見かねて声を掛けてくれた。イケメンとは、顔だけでなく心の中もイケメンなのである。

「彼氏ですよおおおお!ヒモじゃないんですうううう!」

 出会いはホストクラブだった。生まれて初めて男の人に可愛いねって言われた。独り身で貯金はソコソコあったから通い詰めた。彼の喜ぶ顔が見たくてドンペリだって何本も開けた。そのうち店じゃなくて外で会いたいと言われ、私は有頂天だった。「結婚するまではそういうことしないでおこうね」なんて言って私の唇すら奪わなかった優しい彼だった。でも近頃ローンに追われるようになってからは、段々と冷たくなって、いつの間にか「お前」だなんて呼ぶようになって‥‥‥。

 あれ、こうして列挙してみるとなかなか酷いぞ。やっぱりヒモかもしれない。というより、結婚詐欺かもしれない。

「うっううううああうう‥‥‥!」

 情けないことに、私は子供みたいに顔をぐちゃくちゃにして声を上げて泣いた。イケメンの前だというのに、鼻水だって垂れた。
 イケメンは、あらら、と肩を竦めると、「良かったらどうぞ」と買ったばかりと思われるハリのあるハンカチを差し出した。男性向けというよりは、金持ちのマダム向けのデザインのそれを受け取る。

「あ、ありがどおござっまっ!」

 ハンカチはバーコードが記載されたシールとブランド名のタグがぶら下がっていた。涙を拭ったが、新品のため吸水性皆無で全然ハンカチとしての役割を果たしていなかったが、その心遣いが嬉しいので、そんなこと気にしないでおこう。

「みっ見ず知らずの私に、ど、どおじてこんなに優しいんですかああ」

 知人でもない女が泣いているからって優しくするなんて。私だったら、薄情と言われようとも、デパートのベンチで号泣している人の姿を見たら、見ないフリ知らないフリでそっと店を出るだろうに。
 ハッ!いや、まさか。放っておけないくらい私のことが気になってしまったとか?つまり、もしかして、この展開はもしかするともしかするのか?
 この先の展開を予想して、内心、ムフフと笑う。どうやら私は切り替えが早いようでして。

「流石に知らぬ存ぜぬで通り過ぎるのは悪い気がしてな」

 さらっと答えたイケメンの言葉に下心や私への好意は微塵も感じられなかった。
 イケメンたる者、泣いている女を見過ごすなんて出来なかったということか。残念、私を見初めてくれたわけではなさそうだ。無駄な期待をしてしまった。
 瞬きの間に、イケメンは席を立った。待ち人が来たのかもしれないし、いい加減私の相手をするのが疲れたのかもしれない。
 本日二度も振られてしまった気分だ。とほほ、ともう涙こそ出ないが、ハンカチを目元に押し当て、一つ息をつく。

「ミルクと砂糖、一つずつで良かった?」

 イケメンはやっぱりイケメンだった。爽やかな笑顔で私の手に紙コップに入ったコーヒーを握らす。

「ありがどうございますうう!」
「じゃ、オレもう行くから。元気出して」

 そう言って爽やかに去っていったお兄さんの後ろ姿にキュン!なんて思っていたら、彼のお尻ポケットでストラップが揺れている。どこか見覚えのあるそれに、思わず声を失った。

 ちょっと待って、お兄さん。
 それ、私の幸運のブタちゃんじゃない?

「お姉さん、ちょっと事務所に来てもらえますか」
「待って、私の財布……!追いかけないと……え?」
 
 なんとかお兄さんを追いかけようとしていた私を警備員のおじさんが肩を叩いて引き留めた。一体何がなんだかわからない。「事務所?」警備員は困惑している私の手に持つコーヒーと涙に濡れたハンカチを指さした。
 
「万引きの現行犯ね」
「万引き?私が?ちがっ違います!これはさっきお兄さんが……!」
「はいはい、そういうのは事務所で聞くから」
 
 どれだけ否定しても私の無実は証明されず、警備員にがっちりと腕を掴まれたまま事務所に連行されてる最中、思った。もう二度と男はゴメンだ!
 
 
 2019.2.16

  back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -