「おや?そこにいるのはグレンジャーの金魚のフンじゃないか」
 
 見下した態度に、よく回る口。名前は振り向かずとも誰が話しかけてきたかわかった。ホグズミード日和の本日、ハリーやロン、ハーマイオニーの誘いを涙をのんで断って図書室で勉強でも、と思っていたのにどうしてこんな奴と顔を合わせなきゃならないのだろう。「……マルフォイ。なにか用?」マダム・ピンスに聞こえないように名前は小さく、しかし棘のある声で返した。
 
「"なにか用?"だって?僕が君に大事な用があるとでもお思いかい?」
「なら話しかけないで。私は忙しいの」
「へえ……こないだの魔法薬学の授業、君にとってそれだけ頭を悩ませるデキだったってわけだ」
 
 まさにその通りだった。皮肉るように口の端を上げたマルフォイの言葉に名前は机に広げていたレポートを腕で隠す。こんな奴に見られるなんて、と名前は羞恥に頬を染めた。
 
「うるさい!あっち行ってよ」
「うるさいのはどっちだ。マナーがなってないな。直にマダムが君を追い出すだろうさ」
 
 まったく、これだからマグル生まれは。そう言いながらマルフォイは名前が座る場所からひとつ離れた席に座った。途端、名前はむっと眉を寄せる。
 
「私はここで勉強するの。あんたは向こうに行って」
「僕がどこに座ろうが僕の自由だ。それに、ここは僕の特等席なんだ。君が移動しろ」
「はあ?私が先に座ってたんだからあんたがどっか行っ……あ」

 二人の声を聞きつけてきてのか、マダムが彼らを見ていたので名前はすぐに口を閉じ、あたかも勉強をしているかのように羽ペンを動かした。ちら、と横目で見たマルフォイは本を取る仕草をしながら、名前に向かって"してやったり"の表情を浮かべている。小憎たらしいその顔に名前はぐっと奥歯を噛んだ。
 
 自分が席を移動する選択肢を取るのは負けな気がして、結局名前は席を移動しなかった。少し離れた席に座るマルフォイは、つまらなさそうに本を読んでいる。そんな顔をするなら手下共を引き連れてホグズミードに行けばいいのに。名前は内心毒づいて、また羊皮紙へと意識を移した。
 そもそもこの課題だって、授業中にマルフォイに邪魔をされなければ出されずにすんだのだーーというのは言いがかりではあるが、キッカケであったのは間違いない。「マグル生まれでも差が出るものなんだな、苗字。君はいつだってグレンジャーと組まなきゃ薬一つ作れやしないじゃないか」そう言って突っかかってくるものだから、「バカにしないでよ!」と勢い余ってネビルと組んだのが失敗だった。別の材料を入れる、調合の順番を間違える、鍋をひっくり返す、止めにスネイプ教授の腕にその謎の液体をかけてしまうという大失態を犯し、名前とネビルは見事に「グリフィンドール10点減点!」という一声と、課題を頂いてしまったのだ。
 スネイプ教授はネビルと名前が協力したところで課題の意味がないーー二人が共にいても課題は解けやしないということだろうと名前は解釈しているし、そのとおりだとも思っているーーと、二人別々の課題を与えた。
 いつもならハーマイオニーに泣きついて手伝ってもらうのだが、今回ばかりはそうもいかない。ホグズミードを楽しみにしているハーマイオニーを引き留めるのは気が引けたし、なによりマルフォイの言葉が名前のプライドに火をつけたのだ。ハーマイオニーがいなくても大丈夫なところを見せてやる、と。
 
「ニガヨモギを10?いや20グラム?うう……」
 
 しかし、当初は燃え盛っていたその火は今は小さなものとなっていた。読み慣れない上級生向けの本を広げ、教科書とにらめっこするが何が答えか全くわからない。きっと今頃、グリフィンドール談話室でネビルも同じように頭を抱えているはずだ。
 
「そんなにたくさん入れたらまた得体の知れない液体が出来上がってしまうだろうな」
 
 抱えていた頭を上げさせたのは嫌味な一言だった。ぎろ、と睨みあげるといつの間にか席を立っていたマルフォイは、「ワーオ、レディの風上にもおけない顔だね」と鼻で笑うと名前の隣の椅子を引いてそこに座った。
 
「さっきからなんなの?あんたの特等席はあっちなんでしょ。こっちこないでよ」
「僕がどこに座ろうが僕の勝手だと言ったはずだろ。さっき話した内容すら思い出せないポンコツだから間違えるんだ。ほら、ニガヨモギは5グラム。こないだの授業で教わったばかりだろうに」
「ポンコツですって!……ちょっと待って、5グラム?これこないだの授業で言ってたの?」
「君がネビル・ロングボトムとお喋りに興じている間にね。それにこの薬にざくろ液は必要ない。ここは潰すのではなく刻む……同じ授業を受けていたとは思えないね」
「ちょ、ちょっとストップ!それほんと?」
「君に都合が悪いことに、僕は魔法薬学が得意なものでね」
 
 認めたくはないが確かにそのとおりだ。彼はスリザリン贔屓のスネイプ教授相手だからというのもあるが、いつも魔法薬学で点数を貰っているのだ。
 いつもならば嫌味しか産まないマルフォイの口は、今や目の前に広げた教科書よりも易しくレシピを紡いでいくものだから名前は慌ててその言葉を書き留めていく。マルフォイは知識を披露する合間に嫌味や皮肉を挟むことを忘れなかった。それでも彼の手元に置かれたつまらなさそうな本が一度も開かれなかったことから、名前は彼が嘘を混じえているとは思えなかった。
 
 
 △
 
 
「名前は今度の休み、デートの誘いはないの?」
 
 恋だなんだで浮足立つ友人たちからの問いかけに、「その日はハーマイオニーとホグズミードデートするよ」と名前が茶化せばみんなわかりやすく落胆した。いわく、この歳になって恋の噂一つ立たない名前はおかしい、とのことだった。そんなふうに言われてもないものは仕方ない。名前は、「なら誰がいいと思う?」と友人たちをせっついてみたが、そこに挙げられた名前は友人の枠を出ない人たちばかり。
 「ハリーは?」「ロンは?」ーーロンの名前が出たとき、ハーマイオニーが僅かに肩を揺らし、名前は初めて彼女の想いを知ったーー「ないない、友達だもん。知ってるでしょ」「えーだって、名前と話すような男の子ってあんまりいないし……あ!」思い出したように挙げられた人物の名を全身全霊をもって否定したのは、つい先日のことだった。

 「今回ばかりは良くできている……君にしては、だが」心なしか悔しそうにレポートの出来を褒めたスネイプ教授の姿を何度もリピートするほど、名前は気分良く歩いていた。誰もいない廊下でスキップでもしようかと思ったとき、曲がり角で出会った奴を見てすぐにその足は踊ることをやめた。「あ」かち合った視線にどちらともなく間抜けな声が漏れる。
 魔法界に神様がいるのか名前の知るところではないが、もしもいるならばタイミングを考えるべきだと彼女は思った。
 
「苗字じゃないか。こないだの授業ではいつもの大騒ぎが見れなくて残念だったよ。またあのウスノロと組んでくれないかい?たまにはハプニングが見たい気分になるんだ」

 カチンとくる、なんて可愛いものじゃない嫌味を並べ立てるマルフォイを睨みあげる。名前にとって恋だなんだのはまだ未知の世界であったが、少なくともこの男と歩むべき道ではないだろう。今改めてそう思った。
 
「そんなにハプニングを味わいたいならウィーズリーの双子にでも頼めば?軟弱なあんたなんかすぐ参って泣きじゃくるだろうから、面白みもない結果になるだろうけどね!」
「僕がなんだって?馬鹿にするな!」
「泣き虫おぼっちゃまって言ってやったのよ!いつでもウスノロといるのはどっち?腰抜け!」
「黙れ!この……穢れた血め!」
「おぼっちゃま育ちってのは言っていい言葉とダメな言葉もわかんないようね!」
「貴様ら!何をやっている!」
 
 互いに杖を抜き一触即発であったが、騒ぎを聞きつけたフィルチの登場により技を掛け合うまでには至らなかった。マルフォイは舌打ちして、「これだからマグル生まれは嫌なんだ!」と捨て台詞を吐いて去っていった。残された名前は、「転べ転べ転べ!」とその後ろ姿に声に出さず念じながら睨みつけていた。
 
「名前!君ってば最高!」
 
 その声に名前が振り向けば、友人たちが野次馬の中を掻き分けてやってきた。ハリーは「君って案外気性が荒いよね……その、いい意味で」とニヤリと笑い、「もっと早くこればよかった!そしたら加勢できたのに!」とロンは鼻息を荒くし、ハーマイオニーは「本当にマルフォイってば成長しないのね!名前も名前よ!あんな奴無視してしまえばいいのに」と喧嘩を買ってしまった名前にも否はあると説教を始めた。

「だからってハーマイオニー、あいつ名前に酷いこと言ったんだ!」
「そうさ。それにマルフォイのやつ、最近やけに名前に突っかかるんだぜ」
「あなたたちもいつも同じように喧嘩しては罰則だの減点だの喰らってるでしょう!私は名前にそうなって欲しくないのよ」
 
 いつの間にか名前は蚊帳の外で、三人は口論を始めていた。やれやれ、といった様子で名前は息を吐く。
 強く握りしめていたせいで、せっかくのレポートがしわくちゃになっていた。「今回ばかりは良くできている」と褒められたレポートは、バツの悪いことにマルフォイの助言のもと完成したものだった。
 マルフォイと顔を合わすと決まって喧嘩になるが、それでも今回は熱くなりすぎた。目の前には、痴話喧嘩を始めるハーマイオニーとロンがいる。自分たちもあんな風に見られていたのかもしれないと一瞬でも思ってしまうのは、きっと友人たちが変なことを言ったせいだ。
 「ちょっと名前、見てないでなんとかしてよあの二人」ハリーの疲れきった声に名前は気持ちが入らないまま頷くのだった。
 
 
 △▼
 
 
 ホグズミードの中でも、名前が必ず立ち寄るのはハニーデュークス、次いで三本の箒だった。今日も同じ道程を辿り、ユーモアとバラエティに富んだお菓子の数々を買い漁り、バタービールでひげを作った。そして、せっかくバタービール温まった体を冷すまいとマフラーを巻きながら帰路につく。目指すはホグワーツだ。
 ショルダーバッグーーどんな大きさのものでもすんなりと入るようにハーマイオニーから手ほどきを受けた拡大呪文が施されているーーの中に手を突っ込んでは適当に掴んだお菓子を口の中に放り込んでいた。甘いチョコレートの味と共に口の中がパチパチと弾ける感覚を楽しみながら、名前はまた手を入れる。その指はグリフィンドールカラーのリボンでラッピングを施されたお菓子に触れるとそれを避け、その横に寝転んでいたキャンディを掴んだ。

「食べる?」
「私はいいわ。名前のバッグからは何が出るかわからないもの」
 
 ハーマイオニーは過去に名前から渡されたゴキブリ・ゴソゴソ豆板や黒胡椒キャンディを思い出したのか気持ち悪そうに口を抑えた。
 
「そこが楽しいのに」
「楽しいのはあなただけよ。……あ」
「どうしたの?……わ、雪!」
 
 しんしんと降り始めた雪を当初二人は呑気にも「綺麗ね」と眺めてはしゃいでいたが、それはあっという間に強い吹雪へと変わり、ホグワーツへ着く前に二人は濡れ鼠となっていた。
 
「寒い!寒い!凍え死ぬ!」
「はっはやく帰ってシャワーを浴びなきゃ!……待ってとりあえず火を出すわ!」
 
 魔女の勉強を始めた一年生なわけでもないのに、マグル生まれの二人はすっかり魔法の存在を忘れていた。フードを被って早足で駆けるなか、ようやくそのことを思い出したハーマイオニーが震えながら振った杖先から炎が出る。名前も慌ててそれに倣った。
 暖を取りながらやっとのことでホグワーツへ帰りついたが、シャワーを浴びてそれぞれの部屋で寝るころには二人して熱を出していた。
 
「名前……どうやらあなたもやられたようね」
 
 翌日、頬を火照らせたハーマイオニーがドアから顔を覗かせた。同じように顔を真っ赤にした名前は、「そっちもね」と笑う。バッグの中に入れっぱなしになっていたラッピングされたお菓子を引き出しに仕舞うと、その横に掛けていたローブを羽織りながら「ほんと、しんどい」と力の無い声で答えた。
 
「今からマダム・ポンフリーのところに行くことにする。ハーマイオニーは?」
「私はさっき行って薬をもらってきたところなの。名前も熱を出してるって知らなくて……どうせなら一緒に行けば良かった」
「別に一人で行くからいいよ。それより、向こうで寝ていけって言われなかったの?」
「出来ればそうしたほうがいいらしいけど……だいぶ熱も下がったし無理を言って戻ってきたのよ。それに明日は魔法史のテストでしょう?部屋で勉強したくて」
「あーうん……ハーマイオニーの場合はそうだろうね……」
 
 テストのことなどちっとも気にしていなかった名前は、ハーマイオニーの勉強にかける情熱に呆れながらその場を後にした。
 談話室を通るとき、フレッドとジョージといった騒がしい二人が、「おや、そこにいるのは名前じゃないか!」とイタズラを仕掛ける気まんまんで声を揃えてきたが、名前の顔色を見ると心配して「薬をとってきてやろうか?」と申し出てくれた。たまには優しいときもあるものだと名前はその優しさに甘えようと思ったが、「それよかどうだい?僕たちが発明したこいつを飲むと元気爆発薬よりよく効くぜ!」「いい機会だ!試してみるかい?」という恐ろしい言葉にすぐに首を振った。もちろん横に、だ。こんな時に悪ふざけをするとも思えないが、実験段階の薬を飲まされるなんてたまったものじゃない。
 
「やっぱり何も言わずに飲ますべきだったかな?」
「いや、名前は案外手強いからな。リーあたりにうまく丸め込んでもらえればなんとか……」
 
 反省会を始めた二人を背中に、断って正解だったと名前は安堵しつつ談話室を出た。
 
 廊下を歩くと視界がぼやけて見えた。頭もうまく働かず、その先の動く階段に至ってはどこから動くのかさっぱりわからなくなっていた。フィフィ・フィズビーを食べたような浮遊感のまま歩き続ける名前が次の一歩を踏み出したとき、そこに階段はなかった。空気の上を歩けるはずもなく、彼女は前のめりになってその穴に落ちようとしていた。「あ!」しかし、名前がその体を階下に見える硬い廊下に打ちつけるよりも先に、誰かが彼女の腕を掴んだ。
 
「き、君は!馬鹿なのか!」

 あまりの出来事にショックを受けたのか、そもそももとからなのか、蒼白い顔をしたマルフォイが名前を支えていた。
 
「自分のことを入学したての一年生だとでも?ここにきて何年経つと思っている……おい、苗字!聞いているのか?」

 彼とは正反対の顔色をした名前は、今日だけは彼の嫌味を聞き流せた。なにせ、頭が働かないのだから、彼の言葉をうまく理解できない。熱が上がってきていた。
 
「マルフォイ……」
「なんだ?もしかしてお前、熱があるのか?」
 
 見てわかるだろう、と言ってやりたいが今の名前からはそんな威勢の良い台詞は出てこない。熱いのに寒い。じわりと湧いてくる額の汗は名前の熱を下げてはくれない。
 こんなことになるのなら、双子の実験薬を飲めばよかった!と名前のプライドが喚くが彼女はそれを無視した。もうここから一歩も歩ける気がしなかった。「おねがい、マダムのとこ、連れてって……」
 
 そこから記憶は無かったが、目覚めた時には清潔なベッドの上にいた。寝返りをうつと、額の上にあった白い布が枕元に落ちた。名前が起きたことに気付いたマダム・ポンフリーに体を起こされて、「まったく!今日で二人目ですよ!」と文句を言われながら薬を飲まされたことで、彼女はようやく自分が医務室にいることに気付いた。
 白い布はハンカチだった。きっちりと畳まれた手触りの良いそれを寝転びながら広げると、隅に刺繍されたイニシャルが角度を変えるたびに緑と銀に煌めいていた。
 
 
 △▼△
 
 
 熱が下がり、マダム・ポンフリーの許可を得て自室へ戻った日の夜から次の日の朝まで名前はそわそわしていた。テーブルをふたつ挟んだ先に見えたプラチナブロンドに、普段ならゲッと顔を歪ますが今日ばかりはどぎまぎした。
 誤魔化すように浮き上がる温かいコーンスープを手に取ったとき、友人二人が向かいの席に座った。
 
「おはよう名前。なんだか久しぶりに見た気がするよ」
「ほんとにね、おはよう名前。調子はどう?」
「ハリー、ロン、おはよう。体は元気だけど気持ちのほうがね……残念なことに魔法史のテストがあるから」
 
 熱を出した翌日、名前は授業をまる一日休んだ。本来その日に行われるはずだった魔法史のテストは特別に免除されるわけもなく、本日実施される予定だ。
 二人の隙間からチラチラと見えるプラチナブロンドに名前は気付かないふりをして、残り少ないスープを一口飲んだ。
 
「それは……ご愁傷様。ハーマイオニーは?」
「パンとかぼちゃスープだけ詰め込んで先に行っちゃった。いまごろ猛勉強してるんじゃない?」

 そして、あの日解熱してすぐに勉強をしたハーマイオニーは無理をしすぎたのか翌日には熱をぶり返し、結局名前と時を同じくしてテストを受けることになっていた。すでにテストを終えている二人は顔を見合わせて眉を上げる。「うげ、相変わらずよくやるよ」ロンはわかりやすく顔をしかめたし、ハリーは「それに比べ、君は悠長だよね」と笑った。
 
「もう今更すぎて。どーせ良い点なんてとれないもん」
「たしかにね。僕なんてとにかく知ってる名前を書いただけだったよ」
「魔法史なんて暗記するしかないのにどうしてテストなんかするんだろう?」
 
 馬鹿らしい、僕ら魔法使いなのに!とロンはわざとらしく杖を振る。「ロニー坊や、そんなことをしたらまた杖を折るぜ!」「二通目の吠えメールをくらいたいのか?」少し離れた席から飛んできた双子のからかう声に、名前とハリーは思わず吹き出したものだから、ロンは顔を赤くしてわざとらしく咳をした。
 
 彼女たちが軽口を言い合いながら朝食をとるなか、フクロウ達が一斉に頭上を飛び交いはじめた。フクロウ便の時間だ。各々の席に手紙や荷物が落とされていく。友人と話している間忘れていた妙な気持ちが蘇り、名前はそわそわし始めた。
 
 名前がマルフォイにプレゼントを渡そうと思ったのは魔法薬学のレポートが良い点だったからだ。買ったときは軽いお礼のつもりで何も考えていなかった。しかし、熱で寝込んでいる間、改めて考えてみた。顔を見合わせば喧嘩ばかりの相手に、一体どうやってお礼の品を渡せばいいのだろう?と。更に厄介なのが、この熱のせいでお礼すべきことや返すものが増えてしまったことだ。考えに考え抜いた結果、彼女は手紙を送ることにした。
 同室の友人たちが寝静まったあと、名前はそっとベッドから抜け出して机に向かった。彼女の引き出しの中には、色の変わるインクや自動的に可愛い字に変換してくれる羽ペン、花の香りがするメッセージカード、封筒を開けるとデフォルメされたイラストの動物がハミングする便箋など女の子らしい物がたくさん詰まっていたが、名前はそれらを使うのを躊躇った。結局、なんの特徴もないシンプルな封筒を選んだ。あいにく、同じようなシンプルな便箋は切らしており、最終的に羊皮紙を破いて便箋代わりにすることにした。
 色の変わらない普通の羽ペンを持って、名前は戸惑った。どんなメッセージを書けばいいのだろう。「Hi、マルフォイ調子はどう?……私はすっかり元気……こないだはありがとう……だめ!こんなの変!」友人に送るような親しげなフレーズたちを彼に送るのは彼女との関係から言えばおかしかった。結局名前は悩みに悩んだ結果、宛名と「Thank you」のみを書くことにした。カラフルでもなんでもないペンに、羊皮紙、シンプルな封筒。それなのにできるだけ丁寧に書こうとするちぐはぐな自分の行動の源がわからず、名前は苛立った。散々迷って、自分の名前は書かなかった。
 引き出しの下の段から二日前にハニーデュークスで買ったばかりのラッピングされたお菓子を取り出し、その中に封筒を詰めた。それから、洗濯した白いハンカチも。自分のフクロウにそれを渡して彼女はようやくベッドへと戻ったのだった。
 
「どうしたんだい名前?誰かからくるの?」
「いや、あーうん、親がなんかえーっと……美味しいものでも送るって言ってたから」
「そりゃいいね。食べるときは僕らも呼んでくれよ」
「あーうん、オーケー。みんなで食べようね」
 
 昨日のーー正確には今日の深夜の話だがーー出来事を思い出し、歯切れ悪く答えた名前だったが、友人二人は特に彼女の様子を気にすることもなかったので、彼女はそっと安堵の息を吐いた。
 ロンとハリーの間から見えるスリザリンのテーブルには彼女のよく知るフクロウが飛んでいた。名前の大切なペットだ。彼女のペットはプラチナブロンドの誰かさんの上に見覚えのある荷物を落としたあと、名前の方へ飛んでくるとよくやったと言って欲しそうに一声鳴いた。名前は小さな声で、「ご苦労さま」と呟いてコーンフレークの山から何粒か掴み取ってフクロウ目掛けて放り投げた。それを器用に咥えるとフクロウはまた一声鳴いてフクロウ小屋に帰っていった。
 妙に緊張している自分に気が変になったんじゃないかと名前が思ったとき、突然プラチナブロンドが振り返った。蒼白い肌、尖った顎。カチリと合った薄いグレーの瞳は驚いたように開かれている。名前の緊張は最高潮に達した。
 
「わ、わたし!やっぱりハーマイオニーと勉強してくる!」
 
 ガタッと椅子を揺らしながら立ち上がり勢いよく駆けていく名前の後ろ姿に、「今更?遅すぎない?」とロンとハリーは肩をすくませたのだった。
 
 
後編へ続く

2019.02.14

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