そこかしこで誰かが戦って、そして死んで。その都度砂埃が舞う。鼻と口を覆ったマスク越しにも血の匂いとザラザラした砂埃は侵入してきていて、不快感を軽減するためマスクをずらして唾を吐いた。
 防塵スコープは正確な戦況を私に見せつけている。倒れているのは味方ばかりだ。なんて言ったって敵の数が多すぎる。ついでに言うと、なんかよくわからない大砲みたいなのもこちらに向けて設置されてるし、着火しようとしているのか敵の偉い人が「構えよーし!」なんて指揮して、ついには発砲のカウントダウンを始めている。

「流石にあれ直で食らったらマズイって……」

 今回の戦争は割と楽だと聞いていた。なぜなら、敵に念能力者がいないからだ。それに加えて、"弱小国のため、資金難から武器一式は旧型。大砲等の保管場所はすでにこちらが抑えているため、奴らの武器はライフルくらいだ。唯一の難点は数の多さではあるが……脅威になるようなものは何もないことから、念能力者の派遣は極力少数とする"ーーと説明を受けていたのに!

「やっぱゴレム連れてくるべきだったじゃん、これ!」

 ゴレムとその援護部隊からなる石壁を派遣する必要ないだろう、と甘い判断を下した上の人たちにお説教してやりたい。
 蓋を開ければ、奴らは地の利を生かして、旧式の武器と知恵と人海戦術でこちらが加勢している強国を出し抜き、次々と部隊を倒していったのだから。強国を倒すごとに最新の武器と情報を手に入れ、ついには大砲の保管庫まで取り戻した。
 そしてなにより圧倒的な数!死を厭わない彼らの玉砕覚悟の攻撃に、豊かな暮らしで生ぬるく育ってきた強国の兵士たちが叶うはずがない。
操作系能力者が混乱させようと敵兵を操っても、「一度でも向こうに渡ったものは我が国の兵士ではない!」と言い切り味方を蜂の巣にしていた。なんという自浄力!
 これが対岸の火事なら「やるじゃーん」なんて拍手してやってもいいのだけれど、これは私が引き受けた戦争なのだからそんなわけにもいかない。なんとしてでも勝たねば。それが傭兵の仕事なのだから。
 しかし、一言言わせて欲しい。強国のくせに傭兵の代金をケチるな!バカヤロー!

 とりあえず大砲の向きをかえてやろうと、その辺にあった石ころにオーラを込めて大砲の筒に向かって投げた。あわよくば180度回転して敵陣で自爆してくれないかな、と思ったけれどそう上手くもいかない。石は筒の端っこに当たり、私から見て少し右側に標準を変えただけだった。
 そのまま発砲された球は自陣の右翼を撃破。悲痛な叫び声、飛んでくる誰かの腕、足、そして頭。

「……やっば」

 思わず両手でキャッチしてしまった頭に謝罪して、その辺に転がすのも勿体無いので、これまたオーラを込めて敵陣に投げてやった。狙いは向こうの指揮官。なかなか有能らしいので、最初に潰しとかないと厄介だからだ。

「うっしゃ!」

 今度は狙い通りお偉いさんの頭に当たり、彼の頭はそのままもげた。投げた頭はうまいことその首に納まる。思わずガッツポーズをとるも、死んだ指揮官の身体の上についた味方の頭と視線があった……ような気がしたので、怖くて心の中で高速で南無阿弥陀仏とアーメンと最近勧誘された新興宗教の神に祈った。
 ごめんなさい、勘弁ね。成仏してください。恨むなら敵国をどうぞ!どうか私を呪うなよ!

「やるじゃねーか」

 共に派遣された傭兵の中で唯一頼れるのはこの犬っころにするみたいに人の頭を撫でる我らが指揮官、ミュヘルさんだけだ。
 どうやら彼はこの劣勢に対して、今のところそこまでの焦りは見せていない。

「そらそうですよ。誰だと思ってんですか」
「てめーのせいで右翼が崩れてんだぞ、調子乗んな」

 散々かき回された頭は、「調子のんな」の時点で投げるように突き放された。ぐわんぐわんと脳みそがジャンクして、視界が揺れる。思わず顔をしかめた。「でも向こうの指揮官倒したんでお釣りきますよ、これ」しばらくぼんやりと二重に映っていたミュヘルさんがようやく見えるようになったのでその表情を確認。まあそれもそうだな、みたいな顔していたので、今のところ私の評価はまあまあ良い方だと思う。

「このまま正面突破と行くか……オレはあそこの情けねー奴らを率いて左から叩く。てめーは後衛部隊の確認しとけ」
「イエス・サー!」

 情けねー奴らと称された兵士たちは、腕が折れる程度の怪我で大げさに痛がり、仲間だった者の遺体を抱えては声を上げて泣きわめいたり、中には私を睨みつける奴もいた。見てんじゃねーよと睨み返したけれど、よくよくその顔ぶれを見ると右翼側にいた奴らだったのでそうっと視線を逸らしておいた。すみません。半分くらいは私のせいだったわ、この惨状。

 そんな彼らを無理やり率いて、ミュヘルさんはそのまま左翼へ移動していった。
 とりあえず私は指示された後方部隊への連絡を行うこととしよう。尻ポケットにしまっておいた無線機を取り出し、指定されたコードを入力すればピッという高音の後、緑のライトが着いた。

「繋がってますかー……?えーっと……あーあーこちらコード05、こちらコード05。後方部隊の戦況は……はい?よく聞こえませんが……」

 繋がったと思ったら、向こうからの音声にはジージーというノイズが混じり聞こえづらい。思わず無線機に耳を当てると、「至急応援を!」と切羽詰まった声が聞こえ、「誰か誰か…ぎゃっ…」その声は途絶えた、断末魔を残して。いくらイヤホン越しだからといって耳元で叫ばれるのは結構厄介だ。耳がキーンとするし、ついでに頭も痛いし、内容が内容だけに気が滅入る。しばらくうなされそう。
 いや、そもそも、だ。今夜寝れるかどうかよりも、生き残れるのか?私たち。

「たっ隊長!ストップ!ストーップ!」

 もう親指大くらいになっていたミュヘルさんを呼び戻すため、声を張り上げた。彼は立ち止まると、煩わしそうに眉を寄せーーたのだろう。この距離からそこまで表情は読み取れないけれど、きっとそうに違いない。大慌てて駆け寄ると、「なんなんだよ」と予想通り面倒臭そうな顔をしていた。しかし、今はミュヘルさんの機嫌なんてどうだっていい。

「いや、やばいっす……後ろ、後ろですよ……後方部隊、全滅してます……」

 それまで私の相手は片手間に、兵士たちーーどんな魔法の言葉をかけたのやら。彼らの顔つきは先ほどまでが嘘のように使命感を背負った険しくも凛々しいものとなっていたーーを指揮していたミュヘルさんは私の言葉にげっと顔をしかめ、「まじかよ」と呟く。この状況には、流石の彼も想定外らしい。

「どうします……?」

 後方部隊との距離からして、敵の第一陣がここに辿り着くのはそう遅いものではない。挟み撃ちにされたら厄介だ。
 こちらの右翼は機能してないが、向こうの指揮系統も私がお偉いさんを殺したことで混乱しているはず。後ろが攻めてくる前に、総力を挙げて叩き潰すのが良策?でも、その間に後ろが来ないとも言い切れない。

「オレはこいつらと後方に行く」

 こいつら、とミュヘルさんが親指で指したのは精悍な顔つきとなった兵士たちだ。思わずん?と首をかしげた。
 つまり、前線に残されるのは余った兵士と……あれ?

「え?私は……?」
「名前、てめーは最前線だ。念使ってありったけ暴れて時間を稼げ」
「は?」

 それってば最悪なんですけど。悪手どころじゃない。ていうか私を見捨てるつもりか!他の仲間にそんな仕打ちしてるの見たことないぞ!
 盛大に顔を歪めた私に対し、ミュヘルさんは「お前なら死にはしねーだろ、多分」と言ってのける。多分ってなんだよ。戦争なんだから普通に無茶すれば死ぬわ。

「無理です!無理無理!」
「戦場でオレの命令は絶対だ。答えはイエス・サー以外認めねェ!」
「そんな!んなもん、ノー・サーですよ!」
「屁理屈言うな、腹くくれ。ある程度やったら加勢に戻ってくるからそれまで耐えろよ」
「ぎゃっ!」

 その言葉と共に、私はポイっと最前線へと投げ飛された。

 狙ってくださいとばかりに最前線へ送り込まれた私は絶体絶命大ピンチってやつだった。一斉に向けられた銃口にビビる。いや、でも指揮系統が機能していない向こうだって、急に最前線に飛び出て来た女にビビってる。撃ってなこないのがその証拠だ。お互いジリジリと時間をかけて冷静になるのを待つより、この奇襲をうまく活用するしかない。頭にかけていたスコープを再度装着、顎にかけていたマスクを鼻の頭まであげた。
 もうこれはやるっきゃないとミュヘルさんに言われたように腹をくくった。強化系の底力を見せたろうやないかいと、向かってくる敵をちぎってはなげ、ちぎってはなげ……。味方もろとも殲滅せんと大砲を撃ってこられた時は本気でもう死んだと思ったが、敵味方双方の兵士たちを盾にしてうまいこと森に飛び込んで難を逃れた。それからはヒットアンドアウェイで混乱の最中を狙い敵の首を落としていった。……たまに間違えて味方を殺ってしまったのはご愛嬌ということにしていただきたい。

 全身に血を浴びてもうスコープは血だらけで前も見えなくなるくらいになった頃、満身創痍ながらも死屍累々の頂点に立っていたのは私だけだった。
 この快挙に、私のアドレナリンは大盤振る舞いしていた。その勢いのあまり、加勢に来たーーだいぶ、かなり、とてつもなく遅かったーーミュヘルさんに向かって思わず上下関係を忘れ、「遅いんだよ!」と中指を立てたら彼の姿が鬼神と化したため、光の速さで人差し指も立ててピースサインに変更した。「な、なんちゃって!いえーい」

 ヘトヘトの身体をなんとか動かして基地にたどり着いたが、身体中血生臭くてたまらなかった。頭のてっぺんから靴の先までべっとりとへばりついた血糊が半乾きになってそれはもう臭い。
 そのままシャワールームまで頑張って歩けばよかったのに、廊下に置かれたソファに腰を下ろしてしまった。私の体重に負けて、ソファが沈んでゆく。
 一刻も早くシャワーを浴びたい。それから美味しいものも食べたい。
でも身体が重すぎて起き上がれない。
 このままここで寝てしまおうか、そんなことを考えていたら、ソファが更に沈んだ。

「臭い……マジで臭い……」
「もちろん自分のことを言っているんだろうな」
「いや、そのロングヘアーもいろいろ吸ってなかなか臭い……あたたたたたたたたた!」

 隣に腰を下ろしたミュヘルさんは私の耳を引きちぎらんばかりにつまんだ。あまりの痛さに絶叫すると、「元気じゃねーか」だとさ。そのエルフ耳こそ引っ張ってやりたい。

「……鬼ですよ!あんた」
「それが上官に対しての口のきき方か?」
「部下を大事に扱わないからです」
「それだけ信頼してるってことだろ」
「私単純なんです。上手いこと言って丸め込むのやめてください」

 さすが指揮官ミュヘルさん。私の性格をよくわかっていらっしゃる。信頼していると言われ、有頂天になって緩む頬を隠さずにいると、「そこまで馬鹿だとそのうちマジで死ぬぞ」と呆れた顔して私の頬をつねってきた。痛い。

 ミュヘルさんも疲れていたのか、私たちはしばらく会話もせず、だからといってこの臭くて汚い身体を洗いに立ち上がることもせず、ただぼうっとソファに身を委ねていた。どちらともなくため息とも寝息とも言えるような微妙な呼吸をしながら身体を休めていると、妙に古臭い音楽が流れ始めた。館内放送の時間だ。

ーー本日未明、我が国は勝利しました!

 高揚を隠しきれないアナウンスは、それから強国がいかにして勝利を収めたか大層に語り、最後は国家で締めた。正直、耳障りな歌だ。

「今回、いくらもらえると思います?」
「さあな。興味ねえ」

 互いに重たい口を開く。別に重たいのは身体的な理由だけで、精神的な方は全くもって重くない。
 戦争ってのは金になる。戦勝国は賠償金なりなんなりで大儲け。私たち傭兵は戦果によってそのおこぼれを頂戴する。どれだけ貢献したかでその額は変わってくるわけで、貢献具合は言うなればどれだけ殺したか、だ。残念なことに、人の命ってのは金より安い。そして私自身、殺した人数や殺した奴の重要度で銭勘定することに罪悪感がない。
 私ったら傭兵業、なんだかんだで向いているのだ。

「ミュヘルさんって金に対して頓着ないですよね。もったいなーい」
「ほっとけ。世の中金があったところでどうにかなることばっかじゃねえぞ」
「ふうん、そうですか。私は金が大好きですけどねー。今回は結構もらえそうだし、パーっと使ってバカンスでも行こうと思ってます!」

 だらけきった身体で首だけ動かしてミュヘルさんを見ると、彼は軽く伸びをしてゆっくり立ち上がった。髪も長けれりゃ手足も長い。必然的に見上げる形になる。

「いいんじゃねえか。オレもしばらくは出れねえ」
「え?なんでですか?」
「いけ好かねー奴からの依頼でちょっとな」

 いけ好かねー奴、と聞けば一人しか思い浮かばない。スーツを着て、爽やかを装った笑みを浮かべた嫌な奴。

「それ絶対あいつでしょ、パリストン!」

 口に出すのも嫌な名前だ。ミュヘルさんも同じなのか、「当てんな」と呆れている。

「だって私あそこまでいけ好かない奴見たことないですから!」
「なんの恨みがあんだよ」

 思い出しただけでもふつふつと怒りが湧いてくる。
 あれは私が今日のように戦い疲れて基地の共用ルームで横になっていた時だ。「中はこんな感じなんですねえ」という妙な鼻声が聞こえ、閉じていた瞼を押し上げると、その声の主は私が寝ているというのに無遠慮にズカズカと入ってきた。寝転んだまま見えるそいつの足元からはピカピカの革靴が覗き、見上げると質のいいスーツを着た男が立っていた。靴のまま入ってきてるんじゃねーよ、とかこいつ誰だよとか心中文句を垂れながらも、どこかの偉いさんだと推察して重たい身体を起こした。「どうも」と会釈すれば、「ああ、誰かいらっしゃったんですか」と私の存在にさも今気付きました、という顔をわざとらしく作って、そいつはにこやかに自己紹介を始めた。「ハンター協会副会長のパリストン=ヒルと申します。以後、お見知りおきを!」終始鼻をつまみながら。

「せめて言えばいいじゃないですか、臭いって!言わずにニコニコしながら鼻つまんでるんですよ、あの男!初対面の!女相手に!ほんっと嫌な奴!」

 正直なところ、ちょっとイケメンじゃんとか思ってた矢先の出来事だったので、私の女としての尊厳はギタギタに引き裂かれた。あの時のことを思い出すと、怒りの次に悲しみが押し寄せる。
 うう、と半泣きになっている私をよそに、ミュヘルさんは、「お前常に臭いのな」と追い討ちをかけてきた。

「いやいや!今日も、あいつと会った時も、私の体臭とかじゃないですからね!これは血とか肉とかのせいですから!」
「ならとっとと水浴びてこい」

 ミュヘルさんはそう言って、ソファの上で石となっていた私の手を引っ張って無理やり立たせた。立つと尚更、頭のてっぺんから重りを乗せられているように身体が怠い。一歩も動きたくない。
 めんどくさいと愚痴る私に向かってミュヘルさんは、「くせーからどうにかしろ」と親指でシャワールームの方を指差した。確かに身体は動くたびに臭うし、乾いてパリパリになった血が剥がれ落ちていく様は結構気持ち悪い。仕方がない、と渋々歩き出し、恨めしい気持ちで振り返る。

「言っときますけどね、ミュヘルさんも臭いですから」
「うるせえ。こっちも今から風呂入るんだよ」

 さっさと歩け、とミュヘルさんは私の額を掴み、くるりと半周させてシャワールームの方へ向ける。「行くぞ」決して優しくない手つきで私の頭を叩くと、ミュヘルさんは前を歩き始めた。目指すところは同じ方向らしい。
 それにしても、犬だ。私に対しての扱いが完璧に犬っころだ。ミュヘルさんにしても、あのいけ好かないパリストンにしても、私はこの場で唯一の女なのだからもう少し優しくしてくれてもいいじゃないか。ちくしょう!
 前を揺れるロングヘアーに、今に見てろ、と決意する。私が指揮官になったら単独で前線に放り込んでやるからな。ケッと唇を突き出しながら鉛のような身体をシャワールームまで転がしていく。腕に張り付いたパリパリの血を爪で引っ掻きながら剥がしていると、ミュヘルさんがふいに後ろを向いた。

「どーしたんですか」
「いや……さっきのパリストンの話だけどな、お前もくるか」
「あー遠慮しておきます。バカンス、楽しみたいんで」

 それにあいつは好きじゃない。むしろ嫌いだ。あいつの依頼なんかいくらミュヘルさんの頼みでも引き受けたくない。
 そうか、と言ってミュヘルさんは別に強制しなかった。戦場ではない今、「イエス・サー!」の返答は必須ではないらしい。

 シャワールームは薄い板とカーテンで仕切られているだけの簡易なものであるため、女である私は唯一ある個室を選んだ。この個室はほぼ私専用と化しているため、タオルも着替えも置きっぱなしにしている。部屋まで戻らなくていいから楽ちんだ。
 ミュヘルさんは共用のシャワールームに入るかと思えば、部屋に戻るという。「えー?シャワーしないんですか?」暗に汚ねーな、と含ませた私の言葉に彼ははっと鼻で笑う。なんと、この先にある指揮官に与えられた部屋にはシャワールームが完備されているらしい。「お前も早く偉くなれよ」とそんなもん到底先の話どころか、なれるかどうかもわからない話だとわかっているくせに。
 ぐぬぬ、と睨むとミュヘルさんは、「上官を睨むバカがどこにいる」と呆れていた。ここにいますよ!

「じゃーな。次会うときまでに死ぬなよ」
「そっちこそあの胡散臭い男にいいように使われないようにしてくださいよ。骨は拾いませんから」
「ほんと可愛くねーのな、お前」

 そう言ってミュヘルさんは私の頭を叩いた。それは割と強めで、やっぱり優しくない。
 ここで優しく撫でてくれたら、単純な私は喜んで最前線に飛び出ていく可愛くて従順な子犬に変身してやるのに。そんなバカなことを思いつつ汚れを落とすためにシャワールームのドアを開けた。

 結局、その日の夜は目を瞑るたびに耳横で断末魔が聞こえるわ、敵の指揮官と首のすげ変わった味方の頭がただただジーッとこちらを見ているわで全然眠れなかった。それが何日も続いたので、この前勧誘された新興宗教にうっかり、ほんとうっかり、寝不足の隙を突かれて入信してしまった。不覚だ。多額の寄付を求められている現在、脱退方法について模索中である。

 悪いことはそれだけではない。

 後日払われた報酬の額だ。あれだけの戦果をあげたのに、桁がおかしい。あんまりな出来事にびっくりしてミュヘルさんに電話をすれば、"味方に重大な損害を与えたこと"と"上官への口答え"を上に進言したらしく、その良い面と悪い面を考慮した上での結果がこの報酬に表れているらしい。なんということだ!
 受話器からは、いけ好かない奴の声まで聞こえてくる始末。「ミュヘルさーん、まさか彼女ですか?え?名前さん?あーあの……刺激的な香りのする……まあ、女性の趣味は人それぞれですからね!僕はお二人の仲を応援しますよ!」こいつ、絶対わざと私に聞こえるように喋ってやがる。

「まあ気分転換にバカンスでも楽しんでこいよ」

 どこか愉快そうなミュヘルさんの声。
 だからバカンスに行く金が無いんだってば!

 ……やっぱり傭兵業、向いてないかも。

2018.8.3

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